絵じゃないかおじさん

言いたい放題、自由きまま、気楽など・・・
ピカ輪世代です。
(傘;傘;)←かさかさ、しわしわ、よれよれまーくです。

あ@仮想はてな物語(逸話) 朽の柿村のおイトばぁさん 1/23

2019-02-05 08:18:28 | 仮想はてな物語 

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* 朽の柿村のおイトばぁさん(060)



朽の柿村は、奈良県の新益京市から
3時間ばかりいったところにある山間の集落だ。
おイトばぁさんは、その村はずれに一人で住んでいる。




彼女と知り合ったのは、
バイクでツーリングに出掛けた帰りのことだった。
その時、山の中で、咽喉が乾いていた。
もちろん自動販売機などは見当らない。

最近はどんな山奥の中の小川といえど、
うっかり川の水などを口にすると、
とんでもない目に遭いそうだ。

どこで農薬をばらまいているかもしれない。
ヘリコプターで散布していることもある。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 2/23


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地域の人は、放送や広報で知らされているが、
私のようにふらりと何百kmも離れた所から、
のこのことやってくる者には、何も知らされない。


まあロクに調べもせず、
やってゆく方が悪いと言えば悪いのだろう。
そんなわけでどんな山深くの川であっても、
手足を洗うに止めている。



ゆっくり走っていると、
広い庭に井戸のつるべがあるのが見えた。
山の中、それも井戸だったので、興味を覚えた。
そこで、立ち寄って水を飲ませてもらうことにした。



赤いつつじの垣がきれいに手入れされていた。
庭には砂利が敷き詰められ、鶏が数羽放し飼いにされている。



「こんにちわー」

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 3/23


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4~5回声を掛けたが、誰も出てこなかった。
奥の方で犬の吠え声が聞こえてくる。
薄暗い土間のかなり向こうには、裏山の緑が見えていた。
墨で掛かれた門札に歌の字だけが判読された。

新生活云々とかいう貼り紙が黄ばんでいる。
人が出てくる気配もなかったので、上を見上げると、
瓦には苔が生え、軒は波打っていた。

私は、タバコを取り出して吸った。
犬は鳴き止みそうな気配はなかった。
私は、気がひけたのだが、
どうしても井戸の水が飲みたかったので、
少し待つことにした。
玄関を開けたままだから、そう遠くにいってもいまい。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 4/23


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私の趣味の一つに、バイクツーリングがある。
土曜日になると、一人でふらりと出掛けてゆく。
むろん日帰りである。

サタディ・ストローラー、
土曜日専用漂泊者とでも呼べばいいのだろうか。



週休も2日制が定着し、
その恩恵にあずかるようになってくると、
自然時間が余ってくる。

子供が小さい頃は、その休みを待ちかねて、
手ぐすねひいて待ってくれていたのだが、
中学生ともなると、お呼びでなくなった。

ということは、時間を持て余すようになる。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 5/23


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7~8年も、子供の相手であちらこちらに出掛けていたのを、
止めてしまうと、結局は、
彼らが私の時間を潰してくれていたのかと
錯覚を起こしてしまった。


実際は、私の時間を子供たちに食われていたはずなのだが、
私もそれを義務のように思って、
子供の相手をするように自分で自分を制約していたのだろう。
子供が鼻も引っかけてくれなくなると、
あり余る時間を何かで塗りつぶさなければならない。



私は、ぢっとしているのが、嫌いなタイプである。
まあ大病にもかからないので、どちらかと言えば、
健康にも恵まれている部類に入るのだろう。
健康であれば、出歩きたくもなる。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 6/23


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バイク・ツーリングは、
そんな私の性格にぴったりする趣味であった。
バイクは高校生の頃から乗っているので
違和感はあまり感じられなかった。
バイクの良さは、数えるといくらもあげられる。



また反面問題も多い。
バイクの持つマイナーな面ばかりに目を向けると、
これは決して誉められた趣味ではない。

しかし、いい面を見てやれば、
もうあばたもエクボに見えるほど
素晴らしい世界を展開してくれる文明の利器でもある。



プラスとマイナス、
私は、マイナス面に後ろ髪を引かれながら、
バイクと付き合っている。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 7/23


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決して、全面的に肯定しているものではないのだが、
愛妻のあゆかは、そうは見てはくれない。
妻といえども、
この微妙な心理の動きは伝わらないのだろう。



{いい歳して、若者のように、バイクに乗って}と
いうような見方に支配されているようだ。

いつか、あゆかに免許を取らして、
二人でツーリングに出掛けるのが、
私の願いの一つでもある。

しかし、あゆかは、小馬鹿にして相手になろうともしてくれない。
私は、それはそれでよいと思っている。
夫婦で趣味など一致すれば、
喧嘩ばかりして対立するだろうなあとも思っている。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 8/23


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同一趣味といえども、
その深さ、姿勢が一致するなどとは、
とうてい思えないからだ。

下手をすると、
逆に近親憎悪のようなものが
生まれるかもしれない。


あゆかは、クラシックが趣味でもある。
私は、音痴なものだから、
あんなものじっとして聞いていると、
イライラしてくるのだ。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 9/23



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オーケストラなど、目にすると、
大の大人があんなに沢山、
あんな狭い場所で、
何を汗かいてやっているのだと思う。

しかし、その反面、
人と人との共同作業に憧れもする。

だが、私自身は、
一人でツーリングでもしている方が楽しいのだ。
人に合わせて、何かをするということは、
苦手でもある。
そんな性格が物事の見方を制してしまっている。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 10/23



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しばらくしていると、
訝しそうな目つきをした年寄りが、
「何んか用かい?」と、声を掛けてきた。

私は、家の中から人が出てくるものばかりと
思い込んでいたものだから、
道路の方からの出現に意表をつかれた。

「咽喉が乾いたものですから、
井戸の水を飲ませていただきたいと思いまして」


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 11/23



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「そうか。咽喉が乾いているんかい。
しかしな、その井戸は飲料には不向きじゃ。
洗濯と泥落としぐらいにしか使ってないんじゃ。
こち来」

慣れて来ると、老婆は人なつっこい顔に変わった。
背は、私の肩より少し低かった。
頭に手ぬぐいを巻いて、鼠色の格子のエプロンをかけていた。
色黒いシワの平たい深い顔には、愛敬が漂っていた。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 12/23



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「あの井戸の水、旨そうなんだけど・・・」
「表面はな。保健所の人が来て、検査したところ、
飲むには適してないということじゃよ。
何でも、この先の山上にあるゴルフ場の農薬が
沁みこんできていると言っていた。
夏は、冷たく、冬は暖かくて、
いい水だったんだけどなあ。
だんだん年が経つと、暮らしが便利になって、
いいことはいいんじゃが、
昔のいい所まで殺されてしもうた。
長生きするのも良し悪しじゃのう」

 私は、冷えた麦茶を飲みながら、
玄関の上がりカマチに、そのばぁさんと腰を降ろして
話し込んでしまった。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 13/23



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犬のヤツも、そんな私とばぁさんの
馴れ合いぶりをみて吠えなくなった。

 ばぁさんは、おイトばぁさんと言った。
男の子が一人いるのだが、東京で就職して、
今は孫も二人になったという。

連れ合いは、5年ほど前にボケて、
谷底に落ちて亡くなったらしい。

東京へは、数年に一回顔を出すだけで、十分だ。
一人暮しは、決して人に勧められるものではないが、
コンクリに囲まれた団地暮しは、2日以上は、
ごめんをこうむりたいとも言った。

家には、猿の桃子と犬の猫助、
豚のデン子がいるので、淋しくはないという。

 つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 14/23



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犬に猫とは変わった名前の付け方をするばぁさんだ。
話を聞いていると、孫が赤ちゃんの
犬と猫の区別もつかなくて、つけたものらしい。

おイトばぁさんも、
 目に入れても痛くないような孫の命名なので、
 そのままにしているらしい。


 ばぁさんの歳は71歳で、
 年金収入と杉山が少しばかりと、
 2反ほどの田をアテアゲにしているらしい。

 アテアゲとは、米作りを一切他人にまかせて、
 収穫した米の2割ばかりをもらう方式のようだ。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 15/23




