妙義山の奇岩群
友人からブルーレイが届いた、
彼は永年に亘ってわが故郷の情報を送ってくれる、
今回の情報は
2002年のサッカーワールドカップ日韓大会で
カメルーンの事前キャンプ地に選ばれた
大分県の中津江村とカメルーンの
交流を描いたドキュメンタリー番組だ、
題して
「カメルーンは家族」
誘致に至る経緯から20年を経た今日までの
村を挙げての交流は胸に迫るものを感じさせた、
そもそも中津江村は大分県でも僻地、
大分市から車で2時間程もかかる
熊本県に近い山間地、
人口は僅か650人ほどの小さな村だ、
誘致に名乗りを上げた84ヶ所の中でも
最も小さく最も不便な自治体であった、
村人でさえ
❝こんな何もない所で合宿するチームなんかある訳がない❞
と思っていたと当時を振り返る、
事実グランドと言えどただの草原で
宿泊する設備など全く整っていなかった、
そんなさびれていく村の状況を常々危惧していた
担当職員が各地のサッカーグランドを訪れて
芝の手入れやメンテを教わりグランドとして使える
状態にまで仕上げていった、
その熱意が子供から年寄りまでの村人に伝わり
誘致が村を挙げての一大事業になっていった、
最初に村を訪れたカメルーンの視察団は
この地が選手たちにとって一番サッカーに
打ち込めると判断をして合宿地に選ばれた、
選手が入村したその日は
トラブルがあって深夜になってしまったが
多くの村人が選手たちを熱烈に歓迎した、
大会では初戦で同じアフリカの強豪チーム
サウジアラビアを撃破してキャプテンのソングは
インタビューに
❝この勝利を中津江村の人々に捧げる❞
と答えた、
昨年の2022年ドーハの大会では
カメルーンチームは8年ぶりの出場を果たした、
村人達は応援のメッセージをビデオに収録し送った、
あろうことかカメルーンチームは
初戦で優勝候補筆頭のブラジルを破るという
ドラマを演じた、
それもアディショナルタイム残すところ1分の
劇的な勝利であった、
応援に集まった200人ほどの村人は涙を流して
これを祝福した、
村人は言う
❝カメルーンは過疎化に苦しむ中津江村を元気にしてくれた、
以前は中津江村の住民だとは村外で言えなかったけど
今では誇りを持って言える、
その恩は一生わすれない❞
カメルーンと中津江村の交流は今やサッカーに留まらず
大分県の産業界をも動かし始めている、
下水道整備の進まない地域にバイオマスのトイレを
設置したり国内無数の放置車両をリサイクルする
工場を建設したり、
それらを現地の雇用に役立てると言う動きなど等、
嘗てカメルーンチームが練習したグランドで
大会も開催され今や
九州のサッカー少年にとっては
聖地と呼ばれるまでになっている。