ラヴコレ2012(2/11開催)に、『はばたきの扉』というサークルで参加します。
そこで桜井兄弟の短編集を1冊出すのですが、その新刊サンプル。
1.
春は花の季節だ。
そして、春になると、思い出すことがある。
サクラソウの伝説――心に思い描く人のところに連れていってくれる、妖精の鍵。
2.
六月のある日。
森林公園で、鳥のさえずりが聞こえた。
「なんだろう?」
一緒に歩いていた彼女も立ち止まる。
「なんだろうね?」
よく通る、綺麗な声だ。
二人で耳をすませる。しばらくさえずりが聞こえていたが、やがてやんだ。
「綺麗な声だったね」
「うん」
3.
立秋が過ぎ、暦の上では秋になった。しかし暑い。
「暑いな」
そうぼやくと、隣にいた彼女がこっちを見た。
「あおいであげようか?」
「いや、いい」
立ち上がって窓を開ける。陽射しが部屋の中に降り注いできた。
彼女が立ち上がって隣に来る。その細い肩に腕をまわして抱き寄せた。
しばらくの間、2人とも無言で窓の外を眺めていた。
4.
今夜は月が綺麗だ。
テラスに出て月を眺める。雲一つない夜空に、冷たく冴え渡った月が浮かんでいた。テラスには薄く月影ができている。
月に向かって手を伸ばす。月光に触れそうだ。その手をぎゅっと握りしめた。
――声、聞きたいな
携帯を取り出して履歴の一番上の番号に電話をかける。
『――もしもし?』
いつもより少し低くて掠れた、愛しい彼女の声がした。
5.
目が覚めた。
ふと気配を感じて隣を見ると――
――あいつがいた。
なんでここにいるんだ。
な ん で 何 も 着 て な い ん だ 。
身体を起こす。
見ると、俺も何も身につけていなかった。
「……?!」
ちょっと待て。
昨日は普通に寝た。
一人だった。
一体どういうことだ。
6.
「見て、琉夏くん、虹が出てるよ」
「本当だ」
雨上がりの空に虹が出ている。
虹は七色だというが、とても七色には見えやしない。
そう言うと、彼女は空を見ながら言った。
「国によって虹の色は五色だったり六色だったりするらしいよ」
「あー、なんか聞いたことあるかも。……ねえ、オマエは虹の七色全部言える?」
「言えるよー。赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫。小さい頃覚えたんだ」
「俺も覚えた。藍色とかどんな色かもよくわからないのにな。懐かしいよ」
そう言ってもう一度空を見た。
7.
星を見に行きたいな――
彼女が何気なく発した一言が耳についた。
「プラネタリウムじゃ、ダメなのか」
「うーん、別にダメってわけじゃ、ないけど」
ちゃんとした星空が見たいな。と彼女は言った。
「ちゃんとした星空、ねえ……」
8.
二人で遊びに行った、帰り道。
なんだか雲行きが怪しいな、と思った。
そこへ。
「オワッ」
「きゃっ」
案の定、雨が降ってきた。
「行くぞ。走れ」
彼女の手を取って走り出した。
9.
白い空から、冬の使者が舞い降りてきた。
傘を持たないで外に出た。
目を閉じて、全身で雪を受け止める。
不思議と寒さとか冷たさとかは感じなくて。
雪の日独特の静けさが俺を包み込んだ。
目を開いて手を伸ばす。
いたずらな雪は指先を掠めるばかりでちっとも触れやしない。
再び目を閉じた。
――このまま、雪の中に溶けていきたい。
10.
ここに来ると落ち着く。
歩いて二十分くらのところにあるその場所は、いつも静かな安らぎに満ちていた。
祈るところだからかもしれない。
なんでもないときにふらりと入ることもあれば、心の中に嵐が吹き荒れるときに入ることもあった。
入ってすぐの席に座ってぼんやりする。
すると不思議と心が落ち着いてくる。
その安定は一時的なものかもしれなかったが、それでも構わなかった。
心が静かなままでいられるならば。
続きを読みたい方、ぜひ当日いらしてくださいね。
その際一言声かけていただければ泣いて喜びます。多分。
そこで桜井兄弟の短編集を1冊出すのですが、その新刊サンプル。
1.