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 収入は減るが反面、田圃づくりから開放されるので、
 気楽になったとも言っていた。

 杉の方は、枝落としに、その歳でも行っているらしい。
 孫が大きくなった時、ばぁちゃんの育てた杉だよと
 残してやるのが夢だとも語っていた。


 その日、私は、小1時間ばかり居て別れた。
 半年に一度ぐらいは、ツーリングで傍を通るので、
 おイトばぁさんの姿が見えれば、寄ることをしている。

 バイクも乗りっぱなしでいると、緊張して疲れる。
 休憩するには、気の休まるところでもあった。
 ばぁさんと話していると、ごみごみとした都会生活とは、
 かけ離れた話になるから、私もホッとするのだ。


それから、数年経った頃である。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 16/23



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 私は、おイトばぁさんの所に寄った。
 玄関が開いていたからである。
 声を掛けると、猿の桃子が走り寄ってきた。
 もう、3匹とは顔なじみである。

 彼らは、ペット用のフードをお土産がわりに持っていって
 やっているものだから、すっかり私を認めてくれているのだ。



桃子が、私の革ズボンをしきりと引っ張るので、
奥に入っていった。

おイトばぁさんが、布団に寝ていた。
犬の猫助と豚のデン子は、その傍で寝そべっていた。
私が傍へ行くと、2匹とも力なく頭をあげた。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 17/23



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「おイトばぁちゃん、病気かい?」
「おうおう、これは休人はん、よう来てくれたのう。
 変なヤツに捕まってしもうてな。このざまよ。何とも情けない」

 うっすらと目尻に涙が滲んでいた。

「どこが悪いの」
「足腰をやられてしもうてなあ。寝たきりなんじゃよ」

「ええっ、いつから」
「もう2月にはなるかいな」

「医者には?」
「3日に一度は来てくれるが、あんなものでは治らんて」


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 18/23



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「ご飯や洗濯は?」
「みんながやってくれるのでな。助かるよ。
 畜生でも、日頃から子供のように可愛がって
 世話してやっていると、恩返ししてくれるんじゃのう。
 ありがたいことじゃ」


 おイトばぁさんは、手は動くので、メモを書けば、
 犬の猫助が使い走りをするらしい。
 下の世話は、豚のデン子にまかせている。
 炊事は、猿の花子が受け持っているという。

 息子も、近所の知らせで東京から帰ってきて、
 病院に入ることを勧めたのだが、
 ガンとして拒否してやった。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 19/23




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病院などに入ると、余計に悪化しそうな気がする。
何人もの知り合いを見て、そう感じたらしい。
養老院の世話にもなりたくはない。

ここで、じっくりと病と戦いながら暮らしてみせる。
他人の手を煩わせたくはない。
私自身も、人の世話など御免を蒙る、
お相子でいいじゃないかと呟くように言った。



私は、それを聞いて、心の中で拍手を送った。
といって、私に出来ることと言えば、それぐらいである。
毎週訪ねてやりたいが、往復6時間も掛かるので、そうもいかない。
というより、それが義務化するなると、
これは私の重荷にもなる。
そういう真似は到底出来かねる。
2~3度ならまだしも、
常時となるとハタと考え込んでしまう。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 20/23




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私の奥底には、どうしようもないほど、
冷たい血が流れているのだろうか。

しかし、おイトばぁさんは他人の、
いや自分の息子の手さえ借りようとはしないのだ。
私が、そういうことをするなど望んでもいないだろう。
逆に、そんなことされると、
ばぁさんは余計に気を悪くするであろう。

そういう事を望むなら、とっくに病院に入るか、
近所の世話になっているはずである。

ペットには、迷惑をかけるが、
どうせ彼らは他に取り柄もないのだ。


つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん   2 1/23



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単に人間の慰みものとなって、
ノホホンと寿命を尽きるよりも、
おイトばぁさんの役に立って感謝されながら、
生きる方が素晴らしいに違いない。

畜生といえども、心はある。
感謝の心で、日々接するばぁさんの気持ちが
伝わらないわけは無いのだ。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 22/23



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私は、ばぁさんの中に人間の強さを見た。
何の変哲も無い山の中に埋もれた
一人の朽ち女に過ぎないが、
彼女の姿勢は現代に生きる人類の求めるべき姿勢でもあった。

と同時に畜生と呼ばれているモノとの限りない共存、
といっても、彼らが人間の意向を無視しては、
この地球では、生き延びることは出来ないのだ。

その畜生に与えられた生きがいというようなモノを
垣間見たように思った。

つづく


あ@仮想はてな物語 朽の柿村のおイトばぁさん 23/23




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もし、万一、ばぁさんが死んだりすれば、
後はどうなるのだろうという気がしないでもない。

けれども、おイトばぁさんは生きているのだ。
生き続けてゆくのだ。
根性を貫いて生きていれば、
また歩けるようになるかもしれない。
治るかもしれない。
いや、あの心がまえなら、
必ずや歩けるようにはなるだろう。



ずっと先の話になるのだが、
この世に、神や仏が居るものなら、
せめての慈悲として、
4者の寿命を同時に尽きさせてやって欲しいという、
願っても叶えられそうにもない願いを抱いて、
暗い夜道に、バイクを踏み入れた。




                             
   おわり


あ@仮想はてな物語(逸話) MBGのおウタばあさん あらすじ  0/32

2019-02-05 08:17:39 | 仮想はてな物語 
     
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  あらすじ

 流安人。
 平成の中年の会社員の一人である。
 優しい妻の名前は、あゆかという。
 二人の間には3人の子供がいる。
 その流家に安人の親友・ちうの紹介状を持って、
 ひとりのずうずうしい老婆が訪ねてきた。

 
 ちうは、パチンコ行脚をしている、自由人である。
 そのバァさんも、何やらいわくありげな、
 生活を送っているらしい。


 名は、流山ウタという。
 死んだ亭主の写真を胸に、
 日本中のお寺を無賃で泊りながら、
 名所・旧跡を訪ね、傍らでパチンコで、
 小遣い銭を稼ぎながら、渡り歩いているらしい。


 誰にも、束縛されず、
 人に迷惑をかける事もなく、
 小遣い銭に不自由することなく、
 元気に暮らせるのは、一つの理想的な生き方でもある。
 しかし、この事は、簡単のようで難しいことです。


 このウタばぁさんの生き方を通して、
 私の老後とは何かを、自問自答してみました。

                では、本文へ



つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 1/32
 
     
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* MBGのおウタばあさん(059)


   本文

 ある土曜日のことであった。
 一人のいわくありげな老婆が、流家を訪れた。
 流家の一応の主人は、休人である。
 しかし、結婚以来、
 主人が、どうのこうのという生活には、ほど遠い生活を送っている。

 休人、40数才。
 都心のO市に勤める会社員である。
 妻の名は、あゆか。
 少しばかり、中年太りしているが、
 昔の可愛い面影を、
 うっすらと残している、流家のリーダーでもある。

 家族は、その他に、
 高校生の長女のマイカ、
 同じく二つ下の長男の休太郎、
 小学生の次男・休次郎、
 それに、飼い犬の駄犬コロである。


 「ごめんくださいませ」

つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 2/32
 
     
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 時間は、朝の10時前であった。
 私は、妻のあゆかとスーパーに、買い出しにゆく準備をしていた。
 けれども、あゆかの準備は時間が掛かる。
 安物の化粧品を塗りたくって、
 シミやたるんだ膚を隠すためと、
 スカートやガードルをはく時に、
 四苦八苦している事も、原因の一つとなっているのだろう。


 ちゃんと、自分の身体に合ったものを求めればいいものを、
 子供の買物はしても、自分のモノを買うほど気が回らないのか、
 あるいは、自分は、まだまだスマートだとでも、思っているのだろうか。
 その事は聞いてないので、よくは知らない。

