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(回顧録)
英会話が得意でも無い私が、少しの機転を利かし面接に臨んだ結果が 県代表内定へと繋がった。
(このことは、後々私が臆すること無く何にでもチャレンジする気持ちになれた良いきっかけにもなったのは言うまでもありません。)
(学問が優っている事より、その場の雰囲気を読み取る機転が人生を左右する大きな要素になり得る事もあり、社会生活や就職活動などでは、その場の空気を読み取る力を備えることは大切だと思います。)
さて、当時の皇太子殿下御成婚を記念した、海外派遣のコースは数種類ありました。
私達のように短期間の派遣コースは飛行機。
約1ヶ月かけて南米やヨーロッパ、東南アジアなどを研修するコースは船の旅。
そのような全派遣団を一堂に集めて、2次選考を兼ねて行われたのが #国立中央青少年交流の家 での約1週間の研修でした。
ここでは、各班ごとに分かれて実際に海外訪問時の役割分担を決めて毎日想定実践や、コミュニケーション作り、政府や大学講師による訪問国の経済 内政 人権問題などの講義を受けた。
研修最終日の夜は、全派遣団グループが集まりアトラクションで楽しい夜を迎え いよいよアメリカ カナダへの道が近づいた事を皆で喜び合ったものだ。
そんな、楽しい時間を過ごしている中、私宛ての電話があり、事務室で受話器を受け取ると 島で寝たきり療養中の祖父の死の知らせだった。
父は、電話の向こうから「心配しないでいいから最後まで研修を受けて来なさい」との事。
結局、祖父の葬儀にも参列する事なく富士山の山麓の国立中央青少年交流の家での研修を無事に済ませ帰島した。
その後、東京虎ノ門で最終選考を兼ねた研修会があり参加した。
残念ながら全派遣団の中から、2名の脱落者が出た。
団員から外された理由は、国立中央青少年交流の家で、禁じられていた歩行禁煙が見つかり注意したところ、ポケットから簡易灰皿を持ち出し「灰皿は持参しています」の一言。禁止行為をする事は団体行動者として不適格であり 団員内定を取り消した、、との事でした。その他の内定者は全員晴れて、国代表の親善団員として認定された。
そして10月
三木総理大臣公邸で、結団式が行われ各班に団旗が渡され記念写真ラッシュに喜びが大きく膨らんだ。
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(右上赤のネクタイが管理人)
(続く)
閲覧者で当時の団員がいらしたら、ご連絡お待ちしています。