シェア電動キックボード 日本の「壁」の先にみる商機
XaaSの衝撃
電動キックボード(キックスケーター)のシェアリングサービスが欧米で大はやりだ。1マイル(約1.6キロメートル)ほどの近距離移動「ラストマイルモビリティー」ではシェア自転車に代わり本命視され、次世代移動サービス「MaaS(マース)」のカギも握る。米国の新興2社の日本進出を支援するのはKDDIや住友商事。大手の通信会社や商社が熱い視線を送る理由を探った。
■Lime、札幌で試乗会開催
10月18日。札幌市の駅前通りの地下歩行空間で開かれたのは、米国発のシェア電動キックボード「Lime(ライム)」の試乗会だ。参加者は、ハンドルに付いたアクセルによる加速や曲がるコツをつかむやいなや、楽しげに乗りこなしている。「自転車より簡単かも」との声も聞かれた。
電動キックボードは英語圏では「Eスクーター」の名のほうがなじみ深い。時速30キロメートル以上の性能の車両もあるが、シェアサービスでは同20キロメートル前後で運用される場合が多く、シェア自転車並み。自転車のようにサドルにまたがらずにすむことからスカート姿の女性も乗りやすい。
自転車より軽くてシンプルな作りのため「メンテナンスがしやすい」(ライムの運営会社に投資するネット企業、デジタルガレージの大熊将人取締役)利点もある。シェアサービスが始まってわずか3年弱で、欧米を中心に利用者が急増。ラストマイルモビリティー、あるいは1~2人乗りの小型で電動の「マイクロモビリティー」の代表格へとのし上がった。
■頭ひとつ抜け出した2強の一騎打ち
シェア電動キックボードは、世界中で新興企業によるサービスが乱立。頭ひとつ抜け出しているのが、米国発で世界100都市以上に展開するライムと、ほぼ同規模の「Bird(バード)」だ。運営2社は多額の投資も受けて、企業評価額が10億ドル(約1080億円)を超える未公開企業「ユニコーン」となった。
2社は欧米を基盤にアジアにも事業を広げようと取り組むが、日本では公道でのサービスに厳しい交通規制が立ちはだかる。モーターを内蔵した電動キックボードは現状、2002年の警察庁通知を根拠に原動機付き自転車として扱われる。公道では車体へのナンバープレートやサイドミラーなどの装備、利用者の運転免許証の携帯やヘルメットの装着が求められるなどの制限がかかる。
ライムやバードも規制を認識している。その上で日本に進出する際に提携したのが大手企業のKDDIや住友商事だった。両社はいずれも社外の新規事業への投資を担う事業部門を窓口とし、シェア電動キックボードの市場開拓に挑もうとしている。入り口は新規事業でも、視野の先にあるのはビッグビジネスだ。
■KDDI、5G普及見据え出資
KDDIの場合、電動キックボードに注目し投資機会を探っていたところデジタルガレージから誘われ、ライムを運営する米ニュートロン・ホールディングスへの出資を8月に発表。実証実験や試験運用を経て東京など大都市でサービスを目指すことで一致している。
KDDIが見据えるのは、次世代通信規格「5G」の普及。5Gでは大規模な同時接続が可能で「インターネットとリアルの社会インフラとの融合が進む」(同社経営戦略本部の中馬和彦ビジネスインキュベーション推進部部長)とみる。様々な移動手段を「マルチモーダル」にまとめスマートフォンアプリで検索から予約、決済まで実現するマースで、ネットや5Gの役割は大きくなる。
なかでもラスト1マイルの移動に適し街の隅々に分け入る電動キックボードは、通信経由で車両1台1台の位置把握や運行可能エリアの管理ができ、走行経路などの利活用データの収集・分析への期待も高まる。KDDIは「携帯電話ショップなどの拠点を駐停車スペースとして提供でき、決済手段などの連携もとりやすい」(中馬部長)と相性の良さを強調する。
■住商、スマートシティーが接点に
住友商事は、あらゆるモノがネットにつながるIoTでインフラを効率運用する「スマートシティー」に注力。スマートシティーに結びつく様々なビジネスを検討するなか、有望な投資対象としてシェア電動キックボードに着目した。とくにバードのようにグローバル展開で先行した企業は、各地で車両をどこに何台配置すれば稼働率が高まるかなどの運用上の知見を蓄積している。
「バードがサービス提供している地域では、(同社の電動キックボードを組み込んだ)スマートシティーをクイックスタートできる」(住友商事デジタル事業本部の相原堂秀新事業投資部長)とみて18年半ばから協業を検討し、日本での事業展開の支援へと至った。
■どう安全を確保しつつ取り入れるか
最初の試乗会の実施場所に福岡市を選んだのも、同市がスマートシティー構想を具体化していることが大きい。「日本では規制改革次第で、機運を高める必要がある」(相原部長)と一見慎重だが、その先にバードのデータと住友商事のネットワークを組み合わせたマーケティングから福岡など各地への迅速な展開を想定しているようだ。
日本では狭い国土で道路に十分な走行空間が確保されないなか、シェア電動キックボードをどう安全を確保しつつ取り入れるかが課題なのは確か。それでも潜在的なビジネスチャンスは大きく、新サービスを受け入れるルール整備を迅速に進める欧米やアジア勢を横目に、日本の大手企業の動きもますます活発になりそうだ。
(企業報道部 武田敏英)