 私は、玄関口近くで、
 あゆかの身仕度が整うのを待っていたので、ドアをあけた。



つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 3/32
 
     
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「何か?」
「あなた、ながれ・やすとさん?」

「はあ」
 小柄で、愛敬あるシワ顔が覗いた。

「わたし、流山ウタと申します。
 実は、お友達のちうさんから紹介いただきまして。
 これ紹介状。
 同じ流がつくもの同士、仲良くしよね」

 ナ、何じゃ、このばばぁ。
 顔のシワに負けないくらい、
 シワシワになった紙切れを、ぶっきらぼうに突きつけてきた。

つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 4/32
 
     
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  ドン作、すまん。
 ウタさんが寄れば、面倒みてやってくれ。
 頼む。
 あゆか殿に、よしなに。
                            ち う


 ちうは、私の高校時代からの親友である。
 彼は、高校3年の時、学校を止めて以来、
 ずっと全国のMBGランド(=パチンコ店)を渡り歩いて、
 気ままな生活を送っている。


 MBGとは、ちうの造語でパチンコのことである。
 何でも、ミニ・ミラクル・ボール・ゲームの頭文字を取ったものらしい。
 正しくは、MMBGと呼べばいいのだが、
 MMと重なると、発音にしにくいので、3語に縮めたらしい。

つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 5/32
 
     
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 夏場は涼しい地方、冬には暖かい地方へと出かけて、
 日を送っているようだ。
 もちろん、今だに独身である。

 彼は、現代の求道者とでも呼ぶ方が、適当なのだろうが、
 私とは、生き方において、かなりの隔たりがある。

 ちうは、私のことをドン作と呼ぶ。
 私は、元来、不器用なものだから、
 こういうアダナがついてしまった。
 しかし、実体を表わしているので、別に気になりはしない。



つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 6/32
 
     
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「そういうわけで、しばらくおかしてな」

 風呂敷つづみを持った小柄なバァさんが、
 つかつかと入り込んできた。
 私は、あゆかに告げてもいないし、承諾した覚えもない。
 けれども、何も言う間がないのだ。

「よっこいしょ」と言いながら、
 ウタばぁさんは応接間に座りこんだ。
 私も、つい後をついていってしまった。

 あゆかが、支度が出来たのか、
 私を呼んでいる。
 小走りで、あゆかの元に走った。


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 7/32
 
     
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「あのね、ちうのヤツ、へんなババァ寄越しやがった」
「何のことよ」

「これ」と、
「ちうの紹介状」を、おそるおそる差し出す。

「いつ来るの?」
 眉がキリッと上がった。

「もう、来てるよ」
「来てるって!!!」


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 8/32
 
     
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 わっ、恐。
「どこなの」
「応接間」

 あゆかは、応接間を覗きにゆく。
 私は、子犬の初めての散歩のような、
 気持でついていった。

「これは、これは、あゆかさんでございますか?」
「あのー、どちらさまでしたか」

「ちうさんの友達でな、流山ウタと申します。
 月曜まで、2~3日、ご厄介かけますでな。
 よろしくお願い申します」

 畳にペタッと頭をつけて、
 両手を上にあげ、合わせ手をしている。

「そんな! どうぞお顔を上げて下さい」


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 9/32
 
     
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 こうなれば、OKである。
 このばばぁ、私には、
 あんな素振り少しも見せなかったのに、
 あゆかにはオベッカ使いやがって!
 ちうのヤツめ、家庭の内情、すべてバラしたのだな。

「お出掛けのご様子で?」
「ええ、買物に」

「やすとさん、水をいっぱい、めぐんでもらえんでしょうか。
 それ飲んだら、私も、早速出掛けるところがありますので。
 帰りは、8時ぐらいと思いますんじゃが。
 今夜の食事は、要りませんぞな」


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 10/32
 
     
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 この人使いの荒い、礼儀知らずのばばぁめと思うのだが、
 なぜか憎めないような、人なつっこさを持っている。
 私は、コップに水を汲んで持っていった。
 水を飲むと、ウタばばぁは、さっさと出ていった。

 何歳ぐらいだろうか。
 歳のわりには、姿勢がよさそうだ。

「ちうさんも、ちうさんよねぇ」
 あゆかが運転席から話かけてくる。
 私は、助手席でふんぞり返っている。
 彼女は、ほとんど毎日運転しているので、
 下手な運転をする私よりは、よっぽど安全である。


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 11/32
 
     
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 といわけで、私は、ほとんど車を運転したことがない。
 必要がないから、ハンドルから遠ざかる。
 そのため、ますます運転する感覚を忘れてしまう。
 先程、助手席でふんぞり返っていると書いたが、
 これは職業病のためである。

 いつも座りっぱなしの仕事なので、ZI主のせいである。
 少し、深めに座れば、ポイントがはずれる。
 はずれれば、少なくとも悪化はしないと感じるから、
 そういう姿勢を取ることにしている。

つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 12/32
 
     
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「本当に、数日なんでしょうねぇ」
「知らないよ、そんなこと」


「いつもアナタはそうなんだから。
 私の身にもなってよ。
 ご飯の心配はしなくてはならないし、
 気を使わなくてはならないのよ。
 アナタは、会社へ行くだけが、生活だと思っているのね。
 どんな話をしていいのかも分からないし」


「そんなこと言われても。ちうのヤツに怒ってくれよ」
「何よ! 卑怯よ! 
 それに、ちうさん、いま何処にいるのか、分からないでしょ。
 親友というのなら、親友らしくしたら、どう!
 私にとっては、二人とも、おんなじ罪よ。
 種を蒔いたのは、あなたたちでしょ」

つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 13/32
 
     
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 返す言の葉が見当らない。
 ちうには、無理を頼むこともあるし、仕方ないか。

 それにしても、
 一言ぐらい、声を掛けておいてくれれば、
 こちらも心の準備をして、
 あゆかを、それとなく懐柔しておいたのに。

 気のきかない奴め。
 家庭を持ってないから、そんな気配りも出来ないのだ。
 それにしても、ちうの生活、反面うらやましくもある。


 私たちが、食事を終え、思い思いにくつろいでいるところへ、
 ウタばぁさんが帰ってきた。
 お土産を、どっさり抱えてのご帰還であった。


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 14/32
 
     
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 休次郎には、ファミコンの、
 休太郎には、パソコンのゲームソフトである。

 あゆかにはお菓子類の詰め合せ、
 マイカにはブローチ、この私には煙草であった。

「みなさん、しばらくお世話になりますよ。よろしくね」

 子供たちは、キョトンとしていた。
 私もあゆかも、すっかりウタばぁさんの事を忘れていたのだ。
 あゆかが、簡単に子供たちに紹介をする。
 珍客に、子供たちは戸惑っていた。
 どう接していいか、分からないのだろう。

 男の子二人は、早速ゲームをするため消えさった。
 安サラリーマンといえども、テレビは、3台ほどある。
 1台は、かなりの値段だったが、
 残りは、2~3万円の店頭商品である。

つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 15/32 
     
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 ほんの30年ほど前の、
 テレビが出始めのころから考えると、
 何と贅沢な時代になっているのだろうかと、
 つくづくと空恐ろしくなってくる。

 けれども、それぞれの目的に応じて、
 使い分けるためには、必要でもあるようだ。
 順番を待って、兄弟で一つのものを、
 仲良く使うような時代ではないようだ。

 あゆかが、食事の後片付けをしているので、
 私がもっぱらウタさんの相手をした。


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 16/32
 
     
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 話を聞いていると、なかなかおもしろいバァさんであった。
 ちうと同じように、全国のMBGランドを巡っているようだ。
 ただし、彼女はお寺まいり、
 名所旧跡を訪ね歩く事も兼ねているという。

 しかし、熱心な仏教徒ではないらしい。
 お経は、「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」、
 俗に、「観音経」と呼ばれている、
 この経オンリーで、これ一つ覚えておけば、
 だいたいのお寺に通用するという。

 彼女は、そのお経を武器に、寺々を無賃で渡り泊って、
 MBG行脚をしているという。
 さすがは、ちうの友達になるはずである。



つづく


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 ウタばぁさんの亭主は、定年後、数年も経たずして、
 夢を果たすことなく無くなったそうである。
 この亭主の夢というのが、
 夫婦して、全国を旅行するということだったらしい。

 そのため、彼の写真をロケット・ペンダントに入れ、
 一緒に旅をしているつもりだとも言っていた。
 金は、ほとんど使わず、逆にMBGのプロとして、
 せっせと小銭を貯めているようだ。


