古稀背包客放浪記

古稀バックパッカーの東南アジア見て歩る記

古稀のエベレスト街道 再びLukla

2018-03-09 20:14:13 | 旅行

振り返ればエベレストの高峰は見えず、Gholaの集落のみ

桜に似た樹木

LuklaとJiriの分岐点、Luklaは近い

振り返ってLuklaのエベレスト街道入口、戻ってきました

宿からLuklaの街と裏山

Luklaの空港
2017年11月11日(土)
退散だ。
やっとこれで呪縛から逃れられる。
昔取った杵束では無いがひょんなことから今回のトレッキングになった訳ではあるが、

今年の7月にカイラスに行く積りで準備をしていた。
メンバーも6人程集まり、日程や費用について現地の旅行社と最後の打ち合わせも済み、契約をするだけの状態になっていたが、6月の初旬のある日、主力メンバーのS氏からメールが来た。
都合が悪くなり、参加できません。
程なくして、S氏に誘われていた他の数人のメンバーも参加しませんと。
先乗りで成都に来て、色々交渉してたのに、、
結局、このパーテーのカイラス3週間の旅はあえなく空中分解してしまった。
そんな時に知人のT氏がエベレスト写真の旅に行くことを耳にし、連絡したら一人旅だし一緒に行きましょうと言う事で決まった。
当然、目的も方法もまるっきり違うので、行けるとこまでは一緒に行きましょうという事で、成都で落ち合い、エベレスト街道の入口Luklaまできたが、数日でお互い単独行動することにした。
T氏は同じ所に、一週間も二週間も滞在し、目的の写真を撮ろうとするのだから、到底付き合いきれない。
小生は物見遊山だから、ブラブラと歩き回りたい。
結局、何時ものような気儘な一人旅になった訳だ。

今日は途中からヨーロッパの五十代くらいの人と、追いつ、追われつの行程だった。
彼は後ろから来てさっさと追い越していくが、程なく行くと、どっかりと腰を下ろして休憩している。
小生はそれを横目に先に行く。
また暫くすると先ほどの人がまた追い越していく。
Luklaに着いたのは小生の方が大部早かった。
宿のチェックインを済ませ、街をブラブラ散歩しているときに彼は来た。
そこで初めて口をきいた。
今日は何処までですか、
明日の飛行機に乗るか、ジリまで歩こうか考えてるんです。
もう、くたびれて飛行機で帰りたい気もするし、やっぱりジリまで歩きたい気持ちもあるし、
今日のペースを見ていたら、どうもジリまでは無理なくらい疲労しているように見受けられたが、

古稀のエベレスト街道 Toktok

2018-03-04 23:41:29 | 旅行

Everest覗きからのEverest

Namuche大吊橋、上段が現在使用中、下段は旧

Monjo(2835m)

ネパール国歌を斉唱する宿の娘
2017年11月10日(金)
昨夜は荷物を預けている、行くときに泊まった宿に行くがひどい待遇だった。
夕食時にレストランに行くと、めっきり今日の客は少ない。
友人の紹介で、預かった写真や頼まれたお土産等を持って行ったが何の反応も無かった。
日本のそれなりの人間が大部宿泊する処らしく、色んな著名人とオーナーが写った写真が飾ってあった。
夕食にレストランに行ったがストーブに火が入ってないのでとても寒い。
オーナーの娘に火を焚いてくれと言ったが、今日は客が少ないのでストーブは焚きません、それに明日は予約で部屋が一杯ですから出て行ってくれと宣う。
おいおい、一人、二人でも客は客だが、、何の反応もない。
Freind Shipという、宿の名が泣くよ。
何処にもFrind Shipなどという気持ちがない宿だ。
退散だ。
よって今日は9時過ぎにチェックアウトし、最近開店した日本レストランに行き、不要の寝袋、防寒着、スパッツ、未使用の靴下、手袋、ETCを寄付する。
何のことは無い今日からはポーター無しで荷物を背負って下山するので荷を減らしたかっただけなのだが。
それでも十数Kgはきつい。
10時半過ぎにヨタヨタとNamucheを出発する。
とにかく、終わったのだ。
退散だ。
何の未練もない。
退散だ。
下りとはいえ、時々チョットした登りが有ると格段にスピードが落ちる。
それでも、休まずゆっくりと、1,2,3,1,2,3、と機械的に歩く。
何となく空気が濃くなってくるのを感じる。
15時過ぎにToktokという集落で今日の泊りとする。
三十数部屋あるロッジだが、客はたった一人。
12才の宿の娘がネパール国歌を歌ってくれる。
ロキシー(ネパール焼酎)が美味い。

古稀のエベレスト街道 再びNamuche

2018-02-23 17:02:38 | 旅行

左下Machhermoの集落とCho Oyu(8153m)

朝日が差してくる。冬枯れの道を下る。正面はThamserku(6618m)

途中で見かけた標識、右に行っても左に行っても??

