1980年代の後半から、海外出張は殆ど単身(一人)で行っていた。
初めてのニューヨークビジネス出張時、先輩に同伴して貰ったことがあるがそれ以降、大半は単身だった。英語が巧かった訳でもなく才能があった訳でもなかったが度胸だけが取り柄の鉄砲玉ビジネスマンだった。
出張先は皆初めてのところばかりで勿論初対面の人と会い、交渉をするのである。当時、海外人材が居なかったとはいえ、正直、上司もよく行かせていたものと思う。
トラベルエージェントは郵船航空で座席とホテルの予約を取って貰った。それ以外全ては自分で準備するのである。携帯電話はまだサービスをしておらずアメリカでもポケベル全盛の時代だった。
私は初めから国際ビジネスマンだった訳ではなかったが場数を積み、少しずつ自信も生まれた。多い時には月に3回程度アメリカ等に飛び廻っていた。
北米出張の場合、日本時間の週末に東京を立ち、アメリカの翌週週初めの月曜日から交渉や会議を始めるスケジュールを常とした。そしてその週内には帰国し、即、出社するのである。このような出張の場合、土日はなかったのである。まだ若かったのでできたがこれが時差を利用した効率的なビジネス出張の形だったのである。
この時はまだインターネットがなかったがPCは携行していたので出張レポートは機内で作成し、帰国後即出張報告していた。
当時はビジネスクラスの黎明期でエコノミーとファーストクラスの間に出来た。エコノミーが余りにも一般化し、常連のビジネス旅行客には適さなくなっていた。そんな私もあって出張はビジネスクラスが常だった。ボーイングの747ジャンボ機の場合、客席が少なくて静かな2階のキャビン席をよく予約したものだ。
ビジネスクラス以上の恩恵は、空港での専用チェックインカウンター、優先搭乗、手荷物プライオリティサービス、空港ラウンジの利用、美味な食事サービスなどある。また、ファーストクラス程ではないが少し余裕の座席でリラックスで寝やすい。座席数が限られているので静かである。
ビジネスクラスでもアメリカ出張は愛想は良くなかったがユナイテッドを多く利用した。ビジネスクラス正規運賃チケットだったのでマイレージは直ぐ貯まった。隣席の商社員などは何十万マイルものマイレージホルダーでCAとも顔見知りのため上得意様扱いを受けていた。
当時、インターナショナルビジネスマンはアタッシュケースとガーメントバッグで颯爽と飛び廻っていた。飛行機は優先乗降、飲酒自由、美食の食事、有利なマイレージ、空港までのリムジンパス(航空会社による)などアドバンテージがあった時代であった。機内で配られるアメニティは溜まって友人等にプレゼントしていた。