 午前中、MBGランドの早朝サービス台で、
 数千円も稼げば、貯金まで出来るとも言った。
 朝は、寺のご飯をよばれ、夜は夜で宿屋代、飯代はタダである。
 お賽銭を500円ばかりはずめば、昼飯や飲み物・タバコ代など、
 そう金は要らないという。

つづく


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 ランドを昼すぎに出て、食事をし、午後からお寺や名所を回り、
 夕刻にその夜、厄介になる寺を捜すようだ。
 3軒に1軒ぐらい断られるそうであるが、
 だいたいが、親切な住職が多いとも言っていた。


 私は、感心しながら聞いていた。
 ウタばぁさんの後をついて、一緒に歩きたくもなった。
 しかし、病気や怪我をした時どうするのだろうか。

「おばぁちゃん、怪我をしたらどうするの?」
「私の歳になれば、医療費は安いんじゃ」


つづく


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「じゃ、病気になって長く寝込んだら?」
「そのために、貯金よ。貯金。頼れるものは、金のみじゃ」


「家族は?」
「息子がひとり居るが、ありゃ嫁にくれてやったのよ」


「ボケたら?」
「治るボケだったら、治りもしたいが、
 治らないものならば、死んだものと変わりないだろが。
 死んだ後のこと、とやかく言って何になる?」

つづく


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「そうとも考えられるのか・・・ では、養老院に入る気はないの?」
「亭主の夢を、何回でも叶えてやるんじゃ。
 この足腰が立たんようになるまでな。
 1回ぐらい回ったのでは、この日の本の国、分かりはせんぞ。
 それにな、名所と言っても、似合う季節、
 相応しい天気や時間帯など、幅が広い。
 何回、回っても、そうそう会えんのよ、
 感動するような風景にはな。

 5年でやっと一回りできるだろうかね。
 狭いようで、奥は深い、この蜻蛉の島は。
 それにな、MBGランドと言っても、
 全国では、15,000店は、軽く超えているんじゃ。
 新台も次々開発されてくる。その攻略法も学ばねばならん。
 その土地土地の人の話も、聞かにゃならん。
 名所の下調べもある。
 養老院のことなど、考えとる暇などないわ」

 私は、ますます以て、おウタばぁさんの生き方に興味を抱いた。

つづく


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「あゆかさん、明日の朝は卵の厚焼き、
 5cmにも、しなくっていいからね。
 それとミソ汁と、海苔の一枚もあれば、このババ十分じゃ」
「ええっ、5cm?!」

 あゆかの素っ頓狂な声が、あたりに響き渡った。
 それに、わが家の朝食はパン食である。
 特に日曜の朝は、サンドイッチと決まっている。
 みんなの楽しみの一つとなってもいるのだ。
 あゆかの心の中に、
 ちょろりと、怒りの炎が、燃え上がったのを感じた。

つづく


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「朝は、ミソ汁に限るわよね。
 卵焼きには、目が無いのよ。
 無理言ってごめんなさいね。
 最近、厚い卵焼き口にしたことないのよ。
 あゆかさんの卵焼きすばらしいんだってね。
 ちうさんから聞いたのよ」
「あら、そんな」

 あゆかの心の炎が、またたく間に見えなくなった。
 それにしても、誉められているのか、
 けなされているのか分からないのに・・・


つづく


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 これは、ちうがあゆかに言ったのなら、
 おそらく誉めているのだろう。

 ちうはお世辞を言わないタイプの人間だ。
 感じたままを口に出す。
 しかし、だ。
 他の者が言ったのなら、
 これは、明らかにあゆかを揶揄しているのだ。

 一方では、卵焼きしか上手に作れない、
 主婦を意味しかねないからだ。
 あゆかは、そう料理が得意ではない。


つづく


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 結婚してかなり経つが、
 私の舌は、母の料理に、今だに支配されている。
 これは、あゆかの料理の上手下手に関係なく、
 私の性格も、手伝っているのだろうと思う。
 その性格が遺伝するものなら、
 おそらく、あゆかの子供たちも、そう感じるだろう。

 そういう人間にとって、
 母の作り出す味の力は、途方もなく大きいのだ。
 果たして、この事をどのくらいの主婦が、
 自覚しているのだろうか。

 次の朝、ウタばぁさんは、
 所望の厚焼き卵を食べて、ご機嫌だった。
 後から聞いたことなのだが、
 あゆかは、物差しで、ぴったりと計ったそうだ。


つづく


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 私は、別に予定もなかったので、
 彼女と一緒にMBGランドについていった。

 彼女の様子を見てやろうと思ったからである。
 だいたいのMBGランドは、朝の10時に開店する。
 その10時前には、いい台を取ろうと、常連客が列を作るらしい。
 私は、あまり足を運ばないので、よくは知らなかった。

「息子が、この近くに住んでいてね。
 亭主が無くなったので、最近、こちらに来たの。
 家も狭くてね、気詰まりだから、
 パチンコでもしようと思ってやってきたの。
 この店はじめてなの。教えてくれる」


つづく


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 MBGのプロのような、
 中年の男をつかまえて、話かけている。
 私は、他人のような顔をして話に耳を澄ましていた。

 この店で、よく出る台は?
 その台、昨日はどうだった?
 玉はどのくらい出すの?

 あまりよく知らないような振りをしながら、
 ポイント・ポイントを押さえて、質問しているようだ。
 私も、ちうに会えば、
 彼からよく聞かされているので、違和感は感じない。
 ただ実践はほとんどしない。
 短期なので、あんな時間が掛かるものには、
 あまり興味が無いのだ。


つづく


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 そのうち、ドアが開いて、人がなだれこんでいった。
 私は、その流れに乗れなくて、ゆっくりと入っていった。
 さすがは、ウタばぁさん、さきほど聞いていた、
 入口近くの台に、ちょこんと澄まして座っていた。

 あの人がきを、どうやって潜りこんだのだろう。
 私は、奥の方の空いている台に座った。
 彼女が、よく見える位置であれば、どこでもいいのだが、
 入口に近いところの密度は高かった。

 ランドの営業上、客が入って、
 目につきやすい所の台の出玉は、多いそうである。
 客は、入るかどうか、入口近くの出玉の様子を見て、
 決めるからだとも言われている。

 モノの10分と経たないうちに、
 ウタばぁさんの台が、大当たりになった。
 もちろん、1番最初ではなかったが、
 5番以内には入っていたのだろう。


つづく


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 店員が、次から次へと、
 大当たりになった台の番数をがなりたてて、
 景気づけを行なう。

 大当たりになる台は、座って1分とは掛からない。
 こういう台を早朝サービス台という。
 店も、そのまま止められたら、損をするのだろうが、
 それで止める者は、ほとんど居ないようだ。
 そのまま打ち続けていると、いくらも勝てるような幻想を抱くのだろう。

 見ていると、ウタばぁさんの台はダブったようである。
 大当たりが連続したのである。
 たぶん使った金は、1,000円も越えていないだろう。
 連続当たりになれば、5,000円は軽く勝っているはずである。
 彼女は、大当たり後、ほとんど打たない。


つづく


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 店により、大当たりごとに玉を交換させる店、
 ある数字の並びによって、そのままプレイを続行してよい店、
 無制限に打たせる店など、都道府県によって、
 まちまちの打たせ方をさせるようである。

 その店は、ある特定のマークが出れば、
 続けて遊んでよいようである。
 おそらく彼女の台は、続行可のマークだったのだろう。
 しかし、彼女はタバコを吸ったり、ジュースを飲んだりして、
 あまり玉を弾かない。
 1時間ほど経ち、私も、3,000円ほど負けていた。
 そんな時、彼女が帰ろうと合図を送ってきた。


つづく


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 景品交換所で、景品を現金に替えた。
 ウタばぁさんは、七千数百円勝ったようである。
「安人さん、いくら負けたんじゃ?」
「3,000円ばかり」

「じゃ、これ」 と言って、
 交換したばかりのお札を三枚、私にくれようとした。

「いいですよ。私が負けたのですから。
 しかし、なぜ大当たりの後、玉をはじかなかったのですか?」
「あれは、早朝サービス台じゃよ。
 あれ以上打てば、玉は減るばかり。
 全部無くなって玉を買わなければならん」

