●県職員勤めで最大級の惨劇(その3)
招待者の参列場所は、二カ所に分かれていて、一つは新幹線ホームの車両乗降口前、もう一つはホームからエスカレーターを一段降りた所のコンコースであった。皇太子ご夫妻が県を離れる最後の場面となる乗降口前で参列者が正しく居並ぶ姿を確認した私は、その場に並ぶ知事がお見えになると、計画通り参列者の見張りを知事お付きの職員達に引き継いでエスカレーターを降り、コンコースの参列場所へ向かった。私は後ろの方に控える予定だったのだが、当時の私の上司でありお見送りに参列する課長が「せっかく苦労して段取りしてきたのだから最後は貴方が間近でご覧なさい」と最前列の場所を譲ってくれた。課長は国から出向のキャリア官僚であり、過去に皇太子ご夫妻の間近に接する機会もあったのでという。
新幹線の御用車両が停車して、皇太子ご夫妻が乗車される予定位置に知事と県議会議長が立つと、いよいよその時が間近であることが上階のホームに居る皆に感じとれたようだ。少しして「両殿下は今ほど駅の待機所を出られてホームに向かわれ始めました」との伝達が私に入った。あと一二分足らずで我々の目の前にお見えになるのだ。大勢の見物人を含めホームやコンコースに居並ぶ皆が水を打ったように静まりかえった。春の日の午後とは思えぬ本当に静寂の極みであった。
そんな刹那である。知事付の職員がエスカレータを降りて私に駆け寄ってきた。「ホームに指定外の参列者が紛れ込んでいる」というのだ。ホームとコンコースでは参列者の胸に着ける花飾りの色を別にしていた。各々の立ち位置を間違えないようにとの配慮だ。本来コンコースに居るべき花飾りの人をホームで一人見つけたという。皆高齢なので勘違いをしているのではないかと楽観したくなったが、万が一ということがある。確信犯であって、この機に皇太子ご夫妻への直接の陳情とか、よもや危害を加えようなどということでもあれば、大変では済まされない。参列管理の実務責任者としての私に通報してきた知事付の職員と、物音一つしない静寂の中で目を合わせただけで、お互いに同じ事を考えていることが分かった。"以心伝心"とか"ニュータイプ"とかという程の感覚ではないが、極度の緊張と集中が瞬時に為さし得る技であったか…。「その人がよからぬ事を起こさないように制しなければならない」。私は通報を聞き受けて一言も発することなく反射的にエスカレータを駆け上り始めた。
「近くに知事が居るのだから、その人物は知事狙いかも知れない。それも含めて何かあれば身を挺して対応するのがおまえ達"知事付の職員"の仕事だろうに」…エスカレータを大股で二段飛びしながら私の頭には瞬時にそんな苦言が浮かぶ。しかし知事付の職員と悠長なやり取りをしている暇(いとま)は無い。もう数秒もすれば両殿下がここに至るかもしれない。考えるよりも先に身体が動くとはこのことだった。
相変わらず静まりかえった上階のホームに到着すると、私は何事も無いかのように努めて落ち着いた表情をして、"色違いの花飾り"の人を探した。すると驚く場所で見つかった。新幹線乗車口の直ぐ手前、知事の真向かいのいわば"特等席"であったのだ。これは極めてマズい。何かしでかされようものなら、知事も両殿下も本当に危ない。私はそのまま静かにその人に駆け寄る。両殿下は今にもこちらに到達するタイミングなのでこの人が本来並ぶべき階下のコンコースに引き連れ戻す時間は無い。私はその人の側に低姿勢ですり寄り、耳元で「恐縮ですが事情により少し後ろにお下がり頂けませんか」と囁いた。せめて両殿下や知事に手の届かない場所に移動させたかったのだ。
私が囁くまでにこやかな笑顔を作っていたその老人は、にわかに怒りの表情に変わった。「私に引き下がれとは、何を無礼なことを言うのか。おまえは何者だ若造。県職員だな?私を誰だと思っているんだ。おまえのクビなどどうにでもできるんたぞ」。元来の頑固な短気者なのか待機時間にしびれを切らしていたのか、一瞬で機嫌を損ね"臨界"に達したようで、周りに大勢の人達が居並ぶこともお構いなしで、大声で私にまくし立ててきた。
