妄想ドラマ 『 season 』 (最終回)
音楽室の手前の視聴覚室に、お菓子やジュースが並べられているのが目に入った。
移動式のホワイトボードはカラフルな飾り付けがされており、
きょうのお別れ会のプログラムが書かれている。
ビンゴゲームやクイズ、コントをやるようだ。
初めて金管バンドクラブの練習に訪れた日のことが思い出された。
朋香と桃子に引っ張り込まれたわけだけど、そのおかげで密度の濃い
日々をすごせたと思う。
ただただ夢中で突っ走った一年だった。
少しばかり感傷に浸りながら、第一音楽室のドアを開けた。
4,5年生が6年生にプレゼントする曲の練習をしていた。
この一年、6年生と一緒に演奏した曲のほかに、今日のために練習した曲がある。
子供達が選んだのはいきものがかりのエール。
なんだかじんとくる。
「よーしOK!ばっちりじゃん」
丸田先生はいつもどおり威勢がいい。
何度こうやって子供達を送り出しているんだろう。
「おはようございます」
「おはよう、櫻井先生。今日は私達はすることないの。あとは5年生に任せてあるから」
「なんかもうすっかり準備できてるみたいですね」
「あとは6年生が揃うのを待つだけよ。4年生のコントが楽しみ」
いつもよりちょっとだけテンションが高いのは、寂しさを悟られまいとしているようにも思える。
10時になると図書室に集まっている6年生を呼びに行った。
ドアが開くと同時に一曲目の演奏がはじまり、向かい側に並べられた席に
6年生が座った。
新クラブ長の沙織が今日は楽しんでいってくださいという内容の挨拶をした。
クラブ長として初めての仕事に緊張している。
運動会やクリスマスコンサートで演奏した曲の中から3曲を披露し、
最後に6年生に送る曲、エールを演奏した。
シュウが6年生を代表してお礼の言葉を述べ、場所を視聴覚室に移し
賑やかで楽しいひと時を過ごした。
やがて終了予定の時間が来て、興奮のあとの寂しさが漂い始めた時、
朋香と桃子が立ち上がって言った。
「それではみなさん、図書室に移動してください」
それから二人は丸田先生と俺のところに来て、
「先生も早く」と言った。
「えっ何?どうしたの?」
丸田先生も聞いていなかったらしく、戸惑っている。
「いいから、いいから」
そう言って子供達に取り囲まれながら図書室へ行くと、
いつの間にか姿が見えなくなっていた大野先生が、にこにこしながら待っていた。
「丸田先生と桜井先生は特等席へどうぞ」
うやうやしく差し出された大野先生の手の先には椅子がふたつ置かれていた。
その前にはゆるいカーブを描いて並べられた椅子と楽器。
丸田先生と顔を見合わせながら薦められた椅子に座ると、
6年生も楽器が用意された椅子に座った。
何かを感じ取って、丸田先生はもう泣きそうな顔をしている。
4,5年生たちは思い思いに俺達の後ろに立った。
朋香と桃子が大野先生の持っていた紙袋から小さなブーケを取り出すと
丸田先生と俺の前に来た。
みんなの拍手を浴びながら薄いブルーと黄色の可愛らしい花束をもらった。
丸田先生は泣いていた。
大粒の涙がポロポロとこぼれた。
ありがとうという声が裏返って、鼻水をすする。
誰かがポケットティッシュを差し出した。
「やだもう恥ずかしい。化粧がくずれる」
丸田先生が涙を流しながら笑って受け取り、子供達も笑った。
6年生の女子も泣いている子が何人かいた。
シュウが立ち上がって、小さな咳払いをひとつするとみんなが静かになった。
「えっと・・・丸田先生、櫻井先生ありがとうございました。僕達が3年間
金管バンドクラブで頑張ってこれたのは先生たちのおかげです。丸田先生には
いっぱい怒られたけどそのおかげで毎年県の代表になれたし、頑張ることの大切さを学びました。
本当にありがとうございました。櫻井先生は最初は頼りない感じがしたけど、
一緒に練習してくれたのがとても嬉しかったです。コンクールの時はさすがサクショウ!