「では、何であんなに長くいたのですか」
「長いって? あんたが居たから、早く出たつもりだよ。
 一人なら、せめて昼まではいる」


つづく


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「どうして?」
「それが、私の店へのお返しなのじゃ。
 いつも勝たしてもらうばかりでは悪かろうが。
 あれは、店の宣伝にもなる。
 勝って、すぐ、はいさよならでは、
 一期一会の言葉にも違反することになる。

 台の奴かて、次来るときは、
 もう無くなっているはず。
 それにその店も、このババもどうなるか分からん。
 そう思うと、1、2時間ぐらい、何ともないよ」


つづく


あ@仮想はてな物語 MBGのおウタばあさん 32/32
 
     
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 その後、近くのお寺を案内した。
 さすがに、観音経は飯のタネだけある。
 私は、全然知らないので、よくは分からないのだが、
 彼女の唱えるお経はよどみなく、
 静寂とした堂内に、しっくりと食い入っていた。


 次の日、月曜の朝は、早出だった。
 あゆかにも告げるのを忘れていたぐらいだったので、
 ウタばぁさんとは、とうとう会わずじまいになってしまった。

 会社から帰ると、あゆかが、
 5万円の包みが、部屋の片隅に於いてあったと言った。

 「厚焼きのうまかったこと!」と、添え書きつきで。


                      
   おわり



あ@仮想はてな物語(逸話) 大江山の怪 1/16

2019-02-05 08:11:29 | 仮想はてな物語 

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* 大江山の怪(058) 


 サタディ・ストローラー。

 土曜オンリー・漂泊者とでも訳せばよいのであろうか?


 平凡な会社員の私の趣味の一つに、バイク・ツーリングがある。週休2日制の恩恵をたっぷりと受けて、土曜日に1日だけ、バイクで漂泊するのが習慣となってしまった。


 愛妻のあゆかからは、
「40も過ぎて、いい歳こいたごきぶりオッさんが、バイクなどに乗り回して」と少しばかり、つり上がった目尻で応対されるのだが、一向に気にはしない。


つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 2/16



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 私にとって、バイク跨がりは行のようなものである。バイクに乗れば、一瞬たりとも気が抜けない。ましてや、怪我などはしていられない。バイクにまたがりかねている短い脚の脛齧りをする子供が3人もいるのである。けれども、誰かさんのように蹴り飛ばしたりするような勇気は持ち合わせてはいない。


 そういうプレッシャーを自分に課してバイク乗りをすると、心は、ぱりぱりに張り詰める。それでも、乗り始めて、交通事故の多発するという魔の時間帯の1時間もすぎれば、私自身がバイクに同化してしまう。私自身がバイクに変身してしまうと言えば、より近いのであろう。そうなれば、自然を満喫できるようになる。これがたまらないのだ。心の中が洗われて、真っ白になったような気分になれるし、一週間分のドス黒い火山灰を被ったような心を風に晒して浄めてやることもできる。


 その日も、例にもれず、あゆかの眼前でストローラーに変身してやった。あゆかの苦笑を背中で感じる。黒い革ジャン、黒ズボン、黒ヘルメットで身を固めれば、拡大ごきぶりそのものとなる。

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 3/16



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 朝、あゆかの見送りを受けて、家を出れば、風の呼ぶまま、気のむくまま、どこにでも出かけてゆく。それでも、一応は自己規制しているのだ。片道移動距離は、350km以内、必ずその日の内に帰る。絶対事故は起こさない。そういう大原則の下に、行動する。
 しかし、しかしである。



 どこで振り返ってみても、青い青い一本の糸が、私の背中あたりからあゆかの手へと、延びているのが見えてしまう。そして、また、それは、わが家の玄関口前の道路へつながっているのである。どんなに遠く離れようとも、どんなにくねり逃げようとも、玄関までは一本の線で結ばれている。



 その日、家を出て、しばらく走っていると、丹後半島が呼んでいるような気がした。丹後半島までは、300km足らず。時速80kmで走って、4時間とは掛からない。8時すぎに、奈良県S市の自宅を出たので昼前には到着できるように思った。

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 4/16



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 丹後半島は、初めてだったので、あちらこちらで寄り道をした。久美浜湾、琴引浜の鳴き砂、経ケ岬、伊根町、天の橋立と景観のオンパレードだったので、思わぬ時間が掛かってしまった。時計回りに一周を終えた頃には、夏の終わりといえ、あたりは薄暗かった。

 

腕時計は、持たない主義なので、時間は分からない。時計をしていると、己の時間感覚が鈍るような気がするので、時計には頼らない。おそらく、7時は軽くすぎていたであろう。
 国道176号線から福知山に入る予定であった。夜風が、少し膚寒い。大江山のあたりにさしかかった時には、車の通りは、ほとんど途絶えていた。霧がうっすらとかかり、背中がぞくぞくとする。正面だけ見据えて、道路の中央の白線を追った。私は、鳥目気味で、近眼でもあるから、夜道は特に注意して走ることにしている。



 その時である。

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 5/16



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 2m近くはあると思われる大男が、道路の前方に突然現われたのだ。彼は、両手を上げて、私を制止した。私は、急ブレーキを掛けた。少しスリップして、転倒しそうだった。心臓がどきどきと波打つ。



ヘッドライトに浮かびあがった男の顔を見なおしてみて、落ち着きかけた心臓が、またもやガクッガクッとなり、背筋には氷水が雪崩落ちた。ヒゲもじゃらの顔に、ほおづきのような目がランランと光っており、全身は黒い毛におおわれていた。が、赤いパンツの1ポイント・マークを目にした時、少しだけ安心感を覚えた。



「おい、オッさん、ちょっと付き合えや」

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 6/16



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 私の愛称を知っていると思ったので、安心が倍加した。私は、オッさんと呼ばれるとホッとするタイプであることも手伝っているのだろう。


「何か、用でも」
「そうだ。用事があるから、呼び止めたのだ。サヤカ殿から降りて、ついてこいや」


 わっ、サヤカの名前まで知っている。こいつは、いったい何物なのだ。


 サヤカとは、私の愛バイクの名前である。不可思議な能力を持つバイクのサヤカには、いろいろな友がいる。こいつもサヤカの友達なのだろうか。いや、友達であれば、サヤカが教えてくれているはずである。サヤカは、私を驚かせるような質の悪い悪戯はしない主義の人だ。

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 7/16



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「あの、もう遅いので、早く家に帰りたいのですが・・・」
「ふらふら、ふらつきおって、あと1~2時間ぐらい、どうってことあるまい。つきあいの悪い奴よのう」


 私は、彼にエリすじを捕まれて、引きずり降ろされてしまった。扱いは乱暴だったが、丁重な感じも受けた。私は、仕方がないので、サヤカを脇道に寄せ、とぼとぼと彼についていった。霧がかかった露道は、長く感じられたが、そう長い時間歩いたわけではない。しばらく行くと、ほこらがあり、黒鬼はその中に私を招いた。


「濁酒を飲む時は酔い泣きするに限る。でもな、オッさんよ。一人でボヤいてもつまらんのよ。まあ、一杯いけや」
「私は、運転がありますので」


「一杯ぐらいいいだろ。これ、そう強くはないぞ」
「私は、それに下戸でもありまして」


「ナンダ、猿か」


つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 8/16




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 あんたに、猿呼ばわりされる筋合いはない。飲めないものは飲めないんだ。それに、どちらが猿なんだ。酒飲んで、顔赤らめて、泣いていれば、猿顔そっくりではないか!


