『 自然は全機する 〜玉の海草〜 』

惚けた母がつぶやいた〜 「 生きてるだけが仕合せだ 」♨️

《玉断》 ほんとうは負けてはいない 「負け組」

2022-05-08 10:49:24 | 雑感

__ 同種や同族の間で、競い負けて「棲みにくい土地」に追いやられる者たちがいる。あえて、3000メートル以上の高地に居場所をさだめた「ライチョウ(雷鳥)」みたいな気高い種もある。そんな種族を追ってみた。

 

● “ サツキに嵌まる愛すべき風流人たち

[2016-11-26 00:48:38 | 王ヽのミ毎]

うちの、亡き叔父もサツキを愛し育み、丹精したひとで……

縁側に雛壇の如く飾り、自前のライトアップをしては、親しき知人・友人・親族だれかれ構わず家に招いて、いたって陽気な酒盛りを連日繰り広げておりました

サツキの時期には、二週間位続けてそんな様子だったのですから堪りません

(wikiより)> サツキはツツジ科の植物で、山奥の岩肌などに自生する。盆栽などで親しまれている。

サツキツツジなどとも呼ばれており、他のツツジに比べ1か月程度遅い、旧暦の5(皐月・さつき) の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われる。

 

‥‥ わたし今まで「サツキ」を誤解していました

皐月の頃に見応えのある盆栽の総称だとばかり思い込んでいました

今回のリーマンさんの記事には、目を瞠りましたよ

親父どのの愛情を注がれたものとして、わたしに神社の神祭りの何たるかを身をもって示してくれた吾が敬愛する叔父と共通する「なにか」を感じました

> 花のことはよく知らない。

だからサツキの育て方などわかるはずもない、と思っていた。

だが、本作を読むと何か得心するところがあった。園芸栽培の技術が頭に入ったわけではない。

ひとが何かを大事にするときは、心に屈託を抱えているということだ。

それは人生で失ったものか、あるいは得られなかったものか。

[青山文平『伊賀の残光』の解説文(葉室麟・執筆)より]

‥‥ はたして、尊敬おく能わざるリーマンさんの父君にして、そうであられたのか、私には分からない

ただ、他人には窺い知れぬ「哀しみ」といふものはいずこにも在る

> 「岩槻街道の染井村(現・東京都豊島区)に、藤堂侯の下屋敷があってな……

そのお庭で露除(つゆよけ)を務めていたのが高名な植木職である伊藤伊兵衛で、元禄の頃に『錦繍枕(きんしゅうまくら)-1692年』なる書物を著した。

書かれているのはサツキのみであるにもかかわらず全部で五巻という大書だ。それによれば黄花のサツキは存在しない

> サツキは元々渓谷に棲む陰樹(いんじゅ)であり、‥‥

> 道々、サツキが渓流に根を下ろす理由を説いた父の言葉を思い出した。

「たまたま、流れ着いたのではないのだ」と父は言った。

いったん水嵩(みずかさ)が増せばまるごと流れに攫(さら)われる危険を承知で、飛沫(しぶき)を浴びる岩肌を選んだのである。

他の草木との生きるための争いを避け、敢えて生きるには辛い場処を己が棲処とした。

そうして得た渓谷の平和を守り抜くために、彼らは己の軀(からだ)

をも変えた。

【ツツジが枝葉を上に伸ばす】のに対して、

【サツキのそれが横に広がる】のは、たとえ流れに没したとしても、身を低くすることで岩肌にとどまるためだ。

「サツキの花の美しさは、その覚悟の美しさである」と、父は己に言い聞かせるように唇を動かしたものだった。

> サツキの新種が棲んでいそうなあらかたの渓流には、取り付く路がない。熊笹や灌木の群落を山刀を振るいつつ進むか、あるいは滑落の危険を承知で沢を上る。渓流行きは山登りに等しい。

[上記引用全て、『伊賀の残光』より]

‥‥ いやあ、そんな隠れた消息が「サツキ」とゆー生き物に内包されていたとはなんとも凛乎として奥床しい風情がある

いままで、たんに躑躅(ツツジ)と一緒くたにしていた自分を恥じております

そんな、サツキを愛し慈しんで止まない御仁がたとは、いかにもそのお人柄が偲ばれます

 

 

● “ 敗木

[2017-04-02 00:10:46 | 王ヽのミ毎]

晩酌のお伴に『ブラタモリ』を観ていたら……

奄美の海のマングローブが出て来た

> 熱帯や亜熱帯地域の海岸線や河口付近など、陸と海のキワにあって潮の満ち引きによって陸になったり海水に浸かったりする場所に生えている植物群をひとまとめにして「マングローブ」と呼ぶんです。世界的にも希少なマングローブが奄美大島にもありました。

 

‥‥ 陸地と海との際にあるとゆーことは、場所によってそれは淡水と海水の混ざり合う【 汽水域 】にあるわけで、マングローブに対して新たな興味が湧いたことだった

マングローブに棲息する「メヒルギ(雌蛭木)」「オヒルギ(雄蛭木)」なる樹木の生態も面白く……

呼吸根として地上に露出している「板根」や「屈曲膝根」、これで海水の塩分を濾過するのだが、それでも排除し切れない塩分を枯れた葉っぱに載っけて、落葉とともに排出するとゆー離れ業をやってのけていた

