篠笛ってご存じですか。和楽器で、木管楽器のひとつです。フルートと同じように音を出します。「陰陽師」で笛の名手が出てきますが、あっちは同じ竹笛ですが、装飾が施されていて「龍笛」(りゅうてき)などと呼ばれています。お能に使うのもちょっと高級なものですね。
篠笛はもう少し庶民的で、竹の素朴な風合いを残しており、とてもシンプルな楽器です。楽屋で写真を撮らせていただきました。
袋がいいですね。味わいがあります。
これがモーツァルトを奏でるのですから、驚きです。
演奏は最後の街角コンサート。数々の演奏を提供してきたいっぷく処です。
同じ建物ある足湯では、スペシャルコンサートを終えた演奏家のみなさんがくつろいでいらっしゃいます。どんなふうに聞こえるでしょう。
どうしてこのコンサートに参加したのか、どんな曲をやろうとしているのかについてお話がありました。
実は、最終日のぎりぎりエントリーだったんです。偶然ラジオで知ったとのことで、メンバーに確認する間もなく、とにかくエントリーしてそれから最終決定されたようです。
モーツァルトのレパートリーがあったわけでなく、エントリーから曲を選んだとのこと。もちろん、モーツァルトは生涯にわたって篠笛など見たこともなかったと思いますし、専用の楽曲はなく、フルートでは音域が足りません。どうしても既存の曲のアレンジが必要です。
風さんたちは、いろいろ迷った末に、ケッヘル1番と2番を選ばれました。いいですね。お話に引き込まれました。
これが当日の演奏曲です。
風、この音楽祭でもしばしば口にしてきました。響きが風になる。
風は目には見えません。何かを動かしたとき、初めて風を感じます。体かも知れませんし、ものかもしれません、あるいは、心かもしれません。この音楽祭でモーツァルトが風になって残ればいいなと思っていただけに、風(ふう)さんの演奏は、そのまま峡谷のなかに留まって流れていくようでした。
翌日、お泊まりになっていたホテルの朝のお散歩ツアーで、遊歩道で演奏されたようです。すばらしい響きでした。どこにでももっていける楽器というのはいいですね。いつでも、風を生むことができます。
よい風に吹かれて、みんなとても気持ちよくなりました。
会場には、やはり同じように篠笛の愛好家の方がおられたようで、いろいろ話をしておられました。そんな出会いとつながりを生むのも、音楽祭の役割のひとつと考えていましたから、うれしい風景でした。
春日井からおいでになったと聞きました。直後に台風の被害があったようですが、みなさんのおすまいはどうだったのでしょう。少し心配をしています。