悲しみがとまらない

新型コロナウイルスに影響を受けて2度目の夏。
相変わらず私たちの日常生活に閉塞感は蔓延っている。
行き詰まり感、無力感もだ。

とある夏の朝、
マンションの隣室から
歌声が風のように聞こえてきた。

隣室のおじさんが
ピアノをポロロンと弾き語りをしているらしい。

その歌声に耳を傾けると、
「オリビアを聴きながら」の切ないメロディが
浸みるように壁の向こうから聞こえる。

朝から聞くには場違いなほど切ない。
でも、わかる。わかるよ。

朝から悲しい。
不要不急によるやりきれない思い。
だから「お気に入りのうた～」
を歌ってやり過ごしている。

そのとき私の心の風鈴が鳴った。

しばしの時が経ち、
隣室からまた違う歌が聞こえてきた。
再びおじさんによるピアノと歌声だ。

・・・ああ。
その歌は「涙そうそう」だった。

さっきよりも切ない。
歌の底辺にある悲しみが隠せない。
メロディも詩も哀切止まない。
涙で古いアルバムめくれない。

わかるよ。わかる。
晴れ渡る日も雨の日も常に不要不急を叫ばれる中、
世界ではオリンピックだ。
たまには頑張ってる自分も
誰からか金メダルをもらって
労ってもらいたいだろうに。
わかる。

そのとき心象風景のキビ畑がざわわと凪いだ。

またしばらくすると
隣室のおじさんの最後の歌声が聞こえてきた。
こ、これは。

杏里の「悲しみがとまらない」だった。
ここまでくるとおじさんの歌声も絶好調。
アップテンポでのびやかに歌い上げていた。

わかる。わかるよ。
もう3曲目で気持ち良くなってしまったのだろう。
今のご時世ではカラオケにも行けないし。
一体、悲しみや切なさはどこに行った？

おじさんがI can’t stop!なのは歌うことかと思ったが違う。
家の中でおじさんが一人で盛り上がらざるを得ないこの環境、
この悲しみこそが止まらないのだろう。

そのとき私はおじさんの悲哀に黙祷した。

しかし、隣室のおじさん。
私が家でリモート勤務しているときは
歌わないでくれないか。

気になるし。
やる気が削がれるし。
そんなに歌も上手くないときてる。

あえて言おう。
雑音でしかない。

私はおじさんの歌声を邪険に扱いながら静かに目を閉じた。
辺りのセミが鳴き止んでいた。

【本日の業務報告】
すみません。
隣室のおじさんの歌声に多大な影響を受けて
本日のリモート勤務はあまり捗りませんでした。
以上。


小林朋広



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