大江・岩波裁判の判決日が来月31日と決まった。
1945年4月1たちから始まった沖縄戦の最中、座間味・渡嘉敷両島で起きた集団強制死をめぐり、両島に駐留していた水上特攻隊の陸軍海上挺身戦隊の元戦隊長が住民に自決を命じたという記述は誤りだとして、座間味島元戦隊長の梅澤裕さんらが、「沖縄ノート」の著者の作家大江健三郎さんと版元の岩波書店に出版差し止めなどを
求めた裁判の第2回口頭弁論が9日、大阪高裁(小田耕治裁判長)で行われた。双方が意見陳述を行って結審した。判決は10月31日に言い渡される。
一審同様、控訴審でも隊長命令の有無で争われた。原告、被告とも新たな証言を提示したが、一審での双方の言い分の対立構図や一審判断を大きく揺るがすことはなかったように思う。双方とも今後新たな書面を出す方針もないため、同高裁は早々と審理を打ち切ったと思われる。
原告の梅澤さんは「自決命令」を否定する主張を裏付ける証拠として「集団自決」発生の前日、自決用の弾薬を求める住民代表と自分とのやり取りを軍伝令の立場で聞いていたとする同村の宮平秀幸さんの証言を提出してきました。それについての被告側の反論は、証言について「矛盾点が多い」と疑問を呈し、信用性がないとした。
大江・岩波の被告側は、高校歴史教科書の「集団自決」に関する記述で「軍強制」の事実を削除した2007年の教科書検定意見は、その後の教科書発行会社各社による訂正申請への対応を通じて修正前の検定の立場に戻ったと主張した。これに対し、原告側は、「軍命令・強制を否定した文科省の立場は、一貫している」と反論していた。
最後のこの部分の反論は、原告側が正しいと思う。一貫して文科省は、頑なに「軍命令・強制」という文言の記述に戻すこと、使用を拒んでいるからだ。なぜここで文科省が修正前の見解に戻ったとしたのか、理解できない。
ともあれ、控訴審判決は10月31日、注目したい。*(ジロ)*
1945年4月1たちから始まった沖縄戦の最中、座間味・渡嘉敷両島で起きた集団強制死をめぐり、両島に駐留していた水上特攻隊の陸軍海上挺身戦隊の元戦隊長が住民に自決を命じたという記述は誤りだとして、座間味島元戦隊長の梅澤裕さんらが、「沖縄ノート」の著者の作家大江健三郎さんと版元の岩波書店に出版差し止めなどを
求めた裁判の第2回口頭弁論が9日、大阪高裁(小田耕治裁判長)で行われた。双方が意見陳述を行って結審した。判決は10月31日に言い渡される。
一審同様、控訴審でも隊長命令の有無で争われた。原告、被告とも新たな証言を提示したが、一審での双方の言い分の対立構図や一審判断を大きく揺るがすことはなかったように思う。双方とも今後新たな書面を出す方針もないため、同高裁は早々と審理を打ち切ったと思われる。
原告の梅澤さんは「自決命令」を否定する主張を裏付ける証拠として「集団自決」発生の前日、自決用の弾薬を求める住民代表と自分とのやり取りを軍伝令の立場で聞いていたとする同村の宮平秀幸さんの証言を提出してきました。それについての被告側の反論は、証言について「矛盾点が多い」と疑問を呈し、信用性がないとした。
大江・岩波の被告側は、高校歴史教科書の「集団自決」に関する記述で「軍強制」の事実を削除した2007年の教科書検定意見は、その後の教科書発行会社各社による訂正申請への対応を通じて修正前の検定の立場に戻ったと主張した。これに対し、原告側は、「軍命令・強制を否定した文科省の立場は、一貫している」と反論していた。
最後のこの部分の反論は、原告側が正しいと思う。一貫して文科省は、頑なに「軍命令・強制」という文言の記述に戻すこと、使用を拒んでいるからだ。なぜここで文科省が修正前の見解に戻ったとしたのか、理解できない。
ともあれ、控訴審判決は10月31日、注目したい。*(ジロ)*