電話の相手方との会話を勝手に録音すると違法か。
このテーマで検索して色々なサイトを見ていると,千葉地裁平成3年3月29日の裁判例を一部引用して,「秘密録音の適法性について、一般に対話者の一方当事者が相手方の知らないうちに会話を録音しても、対話者との関係では会話の内容を相手方の支配にゆだねて、秘密性ないしプライバシーを放棄しており、また、他人と会話する以上は相手方に対する信頼の誤算による危険は、話者が負担すべきであるから、秘密録音は原則として違法ではない。」 とあるから,違法ではないと解説されている記事に行き当たることが多かった。
しかし,上記の裁判例の引用は正確ではない。正確には「一般に、対話者の一方当事者が相手方の知らないうちに会話を録音しても、対話者との関係では会話の内容を相手方の支配に委ねて秘密性ないしプライバシーを放棄しており、また、他人と会話する以上相手方に対する信頼の誤算による危険は話者が負担すべきであるから、右のような秘密録音は違法ではなく、相手方に対する信義とモラルの問題に過ぎないという見方もできよう。」である。
最後の部分が違っていて,違法ではない,と言い切っている訳ではなく,違法ではないという見方もある,と書いているだけである。
そして,この言い回しから当然次に推測されるのは逆接の接続詞
しかし、「それは、相手方が単に会話の内容を記憶にとどめ、その記憶に基づいて他に漏らす場合に妥当することであって、相手方が機械により正確に録音し、再生し、さらには話者(声質)の同一性の証拠として利用する可能性があることを知っておれば当然拒否することが予想されるところ、その拒否の機会を与えずに秘密録音することが相手方のプライバシーないし人格権を多かれ少なかれ侵害することは否定できず、いわんやこのような録音を刑事裁判の資料とすることは司法の廉潔性の観点からも慎重でなければならない。」と続く。
そもそもこの裁判例は,電話の会話を勝手に録音し,その適法性が争われたものではない。
上記裁判例は刑事事件の裁判であり,起訴された被告人が,検察側から提出された録音テープについて,自分の知らない間に録音されたもので,証拠収集の手段が違法であるから,録音テープを証拠として採用することはできない,と主張した,その主張の当否が問題となった事案であり,その判断を下すために上記のような一般論を述べているに過ぎない。そして,結論として録音テープを証拠採用することを認めている。
また,上記裁判例は,あくまで地裁の裁判例であり,他の裁判所の判断を拘束するわけではなく,上記と異なる判断をしたからと言って上訴の理由になる訳でもないから,重要な裁判例ではない。
もっとも,考え方自体は参考になる。
そこで,上記裁判例を参考にしつつ,色々と問題を分けて考えてみたい。
①刑事罰があるか,②民事上の損害賠償責任を負うか,③録音した音声を証拠として裁判所に提出した場合に証拠として採用されるか排除されるか,④録音した音声の取扱の注意すべき点。
①刑事罰があるか
電話の相手方との会話を勝手に録音する刑法上の規定はなく,刑事罰はない。
②民事上損害賠償責任を負うか
無断で会話を録音した相手方から,不法行為に基づく損害賠償請求を受けた場合,その請求は認められるか。
まず,権利侵害があると言えるかが問題だが,先程の裁判例では,「相手方が機械により正確に録音し、再生し、さらには話者(声質)の同一性の証拠として利用する可能性があることを知っておれば当然拒否することが予想されるところ、その拒否の機会を与えずに秘密録音することが相手方のプライバシーないし人格権を多かれ少なかれ侵害することは否定できず」とあり,プライバシーないし人格権が侵害されるから,権利侵害はあると言える。
したがって,基本的には不法行為に基づく損害賠償請求が認められうる。
次に,損害があると言えるか。
会話が録音されて具体的にどのような損害が生じるか。精神的損害を被ったとして慰謝料請求をすることが考えられる。損害額については会話の内容にもよるだろうし,何とも言えない。ケースバイケースと思われる。誰に聞かれても問題ないような内容であれば,損害はないと言えそうである。
いずれにしろ損害額は低額になると思われる。。
会話を録音することについて予め相手方の同意を得ておけば,相手方に拒否の機会を与えることになり,会話の録音が違法になることはないが,録音することを告知すれば相手方も会話に気をつけて下手なことを言わなくなるので,録音しても意味はなくなるだろう。録音するのであれば,相手方から後に損害賠償請求を受ける覚悟で録音するしかないのだろうか。
③証拠能力の有無
会話を録音するのは,相手方に突きつけて話が違うことを残し,相手方に一定の事実を認めさせるなど,何かしらの用途があるからである。
そして,後に裁判で証拠として提出するということも最終的には想定されていると思われる。
民事訴訟で,相手方に無断で録音した会話をしたそのテープ等を証拠として提出した場合,証拠として採用されるか。
このことについては,東京高判昭和52年7月15日の裁判例が,「著しく反社会的な手段を用いて,人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは,それ自体違法の評価を受け,その証拠能力を否定されてもやむを得ない」としており,相手方に無断で電話の会話を録音したとしても,著しく反社会的な手段を用いたとまでは言えず,基本的には証拠能力は認められると思われる。
④録音した音声の取扱い
最後に,録音した音声についての取扱いであるが,録音の内容にもよるが注意が必要である。
~しないと録音を公開するなどと脅せば脅迫罪となるおそれがあるし,現実に公開してしまうと,プライバシー侵害や名誉毀損などを理由に損害賠償請求を受ける危険がある。