わたしの願い、と言う題名で2014年2月17日のブログでも紹介しました。当時小学6年生のエッセーです。
当時、とある新聞に紹介されたのをきっかけに、広く知られるようになりました。
ふと、思い出しました。
≪わたしの願い≫
わたしは しゃべれない 歩けない
口が うまく うごかない
手も 足も 自分の思ったとおり うごいてくれない
一番 つらいのは しゃべれないこと
言いたいことは 自分の中に たくさんある
でも うまく 伝えることができない
先生や お母さんに 文字盤を 指でさしながら
ちょっとずつ 文ができあがっていく感じ
自分の 言いたかったことが やっと 言葉に なっていく
神様が 1日だけ 魔法をかけて
しゃべれるようにしてくれたら…
家族と いっぱい おしゃべりしたい
学校から帰る車をおりて お母さんに
「ただいま!」って言う
「わたし、しゃべれるよ!」って言う
お母さん びっくりして 腰を ぬかすだろうな
お父さんと お兄ちゃんに 電話して
「琴音だよ! 早く、帰ってきて♪」って言う
2人とも とんで帰ってくるかな
家族みんなが そろったら みんなで ゲームをしながら おしゃべりしたい
お母さんだけは ゲームがへたやから 負けるやろうな
「まあ、まあ、元気出して」って わたしが 言う
魔法が とける前に
家族みんなに
「おやすみ」って言う
それで じゅうぶん
.
作者は森琴音さん。
父親の淳さん(当時35)は「肢体不自由になるまではよくしゃべる子供でした」と話す。だが琴音さんが3歳のとき事故で心肺停止となった。一命を取り留めたが、低酸素脳症の重い後遺症で下半身はまひし、声は出るが言葉にならなくなってしまった。。そうです。
このエッセーが生まれるきっかけが、同じ支援学級の当時4年生だった川中椋太さんの「ぼくの障害」です。
川中さんが支援学級でこのエッセーを書いたのを知った森さんが、一文字一文字、文字ボードを指指しながら書き上げた口には出せない言の葉です。
森さんも、川中さんも、自分で何も出来ないと理解しているからあのような言の葉が溢れて来るのです。
私達、健常者は言いたい事を好きなだけ言えます。もしかしたら、私達の方が、不自由なのかも知れませんね。
自由に表現出来ないからこそ、ひと葉、ひと葉に美しさがあります。どんなに我々健常者が飾り立てたとしても、森さんや川中さんの言の葉には及びません。
それは、誰に向けての言の葉では無いからだと思うのです。
自分に語りかけている言の葉だから美しく感じるんだと思うのです。
この2つのエッセーが知られてから5年が経ちました。当時、これを見たは、賛辞を送り感動し、勇気をもらい、ネット上で拡散されました。
このエッセーを知った人は、誰もが偏見を持たず、全ての人に公平で優しい社会を作らなければと思ったはずなんです。
でも、それにはまだ、程遠い社会です。それどころか、養護施設での虐待や、無差別殺人事件が起きて、もしかしたら、私が犯人になっていたかも知れないと、、そんな意見まで取り上げられるほど健常者が異常になって来ています。
伝えたいけど、伝えられない、自分でしたいけど出来ない森さんや川中が、心病むこと無く懸命に動けるようになろうとしている姿に、当時、このエッセーを見た人は自分に置き換え、明日から色々あるだろうけど頑張ってみよう。。そう思ったはずなのに。。
あれから5年。この2人は元気かな、、特別支援学校の高校生かな。。
paikaji