 それにしても、奴は万葉集のファンかいなあ。


「じゃ、ひと口でも飲め」


 それほどまでに勧められたので、一口だけ含んでみた。カライッ。何がうまいんだ、こんなものと思ったが、
「ふん、いいお味ですねえ」


 もう、恐くはなかったが、お世辞を言った。お世辞も人づきあいの潤滑油となるのなら言わねばなるまい。こんなもの、いくらでも吐き出してやる。それが会社員の生活の知恵と言うものだ。ふと、奴のすすり泣く声が聞こえ始めた。


「オッさんよう、まあ聞いてくれ。何が悲しいと言っても、誤解されるほど苦しいものはない。ワシはな、黒鬼のブラック・ゼンゴという大江山に住むモンじゃが、人間社会からは、つまはじきばかりされとるんじゃ。こう見えても、ワシは、根っからの悪人ではないぞ。悪いのは、白鬼の奴なんじゃ」



つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 9/16



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 私は、彼に少しばかり興味を抱いた。


「白鬼って?」
「よくぞ、聞いてくれた。白鬼というのはな、あんたら普通の人間の心の中に住みついている鬼なんじゃ。これが、また悪い奴でな。己の存在をぜんぜん普通の人間には感じさせないのよ。そのためにな、奴のためにな、オレはいつも大悪人に仕立てあげられるのよ。


もともとは、黒鬼と白鬼とは、対の原理で作られたものにすぎないんだ。正義とか不正義とかは、永遠のものではない。時代が選択するようになっとる。それをワシばかり悪人扱いしやがって」
「えっ、それ本当ですか? では、私にも?」


「どれどれ。うーん。見当らないなあ。おそらく、サヤカ殿の魔力が効いているのだろう。何しろ白鬼の見当らない者など皆無じゃからのう」


 そうか。バイクに乗れば、さわやかな気分になれるのは、サヤカが力を貸してくれていたのかと一人納得した。それと、彼に呼び止められた理由も何となく分かったような気がした。


つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 10/16


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「その白鬼に気づいた人間は、この日の本の国には、ショートク太子と芥川の龍先生しかおらんのよ。というてもな、ワシ、交際範囲が狭いので、人の名などあまり知らんのじゃが・・・」
「なぜ、その二人が・・・」


「お前、世間は虚仮という言葉しっとるか?」
「いえ。でも、このごろは、どんな山道の道路も良くなっていますよ」


 私は、道が悪くて、つまづいてこけるのかと思ったのだ。


「ちっ、何にも分かっちゃねえ。あのなあ、これ太子はんの言ったことなの。世の中をはかなんでな、言ったらしいよ。世の中と言っても、馬の黒駒や斑鳩の因可(よか)の池の片目蛙がどうかしたということではない。



世の中の実体は人間、人の集まりだろ。その人々に白鬼が取りついているのよ。虚仮と感じさせるのは、白鬼の仕業なのよ。龍先生もなエゴイズムを抑えて生きろと訴えていただろ。エゴというのも、ヤツのなせるワザなのよ」
「そうなの? 初めて聞いた」

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 11/16



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「こりゃ、オッさん、バイクばかりに乗っとらないで、本の一冊も読めよ。人生の指針は書物にあり、と言うではないか。ガソリン浪費して、空気汚しやがって!


聞くところによると、単行本が5万冊も売れないというじゃないか。そのくせ、100万は軽く越える車の人気車種は、年に何十万台も売れとるというのに。どうなっとんじゃ、え、おまはんらの世界!」


「えっ、そんなに売れなくて、そんなに売れているんですか?」

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 12/16



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 バイクに乗ることは、はぐらかしてやった。確かに、彼の言うことはごもっともだ。しかし、私一人がどうかしたところで、環境が良くなるわけでもない。一人ひとりが、そう思っているのだから、余計に質が悪い。何しろ、みんなの小さな寄せ集めが、巨大な怪獣を作り出しているのだから・・・


 一人で、そんなことを突き詰めて考え、実践していると、常世の国にでも移住しなければならなくなるだろう。


「そうらしいぞ。嘆かわしいことよのう」


 また、泣いている。オニのくせに、人の世界の心配までするな。こいつ、何でもダシにして、泣く口実を作っているんだろうなあ。


「白鬼って、どんな悪いことするんですか?」

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 13/16



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 話題をまた白鬼に戻して、気分を変えてやった。ブラック・ゼンゴは、あぐらをかいたような鼻をすすり上げながら、
「己が宿っている者を、すべて正しいと思いこませる。ものごとは、己には及ばないと思わせる。これは、自分だけは例外扱いすることじゃ。また、自分さえよければ、他はどうなってもいいと思う・・・ 数えあげたら、キリがない」
「ええっ、それ全部白鬼の所為だったの」



「そうさ、奴のせいさ。激しい恋愛をしたりな、子供が生まれて小さい間とかな、己を忘れている者には、負ける時もあるそうだか、それ以外は絶対的な力を持っているのだ。それをまた人間に感じさせないものだから、始末におえんのよ。どうしようもない。ワシは無力じゃ」



 ワォーォン。濁酒をあおりながら、一層大きく泣きじゃくった。

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 14/16



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 見れたものではない。その上、こいつの言っていること、どこまで信じられるのか、分かったものではない。


「私には、あまり信じられませんが・・・」


「そう! それが、奴の手なんじゃ。白鬼ほど残酷な奴はおらんぞ」
「でも、お言葉を返すようですが、普通の人間が、そんな悪い鬼の言う通りになっていたら、人間の社会など、1週間もすれば滅びてしまうと思うのですけれど・・・」


「オッさんも、頭悪いなあ」

ほっといて! 余計なこと言われんでも、自覚してます!


「白鬼の奴は、宿るものが無くては生きてゆけんのよ。だから、生き方が巧みなのよ。ぎりぎりの限界線をよく心得ているのじゃ。誰でもいい、普通の人間に独裁権力与えてみろいっぺんに正体現すわ。他人の制約が無くなれば、白鬼のヤツ、何をしでかすか分からんぞ!

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 15/16



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 そんなもんだからワシら黒鬼ばかりに辛くあたりよる。鶏が血の出た仲間を寄ってたかって苛めているのを見たことあるじゃろが!
 あれと同じことをしているんじゃ。それで、ストレス解消しながら、白鬼同士は、適当にやってるのよ」
「あの、ところで、バイク乗りの件、提案があるのですが・・・」



「何じゃ、言ってみろ」
「あなたに、バイク替りしていただければ、空気も汚れないと思うのですが。ガソリン代は、お払いしますが」



「オッさん、バカも休み休み言え。何でワシが、お前の足にならんといかん。奈良くんだりに、休みごとに行けるか。これでも、忙しいんじゃ。まあ、半年に1回ぐらいなら、付き合ってやってもいいが。その時は、大神神社にお供えするような澄まし酒、たっぷりと飲ませてくれよな」

つづく



あ@仮想はてな物語 大江山の怪 16/16

      
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<ドン作雑文集より>



 せっかく思いついた環境に優しい交通手段を発見したのに、体よく断られてしまった。この分では、当分、さやかの厄介にならなくてはなるまい。



 それから、小1時間ばかり、黒鬼に付きあわされてしまった。彼と別れてから家に帰りつくまで、ずっと彼の言った言葉を反芻していた。


{そうだったのか。そんなわけだったのか}

 しかし、ブラック・ゼンゴに指摘されてみて、同意は出来ても、白鬼の存在は自覚出来なかった。




もし、彼の言うことが本当で、白鬼が人間の心の中に巣食っているとするのなら、他の人が鬼に見えるような者こそ、正真正銘のオニ化人間ではないのか!  とも思った。




                            
    おわり



 注・

 左記の作品から、少しずつ引用させてもらっております。
 松原新一著「さすらいびとの思想」(EIN BOOKS)
 渡瀬信之訳「マヌ法典」(中央公論社)
 森山隆・鶴久編「萬葉集」(桜楓社)
 井上光貞監訳「日本書紀・上」(中央公論社)
 「古事記・上代歌謡」(小学館)
 現代日本文学アルバム7「芥川龍之介」(学習研究社)
 梶原一明・徳大寺有恒著「自動車産業亡国論」(光文社)
 銭谷武平著「役行者ものがたり」(人文書院)
 矢野建彦「聖地への旅[大峰山]」(佼成出版社)
 田村圓澄著「聖徳太子」(中央公論社)
 梅原猛著「隠された十字架」(集英社)
 岡本精一著「南無仏」(大和仏教文化センター)

                        


あ@仮想はてな物語(逸話) 鹿路トンネル 1/9

2019-02-05 08:10:06 | 仮想はてな物語 

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 * 鹿路トンネル(057)