久しぶりのAmaDablam(6814m)

長ーい、長ーい下り道、MongLa(3970m)の集落が見える。

ヒマラヤビューホテルの東側巻き道でチベッタンの店、Namucheは近い
2017年11月9日(木)
Machhermoの宿は二軒目に飛び込んだロッジだが、こじんまりとして感じの良い宿だ。
最初に入った隣のロッジは満員だと断られた。
隣には外国人の大部隊が泊まっているようだ。
この小さなロッジには正式な客は小生一人だけで、他に若いポーターが十数人泊まっている。
ポーターは隣の外国人部隊のポーターのようだった。

今日も天気は良い。
ひたすら下る。

とにかく、一回りして終わりました。
NamucheからNamucheまでのエベレスト街道ひと回り。
誰が立てた計画でもない。
エベレスト街道の王道Kalapatthar(5545m)からChoLaPass(5370m)を超えてGokyo Ri(5357m)に登り、今日で丁度10日間、上出来だ。

ひたすら下る。
しかし、長い、つらい。

久しぶりに見るAmaDablam(6814m)はカッコいい。

古稀のエベレスト街道 Gokyo Ri

2018-02-18 12:42:31 | 旅行

ガスの切れ間からEverest

左からEverest、Nuptse、Makalu(8463m)

Cholatse Tso(第三湖)と第二湖、Cholatse山群

ヒマラヤの雀

第二湖

断崖のヘツリを終えてDudhakoshiの流れ

やっと見えたMachhermo(4400m)の集落
2017年11月8日(水)
6時にGokyoの宿を出る。
Gokyo Riまで標高差で550mのピークを目指して出発する。
エベレストの写真を撮ったらそそくさと下山しようと思う。
急登をひたすら登る。
途中でガスが出てきて焦る。
7時頃からは下山してくる人々に出会う。
4時頃には出発している模様。

9時前にピーク下で大休憩、あいにくガスが出始めベストのエベレスト写真は撮れず。
Gokyo Riに登ったことで満足する。

GokyoからMachhermoへの下りはヘロヘロの下山だ。
しかも寒く、指先が無感覚になる。
風も出てさらに寒い。

筋力も体力も根性も、ナイナイ尽くしこの老体を、こうも上手にだまし騙しエベレスト街道へ連れてきたもんだ。
我ながら、今更そのテクニックに感心する。
もうバテバテで一歩も動けそうにない老体を巧みに騙し、利益誘導して、、
自分と我との格闘劇をくりひろげて、、
実際、今までの山行で一番きつい。
過酷だ。死にそうだ。もうやめだ。

行ける所まで下る。
いや、Machhermoまでは何としてでも行く。

古稀のエベレスト街道 Cho La Pass

2018-02-07 07:57:20 | 旅行
カール奥頂き(5904m無名峰)に朝日が差し始める
5000m付近の急登
振り返ればAmaDablam
源頭氷河
ChoLaPassのトレッカー
振り返れば、左の最低鞍部がCholapass
長い長い下り、谷間にDragnakが望める
ChoLaPass ResortでNgozumba Glacierを眺め寛ぐトレッカー
2017年11月6日(月)
6時に宿を出る。
Dzongla(4840m)からCho La Pass(5420m)まで標高差で600mの登り、そしてDragnag(4700m)までの下り。
標高差だけでなく、登りも下りもそれなりの距離が有る。
六七時間は十分に掛かるコースだ。
特に標高5000m近辺での行動は慎重を要する。
酸素の少ないのが身体で直接感ずることが出来るからだ。
一歩毎に意識して呼吸をしないと酸欠になってしまう。
疲労と低酸素の影響でその行動は遅鈍そのものだ。
当然、思考能力も極端に低下する。
それに加えて、気温も零下の世界だ。
かじかんだ手はストックを満足に掴めない。
陽の当たる時間、コースに出るまでは特に厳しい。

教科書に出ているような典型的なU字型氷河カールの中を登る。
モレーン(氷河が押し出した堆積物の丘)も結構な高さがあって苦労する。
しかしカールの底部は穏やかで周りの風景が楽しめる。
振り返ればAmaDablam(6814m)も優雅に聳えている。

源頭部の氷河に出る直前の登りが特にきつい。
頭の上を前のトレッカーが歩いているような急斜面だ。
結構早くに出発したと思っていたが、更に早く出発したトレッカーが大勢いたようで、急登の大岩のガレ場で先が詰まっていた。
それからは一歩一歩の登りになった。

源頭の氷河は大部縮小したようで、大きなクレバス等も無くアイゼン無しでも楽に歩ける緩斜面だ。
Cho La Passは四五十人のトレッカーで大混雑だが、東西の眺望は抜群だ。
西側の下りルートは急傾斜で谷に落ち込んでいる。
日陰でもあり、二三日前に降った雪が凍っていて危険だ。
慎重に下るがスリップして転んでしまった。
ストックをピッケル代わりにして何とか滑落だけは免れたが肝を冷やした。
壁を約200m下ると後は緩斜面の尾根道や谷沿いの路をひたすら下る。
長い長い。
結局、登りに四時間、下りに三時間半掛かってしまう。
疲労困憊