って思いました。最後に僕たちからのプレゼントがあります。みんなでいろいろ考えたけど
やっぱり音楽をプレゼントしたいと思って、大野先生に協力してもらって内緒で練習しました。
それでは聞いてください。
曲は丸田先生が大好きな嵐の曲でシーズンです」
シュウが座ってトロンボーンを構えるとみんなも一斉に楽器を構えた。
ドラムのスティックがカウントをとり、軽快なイントロが始まった。
遠征のバスの中で何度もCDを聴いた曲シーズンのメロディが
子ども達の音で奏でられる。
自然と歌詞が頭の中に浮かんだ。
ひらひらと花が舞うころには、この子達は最初の旅立ちの時を迎える。
俺もまた出会いがあり、新しい一歩を踏み出す。
これからの人生に何度の出会いと別れを繰り返すのだろうか。
いつか人生を振り返る日が来たとき、きっとこの曲とともに新米教師だったころの
自分を思い出すに違いない。
子供達が涙でぼやけそうになるのを必死でこらえた。
丸田先生は次々にティッシュを引っ張り出しているし、男は簡単に涙を流すもんじゃない
と言っていた大野先生もハンカチで何度も目のあたりを拭っている。
先生になってよかった。
教員生活も楽しいことばかりじゃないけど、それでもこの曲を聴いて
今日のことを思い出せば頑張っていけると思う。
木々の芽吹きはまだ先だけど、俺の心の中は春のような優しいぬくもりで満たされていた。
-------end-------
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
当初はもっといろんなエピソードを考えておりましたが、
文章にする前に頭の中で完結してしまいました
あーこんな先生だったらもう一度小学校から勉強し直します。
現実世界の教師のみなさん、大変な時代だけどファイト!
ちなみにマルティは実在の方をちょっとばかしモデルにさせていただきました。
マルティごめんね~ばれたらヤバイ
ではまたいつか妄想の世界で
音楽室の手前の視聴覚室に、お菓子やジュースが並べられているのが目に入った。
移動式のホワイトボードはカラフルな飾り付けがされており、
きょうのお別れ会のプログラムが書かれている。
ビンゴゲームやクイズ、コントをやるようだ。
初めて金管バンドクラブの練習に訪れた日のことが思い出された。
朋香と桃子に引っ張り込まれたわけだけど、そのおかげで密度の濃い
日々をすごせたと思う。
ただただ夢中で突っ走った一年だった。
少しばかり感傷に浸りながら、第一音楽室のドアを開けた。
4,5年生が6年生にプレゼントする曲の練習をしていた。
この一年、6年生と一緒に演奏した曲のほかに、今日のために練習した曲がある。
子供達が選んだのはいきものがかりのエール。
なんだかじんとくる。
「よーしOK!ばっちりじゃん」
丸田先生はいつもどおり威勢がいい。
何度こうやって子供達を送り出しているんだろう。
「おはようございます」
「おはよう、櫻井先生。今日は私達はすることないの。あとは5年生に任せてあるから」
「なんかもうすっかり準備できてるみたいですね」
「あとは6年生が揃うのを待つだけよ。4年生のコントが楽しみ」
いつもよりちょっとだけテンションが高いのは、寂しさを悟られまいとしているようにも思える。
10時になると図書室に集まっている6年生を呼びに行った。
ドアが開くと同時に一曲目の演奏がはじまり、向かい側に並べられた席に
6年生が座った。
新クラブ長の沙織が今日は楽しんでいってくださいという内容の挨拶をした。
クラブ長として初めての仕事に緊張している。
運動会やクリスマスコンサートで演奏した曲の中から3曲を披露し、
最後に6年生に送る曲、エールを演奏した。
シュウが6年生を代表してお礼の言葉を述べ、場所を視聴覚室に移し
賑やかで楽しいひと時を過ごした。
やがて終了予定の時間が来て、興奮のあとの寂しさが漂い始めた時、
朋香と桃子が立ち上がって言った。