新幹線の御用車両が停車して、皇太子ご夫妻が乗車される予定位置に知事と県議会議長が立つと、いよいよその時が間近であることが上階のホームに居る皆に感じとれたようだ。少しして「両殿下は今ほど駅の待機所を出られてホームに向かわれ始めました」との伝達が私に入った。あと一二分足らずで我々の目の前にお見えになるのだ。大勢の見物人を含めホームやコンコースに居並ぶ皆が水を打ったように静まりかえった。春の日の午後とは思えぬ本当に静寂の極みであった。
そんな刹那である。知事付の職員がエスカレータを降りて私に駆け寄ってきた。「ホームに指定外の参列者が紛れ込んでいる」というのだ。ホームとコンコースでは参列者の胸に着ける花飾りの色を別にしていた。各々の立ち位置を間違えないようにとの配慮だ。本来コンコースに居るべき花飾りの人をホームで一人見つけたという。皆高齢なので勘違いをしているのではないかと楽観したくなったが、万が一ということがある。確信犯であって、この機に皇太子ご夫妻への直接の陳情とか、よもや危害を加えようなどということでもあれば、大変では済まされない。参列管理の実務責任者としての私に通報してきた知事付の職員と、物音一つしない静寂の中で目を合わせただけで、お互いに同じ事を考えていることが分かった。"以心伝心"とか"ニュータイプ"とかという程の感覚ではないが、極度の緊張と集中が瞬時に為さし得る技であったか…。「その人がよからぬ事を起こさないように制しなければならない」。私は通報を聞き受けて一言も発することなく反射的にエスカレータを駆け上り始めた。
「近くに知事が居るのだから、その人物は知事狙いかも知れない。それも含めて何かあれば身を挺して対応するのがおまえ達"知事付の職員"の仕事だろうに」…エスカレータを大股で二段飛びしながら私の頭には瞬時にそんな苦言が浮かぶ。しかし知事付の職員と悠長なやり取りをしている暇(いとま)は無い。もう数秒もすれば両殿下がここに至るかもしれない。考えるよりも先に身体が動くとはこのことだった。
相変わらず静まりかえった上階のホームに到着すると、私は何事も無いかのように努めて落ち着いた表情をして、"色違いの花飾り"の人を探した。すると驚く場所で見つかった。新幹線乗車口の直ぐ手前、知事の真向かいのいわば"特等席"であったのだ。これは極めてマズい。何かしでかされようものなら、知事も両殿下も本当に危ない。私はそのまま静かにその人に駆け寄る。両殿下は今にもこちらに到達するタイミングなのでこの人が本来並ぶべき階下のコンコースに引き連れ戻す時間は無い。私はその人の側に低姿勢ですり寄り、耳元で「恐縮ですが事情により少し後ろにお下がり頂けませんか」と囁いた。せめて両殿下や知事に手の届かない場所に移動させたかったのだ。
私が囁くまでにこやかな笑顔を作っていたその老人は、にわかに怒りの表情に変わった。「私に引き下がれとは、何を無礼なことを言うのか。おまえは何者だ若造。県職員だな?私を誰だと思っているんだ。おまえのクビなどどうにでもできるんたぞ」。元来の頑固な短気者なのか待機時間にしびれを切らしていたのか、一瞬で機嫌を損ね"臨界"に達したようで、周りに大勢の人達が居並ぶこともお構いなしで、大声で私にまくし立ててきた。
(「財政課10「県職員勤めで最大級の惨劇(その3)」編」終わり。「財政課11「県職員勤めで最大級の惨劇(その4)」編」に続きます。)
☆ツイッターで平日ほぼ毎日の昼休みにつぶやき続けてます。
https://twitter.com/rinosahibea
☆ツイッターで平日ほぼ毎日の昼休みにつぶやき続けてます。
https://twitter.com/rinosahibea