春は花の季節だ。
そして、春になると、思い出すことがある。
サクラソウの伝説――心に思い描く人のところに連れていってくれる、妖精の鍵。
2.
六月のある日。
森林公園で、鳥のさえずりが聞こえた。
「なんだろう?」
一緒に歩いていた彼女も立ち止まる。
「なんだろうね?」
よく通る、綺麗な声だ。
二人で耳をすませる。しばらくさえずりが聞こえていたが、やがてやんだ。
「綺麗な声だったね」
「うん」
3.
立秋が過ぎ、暦の上では秋になった。しかし暑い。
「暑いな」
そうぼやくと、隣にいた彼女がこっちを見た。
「あおいであげようか?」
「いや、いい」
立ち上がって窓を開ける。陽射しが部屋の中に降り注いできた。
彼女が立ち上がって隣に来る。その細い肩に腕をまわして抱き寄せた。
しばらくの間、2人とも無言で窓の外を眺めていた。
4.
今夜は月が綺麗だ。
テラスに出て月を眺める。雲一つない夜空に、冷たく冴え渡った月が浮かんでいた。テラスには薄く月影ができている。
月に向かって手を伸ばす。月光に触れそうだ。その手をぎゅっと握りしめた。
――声、聞きたいな
携帯を取り出して履歴の一番上の番号に電話をかける。
『――もしもし?』
いつもより少し低くて掠れた、愛しい彼女の声がした。
5.
目が覚めた。
ふと気配を感じて隣を見ると――
――あいつがいた。
なんでここにいるんだ。
な ん で 何 も 着 て な い ん だ 。
身体を起こす。
見ると、俺も何も身につけていなかった。
「……?!」
ちょっと待て。
昨日は普通に寝た。
一人だった。
一体どういうことだ。
6.
「見て、琉夏くん、虹が出てるよ」
「本当だ」
雨上がりの空に虹が出ている。
虹は七色だというが、とても七色には見えやしない。
そう言うと、彼女は空を見ながら言った。
「国によって虹の色は五色だったり六色だったりするらしいよ」
「あー、なんか聞いたことあるかも。……ねえ、オマエは虹の七色全部言える?」
「言えるよー。赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫。小さい頃覚えたんだ」
「俺も覚えた。藍色とかどんな色かもよくわからないのにな。懐かしいよ」
そう言ってもう一度空を見た。
7.
星を見に行きたいな――
彼女が何気なく発した一言が耳についた。
「プラネタリウムじゃ、ダメなのか」
「うーん、別にダメってわけじゃ、ないけど」
ちゃんとした星空が見たいな。と彼女は言った。
「ちゃんとした星空、ねえ……」
8.
二人で遊びに行った、帰り道。
なんだか雲行きが怪しいな、と思った。
そこへ。
「オワッ」
「きゃっ」
案の定、雨が降ってきた。
「行くぞ。走れ」
彼女の手を取って走り出した。
9.
白い空から、冬の使者が舞い降りてきた。
傘を持たないで外に出た。
目を閉じて、全身で雪を受け止める。
不思議と寒さとか冷たさとかは感じなくて。
雪の日独特の静けさが俺を包み込んだ。
目を開いて手を伸ばす。
いたずらな雪は指先を掠めるばかりでちっとも触れやしない。
再び目を閉じた。
――このまま、雪の中に溶けていきたい。
10.
ここに来ると落ち着く。
歩いて二十分くらのところにあるその場所は、いつも静かな安らぎに満ちていた。
祈るところだからかもしれない。
なんでもないときにふらりと入ることもあれば、心の中に嵐が吹き荒れるときに入ることもあった。
入ってすぐの席に座ってぼんやりする。
すると不思議と心が落ち着いてくる。
その安定は一時的なものかもしれなかったが、それでも構わなかった。
心が静かなままでいられるならば。
続きを読みたい方、ぜひ当日いらしてくださいね。
その際一言声かけていただければ泣いて喜びます。多分。
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