昔、建設現場で「土方殺すにゃ刃物は要らぬ!雨の三日も降ればいい」とよく聞いたものだ。
「雨で干上がる三方(サンカタ)(土方、船方、馬方)さんよ!博打の元手はお天気さんと来たもんだ!」何れも余り感心しないが、土を掘りながら小唄よろしく鼻歌を歌い調子よくベルトコンベアに土を載せている。
たまたま現場の側を通りかかる、ご婦人を見て
「そこのネーチャン済ましてないで俺も男だ!今日のアガリを貢(ミツ)ごじゃないか?閻魔の顔だが、この夜の天国!連れても行くぜ!どうだい ネーチャン!よ~~ゥ」
これでは、ご婦人も恐れをなして現場の場所を急ぎ足で通り過ぎる。
冷やかしを言っている職人(土方)は根は、それほど悪くはないが、些(イササ)か、言葉が感心しない。
まァ これも一種の掛け合いだ。
その頃は土方は土方で職人とは言っていなかったが、ここでは、一応職人さんとする。
側(ソバ)にポツンと立ってる監督さんも(新入りの我輩S32年頃)ご婦人に軽く会釈をするのみだ。
なんと頼り甲斐のない監督だ!
そう思われていると思うが働いている職人(土方)にはこの程度では文句は言えない。
現場監督として初めて現場に出た頃は正直言って、この土方や職人(鳶、鉄筋工、大工等)は怖かった。
何しろ言うことが新入りの我輩にとっては脅迫に近い!何事も喧嘩ごしだ。
「監督さんよ~この仕事“小回り”にしてくんねェ~かな~ァ?」
大体“小回り(コマワリ)”と言う言葉の意味も知らない。
知らないことを決めることが出来るわけがない。
「小回りとはなんだい?」と聞けば?
「何を惚けたことをいや~がる!唐片木!トラックじゃ~あるめ~し何台とは?おめ~ェ~ど素人(シロウト)だな」と言われてバカにされて以後 現場の指揮はとれない。
さりとて逃げるわけにも行かない。
向こうから見れば我輩の保安帽には二本の黒線が入っていて現場の次席を示している。
(所長は3本)当時は大学を出て少し内勤(我輩は構造設計)をして直ぐに現場に派遣された。
それも所長と二人の現場だ。故に現場経験がなくとも自動的に次席になる。
向こうの職人は既に、こちらが新入りの監督であることは百も承知の上で難題(?)を吹っかけているのだ。
困っているところに所長が来た。事務所から見ていたらしい?
所長が
「よし!ここから此処までだ!」
「所長さん!それりゃないぜ!」
「コレくらい出来なくてお前さん、それでもいっぱしの職人かい?」この言葉で職人は
「コイツあ人殺しだぜ~」と呟きながら仕事に精を出し始めた。
所長から小言は戴かなかったが、“コマワリ”の意味と大体の職人の一日の仕事量の目安は簡単に教わった。
それでも現場独特の用語が多い。
床付け(トコヅケ)(掘る深さが此処までと言うところ)が近くなると湧水が激しい!
「コリャあ~バーチカルかダルマが要るぜ!」
「監督さん頼むぜ」
なんだ?バーチカル?ダルマって?考えている暇はない。
「判った!直ぐに手配する!」事務所に飛び込むと肝心の所長がいない!
「あれッ 君 所長は?」現場の女子事務員に聞く。
「所長は先ほど(注文主の工場の営繕)事務所に行きました」
「帰りは何時(イツ)だ?」
「判りません」お手上げだ!掘り進んだ現場は水びたしだ。
砂質地盤のため水がでれば掘削(クッサク)しても砂が崩れて掘れないのだ。
あと20センチが掘れない!
ここは水換えより止水だ。そう判断して
「おい!この水なんとか止まらないか?」
「この水は湧き水だ!」
「止まらないよ!」ボウシン(土方の現場の世話役)を呼んで相談する。
「監督さん、此処は埋立地だ。水は止まらないよ」
「周囲を囲ってもダメか?」
「ダメだね」
「然し、あと20cmだ。そうだ、今日の干潮は?」現場は海の近くだ。多分満潮の所為かもしれない。
これは、ことによると干潮の1~2時間で掘れるかも?