その日は、粉雪が舞っていた。私は、雪の日は、バイクに乗ることは避けている。道路が凍結してスリップを誘うからである。


しかし、そういう日でないと会えない景色も多い会えないとなると、無性に見にゆきたくなるのが、私の性分でもある。何事も経験できることはした方がいい、とも思っている。また、自分の眼で、雪に翻弄されているであろう山の木々たちの様子も確かめたかった。


私は、40を少しばかり越えた会社員である。バイクに乗り回すような年ではないのだろうが、わが愛バイク・Sサヤカの繰り広げてくれる、さわやか色のスペースの魅力には勝てないでいる。サヤカは、オンロード、オフロード兼用の250ccの黒い色をしたバイクである。元来、山の中が好きな私にとって、路無き道を走れる彼女の能力には感謝の手を合わせている。




つづく






あ@仮想はてな物語 鹿路トンネル 2/9


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下着を何枚も着込み、貼りつけ型の使い捨てカイロを腰のあたりに貼り、ラップを脚に巻きつけ、その上に革のジャンパー・ズボン、ロング・ブーツ、マフラーにマスク、皮手袋の完全装備で、身を固める。部屋の中は暖房でむんむんとしているので、玄関口でも、そんな格好で少し歩けば汗が湧き出てくる。


「こんな日に、何も」と言う、わが最愛の妻・Oさんの少しだけ険しい眉間に、引け目を感じながらも、外に飛び出す。


土曜日であった。シャッター雨戸を上げると、どんよりと重そうな雲が、天の香久山越しの吉野の峯々から、南大和の半空に拡がっていた。今にも雪が落ちてきそうな冷たさであった。


ぼんやりと電気ごたつに足を突っ込み、新聞などに眼を通していると、すぐに昼はやってくる。昼飯を食べ、テレビなどを見るともなしに眺め、ごろごろしていると、もう夕方だ。


つづく






あ@仮想はてな物語 鹿路トンネル 3/9
      

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私は、そんな生活が大嫌いである。少しも生きているというような実感が感じられない。たとえ、1秒たりといえども、己が納得できるように使いたいと思っている。会社に拘束される時間は、致仕方ないとしても、それ以外の己の時間は、有効に過ごしたいのである。身体は、ありがたいことに健康である。



「じっとしていられない性格なのね、もっと落ち着いたらどう」と、Oさんは、そんな私を評して、のたまってくれる。
「じっとしているのは、病気になったぐらいの時だ」と、軽く受け流しておく。これは、性格だ。じっとしているのと、動き回るのと、どう差があるのかと問われると、他人にはその差を伝えられない。



つづく








あ@仮想はてな物語 鹿路トンネル 4/9


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それは、超個人的な、私自身の心の中の問題であるからだ。少なくとも、家の中にじっと篭もり、大人しく過ごした後の私の心と、雪のちらつく山道を走った後の心の中をさらけ出してしまえれば、Oさんも、
「なるほど、後の方が白くなってるね」とうなづいてくれるだろう。サヤカのさわやかスペースに身を委ねることは、心の浄化にもなるのだ。これは、バイクに魅力を感じる人間にしか、わからない感性の世界である。



残念ながら、Oさんは、サヤカの持つ小宇宙を小馬鹿にしている。また、悲しいことながら、そういう感覚を与えるバイクの裏の世界が拡がるのも事実だ。



その悪霊は、暴走族という形をとって現われてきている。暴走族は好ましいとは言えたものではないが、実際、道路を走っていると普通車やトラックの交通道徳は、暴走族と50歩100歩のようなものであるのが実感だ。道路に出て、一走りするとそのことはよくわかる。8~9割方の者が交通違反を起こしている感じがする。



つづく









あ@仮想はてな物語 鹿路トンネル 5/9


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信号無視スピード違反、駐車、停車違反、無理な追越し、数えあげたら、きりがないのである。彼らには、暴走族うんぬんする資格はない。この国で車を運転する者が、道路の悪霊を怒らせ、育てあげているのだ。暴走族は、その悪霊の一つの顔にすぎないのである。ついこの間も、伊賀の山中の国道を制限速度いっぱいで走っていると、わずか1時間足らずの間に百数十台の車に追い越されてしまった。これは、立派なスピード違反である。



皆そんなに急いで何したいの! と、声の一つも掛けてみたかった。


サヤカのエンジンは、なかなか始動しなかった。1週間も放ったらかしにしていたのだから、機嫌を損ねるのは当たり前だろう。こちらの都合次第で、付き合っているのだから気紛れは、私の方だ。


つづく










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「ごめん、サヤカ」と、つぶやきたくなるころに、バリンと快音を発する。数分間、サヤカの心に暖かい風を送り込んでやる。サヤカも、吹きさらしで、シートを掛けられているとはいえ、心が冷えきってしまっているのだろう。けれども、ありがたいことに、サヤカは、それが当たり前のことだと認識しているから、人間のように根に持ったりはしない。実にあっさりしたものだ。数分間も走ってやれば、ご機嫌はすこぶる良くなってくる。


その頃になると、意地悪なことに、じんじんと、手先、足先が痛んでくる。メットのシールドの隙間から、顔を切るような冷たさが襲ってもくる。


身体が慣れるまでの30分ぐらいは、冬場の走りは厳しい。ただ合わせる、自然に同化する、これしかないのである。そうしていると、いつの間にか私も、仲間の一人として、奴等は受け入れてくれるのである 道路は、軽く湿った程度で、雪は積もってはいなかった。白い雪は、時おり思い出したように舞い下りてくる。カーブやシンカーやドロップ、変化球さながらの姿を見せながら、「オッさん、よう来たなあ」と歓迎してくれているようである。

 

雪ん子が カーブにシュートに シンカーに  

  ヘルメット打つ 冬の吉野路
                             ち ふ



つづく







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国道を折れて、山道に進んでいった。その道は、私の練習用のコースであった。細いくねった上り下りの山道が20kmばかり続いているのである。



この道を往復すると、山陰から紀伊半島までの山中の走りは、だいたいマスターできるのである。それほど変化に富んだコースでもあるのだ。鹿路トンネルは、その山道への結界門とも呼ぶべきトンネルである。100m足らずの長さであるが、明かりはついていない。入口には、氷がはりついていた。



「これは、ヤバイぞ」
咄嗟に、サヤカのスピードを弛めた。凍結は、大事故につながる。無理はしない、これは私の鉄則である。Oさんに言わせると、
「こんな雪の降る日に、バイクに乗るのが、そもそもの無茶」だと言うのだが、私は、もう少しだけ奥の方に無理の線を引いている。これも、見解の相違だ。道路が凍結していなければ、雪は雨よりも扱いやすいと思っている。雷の恐さに比べると、これはもう比較にならないほど、走りやすいのである。ただし、寒さに耐えれればの話なのだが・・・


つづく















あ@仮想はてな物語 鹿路トンネル 8/9


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10km前後のスピードで、暗いトンネルの中を進んでいった。ザッザッ、所々、凍結しているようである。気持は、半分引き返していた。遠くに、白い半円形の出口が見えていた。パクパクと口を開けて、私たちを呼んでいるようであった。


「行ってみようか、サヤカ」
スリップに細心の注意を払って、おそるおそる近寄っていった。腋の下には、冷や汗が流れていた。天井から、シールドに雫が落ちた時には、心臓が暴走しそうになった。だんだんと、出口は明るく大きくなってきているのだが、私には分からなかった。暗い足元に全神経を注ぎこんでいるのだから、無理もない。さいわいにして、スリップさせるような平面氷は存在してなかったのだ。これは、後からになってわかることである。数m先は、闇の世界なのである。これは、もう人生そのものの歩み走りであった。


つづく










あ@仮想はてな物語 鹿路トンネル 9/9


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そんな時である。
目の前が、真っ白になり、白銀の世界が、パーッと全面展開したのだ。すごーい。そこには、道も何も無かった。ただ、白い清浄な空間が、陽の光にさらされていたのである。冬といえども緑の葉を持つ木々に、また枯れた木に、雪は降り積もっていた。黒い何重にも重なった雲をかき分けて、太陽の光も差し込んでいるのである。キラリとシールドの水玉が光る。


