日記

身辺雑記です。

Y内吉子先生葬儀告別式。

2008-12-01 23:34:44 | Weblog
享年94歳。先代家元の異母妹。当代の叔母。我々茶道部の師範であった。

14時よりの告別式、大徳寺三玄院より僧4人。
他、僧形8人。山田明爾名誉教授、北海道吉野兄、神戸司田、
(3者は同級生との事)滋賀住谷、龍谷大上野浄丸、あと3人は知らない先輩。

親族は、家元、大奥さん(と言うらしい)、若宗匠。
後列に5人お年寄り。計8人。

家元の石黒氏が大働きで差配してい、親族と対面の席に、僧形の8人と
郵便局の川口、堺の中島、広島の小田、かなり後輩らしい滋賀の小川、
ぼく、お茶の美好園、橋口(何屋やったかな?)、御菓子司末富、
他、知らない人、計18人。

祭壇に向かっての一般席に30人程。旧姓岸本さん他見知りの顔が
ちらほら。総計60人程の参列。ほとんどが茶道部T寂会OB関係だった。
園田、山本和氏は見えなかった。お通夜に来たのだろう。聞かなかった。

供花香典は固辞、だったが祭壇の花は「信楽会」「T寂会」だけで
会場が広いだけに少し寂しかった。

15時に出棺を見送り、そのまま帰るつもりだったが中島先輩の誘いも
あり、初七日の法要、精進上げまでお付き合いさせていただく事にした。

18時から大徳寺三玄院なので時間つぶしにすぐ横の都ホテル喫茶室。
6人で行った。40年振りにお会いした川口先輩、昔いつも思っていた
「平さんぺい」そっくりな風貌物言い、懐かしく楽しくご馳走になった。

川口氏、後輩女性、そこで別れ小田、小川氏と中島氏の車で三玄院。
初七日の法要。19時頃まで。20人ほどの参加。後、小田氏帰広島。
家元、若宗匠、体調すぐれずいらっしゃらなかった。

その後、院から大徳寺門前「利久」まで約3百メートル、ハイヤーで。
精進料理のコースとお酒をいただいた。
解散直前、若宗匠が医者に行っていたと咳き込みながら青い顔で来られ
しめの挨拶。ひどい風邪との事でしんどそうだった。

21時過ぎ、司田氏、上野氏と中島氏の車でJR京都駅まで送って貰う。

とにかく疲れた!!。とりあえず、人名等、忘れない内に・・・と。






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