「それではみなさん、図書室に移動してください」
それから二人は丸田先生と俺のところに来て、
「先生も早く」と言った。
「えっ何?どうしたの?」
丸田先生も聞いていなかったらしく、戸惑っている。
「いいから、いいから」
そう言って子供達に取り囲まれながら図書室へ行くと、
いつの間にか姿が見えなくなっていた大野先生が、にこにこしながら待っていた。
「丸田先生と桜井先生は特等席へどうぞ」
うやうやしく差し出された大野先生の手の先には椅子がふたつ置かれていた。
その前にはゆるいカーブを描いて並べられた椅子と楽器。
丸田先生と顔を見合わせながら薦められた椅子に座ると、
6年生も楽器が用意された椅子に座った。
何かを感じ取って、丸田先生はもう泣きそうな顔をしている。
4,5年生たちは思い思いに俺達の後ろに立った。
朋香と桃子が大野先生の持っていた紙袋から小さなブーケを取り出すと
丸田先生と俺の前に来た。
みんなの拍手を浴びながら薄いブルーと黄色の可愛らしい花束をもらった。
丸田先生は泣いていた。
大粒の涙がポロポロとこぼれた。
ありがとうという声が裏返って、鼻水をすする。
誰かがポケットティッシュを差し出した。
「やだもう恥ずかしい。化粧がくずれる」
丸田先生が涙を流しながら笑って受け取り、子供達も笑った。
6年生の女子も泣いている子が何人かいた。
シュウが立ち上がって、小さな咳払いをひとつするとみんなが静かになった。
「えっと・・・丸田先生、櫻井先生ありがとうございました。僕達が3年間
金管バンドクラブで頑張ってこれたのは先生たちのおかげです。丸田先生には
いっぱい怒られたけどそのおかげで毎年県の代表になれたし、頑張ることの大切さを学びました。
本当にありがとうございました。櫻井先生は最初は頼りない感じがしたけど、
一緒に練習してくれたのがとても嬉しかったです。コンクールの時はさすがサクショウ!
って思いました。最後に僕たちからのプレゼントがあります。みんなでいろいろ考えたけど
やっぱり音楽をプレゼントしたいと思って、大野先生に協力してもらって内緒で練習しました。
それでは聞いてください。
曲は丸田先生が大好きな嵐の曲でシーズンです」
シュウが座ってトロンボーンを構えるとみんなも一斉に楽器を構えた。
ドラムのスティックがカウントをとり、軽快なイントロが始まった。
遠征のバスの中で何度もCDを聴いた曲シーズンのメロディが
子ども達の音で奏でられる。
自然と歌詞が頭の中に浮かんだ。
ひらひらと花が舞うころには、この子達は最初の旅立ちの時を迎える。
俺もまた出会いがあり、新しい一歩を踏み出す。
これからの人生に何度の出会いと別れを繰り返すのだろうか。
いつか人生を振り返る日が来たとき、きっとこの曲とともに新米教師だったころの
自分を思い出すに違いない。
子供達が涙でぼやけそうになるのを必死でこらえた。
丸田先生は次々にティッシュを引っ張り出しているし、男は簡単に涙を流すもんじゃない
と言っていた大野先生もハンカチで何度も目のあたりを拭っている。
先生になってよかった。
教員生活も楽しいことばかりじゃないけど、それでもこの曲を聴いて
今日のことを思い出せば頑張っていけると思う。
木々の芽吹きはまだ先だけど、俺の心の中は春のような優しいぬくもりで満たされていた。
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最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
当初はもっといろんなエピソードを考えておりましたが、
文章にする前に頭の中で完結してしまいました
あーこんな先生だったらもう一度小学校から勉強し直します。
現実世界の教師のみなさん、大変な時代だけどファイト!
ちなみにマルティは実在の方をちょっとばかしモデルにさせていただきました。
マルティごめんね~ばれたらヤバイ
ではまたいつか妄想の世界で