アタシ、小学校に入ってすぐ
病気で長いこと休んだことある。
ああいうときって
ほんとにシンドかった間のことは
あんまり覚えてないんだよね。
「シンドイ波」が、ざぶ~んざぶ~ん
次々来る・・・ただもうそれだけ。
なんか、神サマにされるままって感じ。
そこまでイヤでもツラくもないの。
それより、ほんとにイヤだったのは
「これをしないと治らない」って
ムリヤリ何かされたとき。
タタミ針みたいな太い針を
両方のあしに突き刺したり
細い針を手首に刺したり。
アタシ一度、イヤだって
逃げ回ったことある。
逃げても捕まっちゃうんだけどね。
でも、逃げられるくらい元気なのに
なんでタタミ針・・・ってこどもは思う。
「ちりょう」なんて
ほんとオトナの勝手だ。
いつもだと、病気の大波小波と
大っきらいな「ちりょう」とが
ひととおり過ぎちゃうと
あとは別にどうってことなくなる。
こどもにとっては「病気」って
そういうものなんだと思う。
でも、そのときは
いつもとちょっと違ってた。
いつまでたっても
「良くなった」って
言ってもらえない。
学校も行っちゃダメ。
だいたい「蔵」から出ちゃダメ。
(行けるのはお便所だけ)
お風呂もひと月くらい
入らなかったと思う。
おねえちゃんとも
ずっと会えないまま。
おねえちゃんは
「ねねちゃんの寝てる蔵には
行っちゃダメよ」って
ずっと言われてたんだって。
ときどきお庭で、お友だちと
遊んでる声がしたけど
すぐに「追い出されて」
聞こえなくなった。
アタシは元々「食べない子」って
言われてたけど・・・
あのときは「好きなモノ」も
全然食べられなかった。
「タンパクシツは全部ダメ」って
タマゴもソーセージも牛乳も
お魚もお肉も、ぜ~んぶ
ごはんから消えちゃった。
イタダキモノのカステラも
アイスクリームも「ダメ!」
・・・悲しかった。
オナカはそんなにすかなかった。
でも、みんなが食べるお菓子は
やっぱり食べたかったな~
タンパクシツってどんなモノかも
ちゃんと説明してくれたから
「でも食べたい!」って言えなかった。
「食べちゃいけない」の
自分でもわかってたから。
でもでも、もっとイヤだったのは
「起きちゃダメ」
「動いちゃダメ」って
ずっと言われてたこと。
たいくつだよねって
誰かが風船持ってきて
いくつもふくらましてくれたのに・・・
部屋の中で、手のひらで
風船ポンポンついて歩いたら
おかあちゃんに見つかって
「・・・それは駄目よ」
そんなあ・・・
おかあちゃんも
ちょっと困った顔してた。
そのあと丁度「しんでんず」とりに
「しょうにか」のお医者さんが来て・・・
おかあちゃんが風船のこと聞いたら
お医者さんは笑って「それはダメ」。
アタシはそのあと
みんないなくなってから
誰にも聞こえないように
ひとりで泣いた。
いつもわあわあ泣くから
「ねねちゃんは泣き虫」って
おねえちゃんはよく笑ったけど
おふとんの上に坐って
ひとりで声出さずに泣いたのは
あれが初めてだったかも。
夏休みが始まる少し前
アタシはやっと
また学校に行けるようになった。
でも、まだ走っちゃいけないって。
(ムリだよお・・・そんなの)
アタシは「ジフテリア」っていう
病気だったんだって。
でも、人に聞かれたら
「ジンエン」だったって言いなさいねって
おねえちゃんはおかあちゃんに
言われたみたい。
「ジフテリア」だと、おうちには
いられなくなるから・・・とか
言われた気もするけど
アタシはよく覚えてない。
初めての「つうちぼ」は
数字のところが真っ白だった。
この次は、いろんな数字の書いてある
おねえちゃんみたいなのがいいな~
これもフーセンなんだな~って
あのとき、ちょっと思っちゃった。
病気で長いこと休んだことある。
