販売不振のサムスン、新Galaxy Note9発表イベントに見る苦悩 ── なぜ主役が端末ではなかったのか
ニューヨークで発表された「Galaxy Note9」。
サムスンが先週、8月9日にアメリカ・ニューヨークで主力端末の1つ、「Galaxy Note9」を発表した。ペン内蔵の大型スマートフォンであるNoteシリーズは毎年夏に発表されるが、今回の新モデルでは、内蔵するタッチペンが本体のリモコンにもなり、カメラのシャッターを切ったり、動画再生のコントロールなどが可能になった。
今年のフラグシップ機が不調のサムスン
Galaxy Note9のペン。他社製品にはない大きな特徴だ。
実は、同社のモバイル事業の直近の業績は、決して明るい物ではない。
7月31日に発表されたサムスン電子の2018年第2四半期の業績は、2月に発表したGalaxy S9/S9+の不振を受けた格好となり、モバイル部門の営業利益は2兆6700億ウォン(約2627億円)と、前年同期比34%減という大幅な落ち込みを見せた。
S9シリーズの前世代機「Galaxy S8/S8+」はインフィニティディスプレイと呼ばれる全画面ディスプレイを採用するなど、思い切ったモデルチェンジを図ったことで好調な売れ行きを記録した。しかし、それから1年後に投入されたGalaxy S9/S9+はマイナーチェンジに終わったことから、目新しさに欠けていると市場では判断されたようだ。
実際、IDCの調査によると、2018年第2四半期、つまりGalaxy S9/S9+の発売後の四半期のサムスンの端末出荷台数は7150万台で、(新端末の発表にもかかわらず)前年同期比の7980万台から10.4%のマイナスとなった。
もちろん、同社がスマートフォン市場において”世界1位”という事実はまだ変わらない。しかし、同時期に新型iPhone発表前というアップルの売り上げが伸び悩むタイミングが重なり、ファーウェイがシェア率15.8%の世界2位に浮上するなど、サムスンにとって油断できない状況が続いている。
Note9もS9シリーズと同じ轍を踏む?
1年前のGalaxy Note9より個別の機能は確かに高まっている。
こうした状況を打破するかと市場の期待を背負うNote9だが、前世代機「Galaxy Note8」と比べたときの主なトピックは以下の通りだ。
- ディスプレーサイズがわずかに変更(0.1インチアップ)
- カメラ性能が向上(絞り機構、AI判定が追加)
- バッテリー容量の増加(3300mAhから4000mAhへ)
- 通信速度アップ(下り最大1.2Gbpsに対応)
- 内蔵ペンが充電式・Bluetooth対応になりリモコン機能を搭載
- 外部ディスプレーに接続するとPCライクに使える「Samsung DeX」の使い勝手が向上
こうしてみると細かい機能や使い勝手がブラッシュアップされているが、全体としては、やはり物足りない印象を受ける。現地にいた筆者としても、発表会でのNote9の説明時間は昨年より短く感じられた。
Note9発表会の真の主役は「スマートホーム」
Galaxy Note9を発表する同社プレジデントのDJ Koh氏。
興味深いのは、サムスンがGalaxy Note9の発表会で伝えたメッセージは、スマートフォン単体の魅力ではなかったことだ。
壇上に立ったサムスン電子モバイル部門プレジデントのDJ Koh氏が声高に語ったのは、新発表のスマートスピーカー「Galaxy Home」や、ストリーミング音楽サービスのSpotifyとの提携を発表した。そして、発売中のスマートTVなど、同社の家電を含めた各製品やサービスがシームレスに接続できることだった。
スマートフォンや家電がシームレスにつながることをDJ Koh氏はアピール。
テレビに接続すれば、画面にタッチせずとも操作できる、Samsung Dexの新機能も備わった。
スマートスピーカーのリリース、Spotifyとの連携をアピール
そして、今回発表されたスマートスピーカー「Galaxy Home」こそが、サムスンの目指す生活のイノベーションを実現するツールになる。Galaxy Homeにはサムスンが開発した音声AI「Bixby」が搭載されている。S9やNote9にも搭載されており、スマートフォンの専用ボタンを押すだけでBixbyを利用できる。
スマートスピーカーはアマゾンが先行し、グーグル、アップルが追いかける格好になっている。日本ではLINEも参入するなど、音声AIはポストスマートフォンとして様々なプレーヤーの参入が相次いでいる。
サムスンはスマートフォン”だけ”のメーカーではなく、テレビから洗濯機まで各種家電も手掛けている。サムスンの家電はすでにスマート化が進んでおり、インターネットTV、インターネット冷蔵庫などが多数販売されている。それらにもBixbyの搭載が進んでおり、音声を使ってチャンネル操作や好みの番組の検索などもできる。
スマートスピーカー「Galaxy Home」を発表、今回の隠れた目玉がこれだ。
アマゾンやグーグルはスマートスピーカーをリビングに設置し、そこに家電を接続することでコントロールを可能にしようとしている。一方、サムスンは家電そのものが音声コントロールに対応しているため、スマートスピーカーがなくとも情報検索や家電の操作を音声で行える。
発表会にはサムスンとの提携を発表したSpotifyのCEO、Daniel EK氏も登壇。EK氏は外出先ではNote9、自宅のリビングではGalaxy Home、そして自室ではスマートTVを利用するといった「Spotifyの音楽を途切れることなく視聴できる新しい音楽体験をユーザーに提供できることを楽しみにしている」と語った。
スマートホーム推進に見る、したたかなサムスン
OCFに加盟する上位メンバー。
出典:Open Connectivity Foundation
サムスンのスマート家電は、2014年に買収したSmartThingsの規格で統一されており、すべての家電を1つのアプリでコントロールすることができる。
そして、サムスンはIoTやスマートホームの統一規格団体「OCF(Open Connectivity Foundation)」の主力メンバーだ。OCFにはインテル、クアルコム、マイクロソフトといったPC業界のキープレーヤーに加え、シャープやパナソニック、LG、ハイアールといった家電メーカーも名を連ねている(残念ながらアップル、グーグル、アマゾンの姿はない)。
サムスンは2020年までにSmartThingsとOCFを相互対応させる予定だ。これが意味するのは、いずれサムスン製家電と市販されている他社のOCF対応家電が相互につながるという世界観だ。
そして、サムスンのスマートフォンやスマート家電から、音声AIのBixbyを使い他社家電をコントロールすることも可能になる。
サムスンはあらゆる製品がシームレスにつながる時代を視野に入れている。
いまのサムスンが目指しているのは、もはやスマートフォン単体での勝負ではないのかもしれない。“マルチデバイスエクスペリエンス”、すなわち複数の製品が意識せずに接続され、生活を豊かにするというイノベーションに本腰を入れた、というのが今のサムスンの姿だ。
(文、撮影・山根康宏)
山根康宏:1964年北海道生まれ。香港在住。携帯電話研究家として世界の携帯電話市場を追いかけている。海外取材日数は年の半数以上。渡航先では必ず端末を買い、収集した携帯電話の数が1500台を超えるコレクターでもある。