「親方!差し当たり根切り(ネギリ)の周囲に杭を打って1.0尺の土留めを頼むよ」
「それは請負に入ってないよ」
「いいから、やってくれ!所長にはあとで話す、そして水は必ず引くから引いたら直ぐに掘ってもらいたい」
「やってみよう」
「明日、朝の干潮の時間に栗石(グリイシ)を敷いて目潰し転圧まで頼む」
「明後日は同じようにして直ぐに捨てコンだ」
「これも急いで頼む」所長が帰って事情を説明する。
所長は何も言わなかった。バーチカルとダルマとは何か?聞く。
所長は笑いながらバーチカルは垂直ポンプでダルマはダルマポンプと言うことだった。
そう説明を受けてもポンプであることはわかったが、どんなポンプかは判らなかった。
それ以上は聞けなかったので電話で出張所に同じ言葉でポンプを依頼した。
数時間後ポンプは来た。
世話役に2トン車からポンプを降ろさせて基礎工事の継続を指示・・・・。
“捨てコン”が終わり水換えも順調で墨出しに掛かる。
鉄筋工が入り組み立てを始める。
あっと言う間に基礎が終わり、建物の廻りが埋め戻され地上の作業に入る。
順調に見えた現場も外部足場が組み立てられ ほッとしたところで、なんと足場の点検をしていたボーシンが高さ7mの足場から、足場の上に敷いてある足場板を踏み外し足場組の中を転々として転落したのだ。
現場の時ならぬ叫び声で我輩は事務所から足場にすっ飛んで行った。
世話役が足場に絡まって足場の中で横になっている。顔は真っ青だ。
「おい 大丈夫か?」
落ちた世話役がうっすらと目を開け我輩を見て少し首を振った。
瞬間 これはダメかな?と変な気持ちが頭をよぎった。
そこへ所長が来て世話役の顔を見て頭に触り少し動かした。
打撲、出血を調べたようだ。
「おい痛むか?」世話役は少し頷いた。身体は未だ、そのままである。
手、足、を触り少し動かす。
4~5分経って工場の救急車が来た。事務所から依頼をしたらしい。
さすが、所長だ。女子事務員に工場の救急車を依頼させていた。
世話役は高さは7Mから落ちたのであったが足場の途中の部材にアチコチ当たりながら落ちたために軽い擦過傷で済んだようだ。
顔色が真っ青になっていたのはショックを受けたためのようだった。
数日後、元気な姿で世話役は現場に来た。
「大変だったな~でも、たいした怪我もなくよかったよ」
「もう落ちるなよ!」
「冗談でないよ。そう再々落ちてたまるかい!」
「足場から落ちたのは長い現場生活ではじめてのことだ・・・・」
兎に角 お互い冗談が言える。
工事は順調に進み12月初めに竣工式が行われ完了した。
次の仕事があるようで我輩は、そのまま一人現地の事務所に留まる。
所長は札幌に引き上げた。
所長から材料置き場に立て札を立てて置くように言い付かった。
ハイ分かりましたと、いい返事はしたが、そのまま年を明けた。
ある朝 現場に行くと材料置き場が一面 真っ白で何処に何があるやらサッパリだった。
所長が立て札を立てて置くように言った意味を理解した一瞬だった。
その日から積もった雪を堀り材料を見て立て札作りが仕事になった。
丁度今頃だった。
昔の先輩は何事も命じるだけで理由は言わなかった。
娘が勤めた始めた頃、現場の大工さんの言葉が分からず、「学校出てこんな事も分らんのか」と言われ、さんざん悩んでいました。今は現場の言葉も少しは理解できるようになったようだが、女ゆえに小馬鹿にされているようです。ここも厳しい世界ですね。
これは、職人心をくすぐりますよね。自信がある職人さんは、ハッスルするし、ちょっと腕に自信がない職人さんは、怒りだす、ような気がします。
いちど、言われてみたいですけどね。どう言う気持ちになるんだろ。
現場用語は一度説明されれば分かることが多いです。ご主人がマンションだといわれますと同じ意匠のほうですね。
建築は大きく三つに分かれています(1級建築士試験は5科目)。意匠、構造、設備、それにそれらを纏めて作り上げる”施行部門(現場)”です。
私が北海道に居たころは冬場は仕事はしませんでした、技術者は内地に一時帰され春先まで内地で仕事です。現在は冬場でもやっているようです。
当時は一度、北海道要員になると再び内地に戻ることは滅多にありませんでした。
私も足掛け3年目に内地に送られましたが何故か、そのまま内地に留まり二度と北海道には行きませんでした。
この言葉は仕事の内容を熟知して且つ一目で職人の腕を見抜く力(チカラ)が必要です。
>ちょっと腕に自信がない職人さんは、怒りだす、ような気がします。
実際 怒って帰る者もいます。其処を怒らせないで相手を納得させて仕事をさせるのも大変です。
未熟な私は、この手を真似して職人を怒らせて帰らしたことがあります。そのような時は替りが居なく困りました。
勿論 所長からコピットク叱られました。
「生兵法は大怪我の元」でした。
鈍い私は10年かかりました。
然し、流石に”薬作り職人さん”の指摘は鋭いですね
私は「イツになったらまともな仕事が出来るのだ!バカ野郎!」と怒鳴られ放しでした。
怒鳴られるのは自分に見込みがあるからだと、その都度、自画自賛して自分を慰めていました。