ああいうときって
ほんとにシンドかった間のことは
あんまり覚えてないんだよね。
「シンドイ波」が、ざぶ~んざぶ~ん
次々来る・・・ただもうそれだけ。
なんか、神サマにされるままって感じ。
そこまでイヤでもツラくもないの。
それより、ほんとにイヤだったのは
「これをしないと治らない」って
ムリヤリ何かされたとき。
タタミ針みたいな太い針を
両方のあしに突き刺したり
細い針を手首に刺したり。
アタシ一度、イヤだって
逃げ回ったことある。
逃げても捕まっちゃうんだけどね。
でも、逃げられるくらい元気なのに
なんでタタミ針・・・ってこどもは思う。
「ちりょう」なんて
ほんとオトナの勝手だ。
いつもだと、病気の大波小波と
大っきらいな「ちりょう」とが
ひととおり過ぎちゃうと
あとは別にどうってことなくなる。
こどもにとっては「病気」って
そういうものなんだと思う。
でも、そのときは
いつもとちょっと違ってた。
いつまでたっても
「良くなった」って
言ってもらえない。
学校も行っちゃダメ。
だいたい「蔵」から出ちゃダメ。
(行けるのはお便所だけ)
お風呂もひと月くらい
入らなかったと思う。
おねえちゃんとも
ずっと会えないまま。
おねえちゃんは
「ねねちゃんの寝てる蔵には
行っちゃダメよ」って
ずっと言われてたんだって。
ときどきお庭で、お友だちと
遊んでる声がしたけど
すぐに「追い出されて」
聞こえなくなった。
アタシは元々「食べない子」って
言われてたけど・・・
あのときは「好きなモノ」も
全然食べられなかった。
「タンパクシツは全部ダメ」って
タマゴもソーセージも牛乳も
お魚もお肉も、ぜ~んぶ
ごはんから消えちゃった。
イタダキモノのカステラも
アイスクリームも「ダメ!」
・・・悲しかった。
オナカはそんなにすかなかった。
でも、みんなが食べるお菓子は
やっぱり食べたかったな~
タンパクシツってどんなモノかも
ちゃんと説明してくれたから
「でも食べたい!」って言えなかった。
「食べちゃいけない」の
自分でもわかってたから。
でもでも、もっとイヤだったのは
「起きちゃダメ」
「動いちゃダメ」って
ずっと言われてたこと。
たいくつだよねって
誰かが風船持ってきて
いくつもふくらましてくれたのに・・・
部屋の中で、手のひらで
風船ポンポンついて歩いたら
おかあちゃんに見つかって
「・・・それは駄目よ」
そんなあ・・・
おかあちゃんも
ちょっと困った顔してた。
そのあと丁度「しんでんず」とりに
「しょうにか」のお医者さんが来て・・・
おかあちゃんが風船のこと聞いたら
お医者さんは笑って「それはダメ」。
アタシはそのあと
みんないなくなってから
誰にも聞こえないように
ひとりで泣いた。
いつもわあわあ泣くから
「ねねちゃんは泣き虫」って
おねえちゃんはよく笑ったけど
おふとんの上に坐って
ひとりで声出さずに泣いたのは
あれが初めてだったかも。
夏休みが始まる少し前
アタシはやっと
また学校に行けるようになった。
でも、まだ走っちゃいけないって。
(ムリだよお・・・そんなの)
アタシは「ジフテリア」っていう
病気だったんだって。
でも、人に聞かれたら
「ジンエン」だったって言いなさいねって
おねえちゃんはおかあちゃんに
言われたみたい。
「ジフテリア」だと、おうちには
いられなくなるから・・・とか
言われた気もするけど
アタシはよく覚えてない。
初めての「つうちぼ」は
数字のところが真っ白だった。
この次は、いろんな数字の書いてある
おねえちゃんみたいなのがいいな~
これもフーセンなんだな~って
あのとき、ちょっと思っちゃった。
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