母許に眠る心地(獅子吼2022年3月号の主宰句鑑賞)

2022年04月14日 | 主宰句・主宰句鑑賞
寒紅の唇閉ぢて黒マスク  鵠士
マスク姿が日常となり様々な色柄を目にする中でも、黒マスクが目を引きます。和服姿の妙齢の女性が鮮やかな寒紅の唇を閉じ、黒いマスクを付ける刹那、赤と黒との対比の中に官能的な美が捉えられました。或いは、寒中に黒マスクの和装の女性とすれ違いざま、その内側に美しい寒紅の唇を想像=幻視した一句とも考えました。どちらにしても、中七「唇閉ぢて」の表現からは凛とした気品が感じられます。

     二月十七日
あの月に地震はあるか寒苦鳥  鵠士
 初見、阪神淡路大震災と同じ日の月を眺めながら「月にも地震はあるのだろうか」という疑問を「寒苦鳥?」に語りかけた句と思いました。しかし寒苦鳥(かんくちょう)を調べてみると、「厳しい寒さに凍えて、夜が明けたら巣を作ろう(寒苦必死、夜明造巣)と思うけれども、いざ夜が明けると怠けて遊んでしまう想像上の鳥、それは精進を求めない衆生に譬えたもの」とあります。であればこの句の意図は。大きな地震の直後は次への備えを決意するものの、時が経てばいつしか忘れている凡夫を風刺している句という理解に行き着きましたが、如何でしょうか。

裸木となるや連理の枝しかと  鵠士
 「連理の枝」からは白居易の長恨歌の一節を思い起します。男女の深く睦まじい契りのたとえとしての「比翼の鳥、連理の枝」の表現です。連理の枝の実物は見たことがないのでネット検索をすると、二本の木の間にしっかりと結び合った枝と枝の画像が出て来ました。これなのかと思い、掲句の「しかと」の三文字が生きた表現である事に気付いた次第です。
 余談ですが、北京オリンピックのフィギュアスケート日本代表「りくゆうペア」の演技は、まさしく「氷上の比翼の鳥」ではなかったかと何度も映像を観賞しました。

母許に眠る心地の日向ぼこ  鵠士
 意味はともかく「母許」の読みが辞書では分からず、今回もネットに頼ると「がり」という接尾語がある事が判明。改めて辞書で「がり」を引くと「人を表わす名詞または代名詞に付いて、または助詞『の』を介して、その人のいる所(へ)、の意を表わす」とあり、万葉集「妹がりやりて」、栄華物語「夜ばかりこそ女君のがりおはすれ、」の例など見つかりました。
 「ははがりにねむるここちのひなたぼこ」とは何と心地よい情景でしょうか。年を経て母親の記憶は遠い昔になったとは言え、「母許に眠る心地」の措辞には心のやすらぐ思いがします。

2 コメント

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日向ぼこ (きりぎりす)
2022-04-15 07:13:25
…可愛いですね。
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正しくは日向ぼこりと (健人)
2022-04-15 21:45:17
言うそうです。知りませんでした。
でも確かに「日向ぼこ」と言うと、可愛いですね。
以下、歳時記の解説です。
 日だまりでじっと動かず暖まること。「ぼこり」の語源には諸説があるが、暖かなさまを表わす「ほっこり」からというのが有力である。家の内外を問わず風のない日だまりでの楽しみ。
 「日向ぼこり」の傍題として、「日向ぼっこ」「日向ぼこ」「日向ぼこう」「負喧(ふけん)」。
 最後の二つは初めて聞く言葉です。
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