そーいえば、「奇跡の一本松」は海水の塩害で枯れていたものだった

マングローブの植物たちは、凄まじい適応・進化を遂げて生き伸びたのですな

解説の先生の話では、メヒルギ・オヒルギともに生育が遅く、陸地での生存競争に敗けて、棲みにくいマングローブに逃れてきたのだとか……

それを聞いていたタモさんが一言、 敗木ですな

葉をツルギの様に尖らせて、種子につけて落として地面に刺すことによって、マングローブの軟弱な地盤から流されない為の工夫とか……

敗北した樹木の生き方には何処と無くユニークなものがあり、

リーマンさんのサツキの盆栽話にあった如く、曲がったり、敗けたりしながら……

おのれのオリジナル磁気をまっとうしておられるよーな気がした

これらはたとえ敗北しても、自分の「島」を居場所として、サイの如く独り歩んでいるものなあ〜

植物って、わりと釈尊の仏道を往く者なんじゃないか知らん

 

ーそれにしても、食べ物の話柄だけには素直な反応をする おほみ(近江)アナが、小動物のよーに自然で微笑ましい画面を醸し出している

 

 

● “YAZAWA-極め道

[2015-09-27 23:14:11 | 玉の海]

世にも美しい曲『時間よ止まれ』を、CMで聴き惚れていた世代としては

彼が老いてゆくのを見るのが、実は楽しみだったりもします

私とは、反対極の星廻りで、表現も正反対なのだが

そこは、同一線上にある誼みか、根本は酷似してるよーな氣もする

>人間ていうのは、必ずドアを叩かなきゃいけない時がくるのよ。

その時、叩くって勇気いるよね、怖いしさ。

どうなるのかなんて思うけど、そこで分かれるよね。

叩く人間とそうでない人間に……

>人生というのは、失うものを増やしていくゲームなんだ。

>年とるってのは細胞が老けることであって

魂が老けることじゃない。

>最近、勝ち組とか負け組が流行ってるけど、

スタート切っているかどうかが僕は大事だと思うね。

>「切なさ」ってのは克服できないものなんだ。

それを振り切っていくのもまた人生なんだよ。

ネットで語る言葉全てがカッコいい男「矢沢永吉」と云われていたが、

まさに面目躍如たる感がある

だが、それだけではない

>オレは、いま生きるのがつらいって言っている人は、

やっぱり、どこかに自分の生き方を自分で決められないって背景があると思うんだ。

かんじんなのは手前の足で立つことなんだ。

こんな繊細な思い遣りの通う人でもある

>矢沢の60歳のテーマは【面白がる】こと。本気で、徹底的に面白がります。

オレね、ここまでけっこう頑張ってきたわけよ。

だからというわけじゃないけれどね、

これからは思い切り面白がることにした

… 66才になられた今でも、面白がっておられた

書籍化もされた、星井七億『もしも矢沢永吉が「桃太郎」を朗読したら』についても

実娘さんによると、ごきげんに笑い飛ばしていたとの事で

よく錬られた、このパロディを快く受け容れて、面白がられたとゆーことです

>俺はいいんだけど、

YAZAWA】がなんて言うかな?

これ、よく聞くけど深味のある言葉ですな

YAZAWA」の部分を、例えば「横綱」にしてもいいし、

「職人魂」でも、「本当の自分」であってもよい

最近流行りの、「やっちゃえ、ニッサン」のCM…

上記の語録を味わってから見ると、いい加減な無責任発言ではないのが、よく分かります

業界の万年NO.2に発破をかける、素晴らしい励ましとなっていると思います

永ちゃんは、老いさらばえても、永ちゃんなんだろな♪

 

 

● “ アネハヅル、酒田に飛来

[2021-06-02 02:08:30 | 玉の每水]

月末のきのう(5/31)、なんとも愉快なニュースが舞い込んで来た

あの、ヒマラヤ山脈越えの「風の鳥」、アネハヅルが酒田の田んぼに降り立ったのである

> アネハヅル(姉羽鶴、Demoiselle Crane )

姉のように凛とした立ち姿から命名される、体長90㎝くらいの最小サイズの鶴

モンゴルやロシアの草原で繁殖し、越冬のためにチベット経由で8000メートル級のヒマラヤ越えを強行して、インド南西部へ4000キロの旅をする渡り鳥である

 

ヒマラヤ山脈を越えて移動できる鳥は、このアネハヅルしかおられない

上昇気流に乗っかって、まるで昇天するかのよーに飛翔する姿は、まさに飽くなき挑戦者のそれである

V字形に空気抵抗を避けながら、群れで飛行する(鶴翼の陣形ですね)、尖った先端を飛ぶ鳥はもろに空気抵抗に晒されるわけだが、そこは交代で乗り切るそーである(なんとも民主的だ)

なんで、こんなにも困難な生存状況を選んだものか……

南極で子育てする皇帝ペンギンや、3000メートル級の険しい山を選んだライチョウや、流れの急峻な川辺を選んだサツキのお仲間でありますな

誰も近寄らない極限の棲息地を、あえて選び取らざるを得なかった、いわば「負け組」なんですが……

その端倪すべからざる「生きる工夫」と覚悟には、動物の生き様ながら頭が下がります

猛烈な淑女といった感じで、大好きな鳥です

 

今回、酒田(酒田市刈穂の田んぼ)に訪れたのは、迷い鳥であろーとのことだか……

アネハヅル(6羽の群れ)の端正で優雅な佇まいを、地元のTV映像で見られるなんて、こんな仕合せもないもんだ

吉兆なのか、気象の異変を告げるものなのか分からないが…… ちかごろ嬉しい音連れでありました

          _________玉の海草



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