 私は、サヤカに感謝しながら、白雪を心に埋めこんでいた。


                               
   おわり


あ@仮想はてな物語(逸話) 雪の洞川路 1/14

2019-02-05 08:08:52 | 仮想はてな物語 

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 * 雪の洞川路(056)


                             
私は、サウス大和に住んでいる、平凡な会社員である。
この地方には、冬場の3ヵ月、雪の降る日は7日もあるのだろうか。ともかく雪は奇しい存在である。大阪のベッドタウンの一つである、この地に住み始めてから日も浅いので、古い降雪の記録は知らない者である。また、サウス大和とは私が勝手に呼んでいる呼び名である。



土曜日、私は一日漂泊者に変身する。
自称、サタディ・ストローラ。



つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 2/14
      

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この変身は、私のストレス解消法ともなっている。黒いグラブ、黒いヘルメット、黒い革ジャン、黒い革スラックスに黒いロングブーツで身をかため、短い脚で、これまた黒いバイクにまたがり、風に流されるまま、気のむくままに、日帰りのうろつきを楽しんでいるのである。そんな姿が拡大・黒ごきぶりそっくりに見えるのだろうか。



妻の流あゆかからは、ゴキおっさんとからかわれ、子供たちは少し侮蔑の眼差しを送ってくれるのだが、私は一向にそんなことなど気にしない。バイクの繰り広げてくれる世界は、バイクに乗るものだけしか分からない異次元のスペースなのだ。けれども、子供を蹴飛ばし、あゆかをどついて、家を飛び出すような勇気など持ち合わせていない。



あゆかの主催するスペースは、結構快適で、私は流極楽スペースと名づけているくらい、ありがたいスペースなのである。しかし、極楽といえども、私のストレスを解消してくれるような便利なものは備えていないのだ。いや、こんなことは、あけっぴろげに言えないのだが、極楽スペースそのものが私のストレスを増大させる原因になっているのかもしれない。

つづく


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千葉から大阪に単身赴任してきて、煩わしい掃除・洗濯・炊事、味気ない一人暮らしに悩まされている友人が目にすれば、青筋立てて怒るような贅沢な悩みかもしれない。人間とは度しがたいもので、今の時代、何にでもストレスを感じるものなのだろう。

 その日は、粉雪がちらついていた。私は、貼りつけ型のカイロを背中と両太股に貼り、サヤカにまたがった。サヤカとは、私がバイクに与えてやった愛称である。



私は、大峰山の雪景色が見たくなった。数日前のテレビに映っていたのが印象的だったからである。

つづく


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大峰山は、日本でただ一ヶ所の女人禁制の霊峰である。あちらこちらの霊峰が、次から次へと女性を受け入れている中で、かたくなに女性を拒み続けている聖地でもある。残念ながら、この大峰山という特定の山はない。狭義には、山上ヵ岳のことを指しているという。



私の住んでいる所から、バイクでゆけば、2時間とはかからないところにある。洞川は、大峰山・山上ヵ岳の麓にある小じんまりとした集落である。夏は、山登りの人であふれるのだが、温泉やスキー場があり、冬場の客枯れを防いでいるようでもある。その洞川まで行けば大峰の雪景色が見られるのではないかと思ったのだ。



軽自動車のすれ違いさえ難しい吉野の勝手神社の横の小道を通り、黒滝村に入り、河分神社を右に折れ、小南峠から隧道を経て洞川に抜ける。私の一番好きなルートである。夏場は、よく走るのであるが、雪の季節は避けていた。道路が凍結していて、スリップする危険性があるからである。


つづく


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バイクにチェーンをまいたり、スノータイヤに変えて走るほど、私はバイク中毒症ではないし、必要性も感じていない。そんなわけなので、道路が凍結していれば、即、引き返すのを鉄則にしている。それでも、橋の上やトンネルの出入り口で、思わぬ凍結に苦しめられることも多い。万が一、凍結に遭うと、転倒してもいいように、スピードを極端に落として最徐行運転で抜け切ることにしている。



小南峠に入ると、予想していた通り、杉木立が小雪をかぶっていた。道の両側が白くなり、冷たい山の気は、感覚の乏しくなった顔の皮膚をさらに刺してきた。


暖かいぬるま湯のような流極楽ファミリーの家を一歩出ると、外はもう容赦の無い冷たい世界である。ヘルメットのシールドの隙間からは、押しピンのような風が頬を突き刺すし、2枚に重ねばきした靴下も防寒の役には立たない。

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 6/14



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手足の指の先は、10分も走れば、自分の手足ではないと思うほどに、感覚マヒを起こしてしまう。痛さを通り越しさえすれば、自然は私を受け付けてくれるのだ。ヤツらは、こんなオッさんの一人や二人、好きなようにしたらエエがなとでも思っているに違いないのだ。



身のピリリと引き締まる感覚、だらけきった生活の中で、伸びたい放題に伸び切った細胞が整列する感覚、私にはこれが堪らない喜びなのだ。そうなれば、私はサヤカと一体となり自然に同化してしまう。冬場のバイク乗りの醍醐味でもある。



バイクに乗っていれば、季節により天候により、さまざまなスペースが展開されるのだ。微妙な感覚の違いは口では表現できないようなものでもある。このあたりが、妻のあゆかには伝えられない世界なのだろう。これは乗ってみなければ分からない。

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 7/14
      



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人には添うてみよ、バイクには乗ってみよ、としか言いようがないのである。言いようのない世界をどんな言葉に置き変えてみても、所詮は言葉。書き連ねたところで、ダラダラと長くなるだけである。


峠を進んでゆくと、舗装のされてない道路は、湿りがちとなり、小雪の固まりが目につくようになってきた。道が黒いと安心である。これが凍結していると、白っぽく光ってくる。



私は、ヘルメットのシールドを上げ、前面に細心の注意を払いながら、徐行運転で進んでいった。凍結していれば、引き返すつもりである。吐く息が白くない。身体が冷えきってしまって、息の温度が高くないからなのだろう。

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 8/14
      




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グラブの手で、頬をさすってみたが、感触はなかった。対向車など一台もない。空はどんよりとしていて、風が無いのがせめてもの救いである。しかし、風が無くてもバイクは風を呼ぶものでもある。時おり、小雪が目の玉にぶつかってくるのが痛く感じられる。




 隧道まで、あと200mぐらいの所であった。


 ズバーーン!

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 9/14
    




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見事な雪道が連なっていた。車のわだちは見当らなかった。私は、一瞬ひるんだが、隧道を抜けると洞川までは、20分とはかからない。私は、峠の坂道をおそるおそる進んでいった。しかし、雪は浅かった。浅い雪の下は完璧なまでに凍結状態であった。私は、サヤカを止めた。ブーツがすべる。しかも、坂道である。私は、サヤカの手動ブレーキを引き締め小道の中央で立ち往生してしまった。左手は、岩コロが転がってくるような切り立った山だし、右下は崖である。道にガードレールも張られてはいない。



私は、途方にくれてしまった。時刻は午後の4時すぎであろう。私は、時計は持たない主義である。時計を持てば、どうしても時計に頼ってしまう。時計がなければ、時間を知るためにいろいろな感覚が養われてくるような気がするからである。といっても、電車の時間や正確な時刻などに対しては無力である。

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 10/14
      



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私の頭の中は、引き返すことに決まっていた。しかし、サヤカをUターンさせる術が分からなかった。サヤカは、約150kgもある。おいそれとは、かつげもしない。足元はつるつると滑る。動かないのが、一番安全なのだ。道幅は、2mにも満たないようだ。日がつるべ落としのごとく沈むように感じられた。実際、太陽はどんよりと曇った空の果てに隠れていて見えないのだが、真っ暗闇の世界が、あっという間に、やって来そうなような気がした。脇の下では、冷汗がぽとりぽとりと落ちていた。



ああ、どうしよう!
回らない頭が一つのことのみ考えているから、余計回らない。焦りばかりが、襲ってくる。
その時である。白い小道の数10m先に、ふと目が走った。


ゾゾーッ!


つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 11/14
      



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白い着物を着た女が立てっているではないか。私の目は、まばたきを忘れてしまっていた。白い顔に、長い黒い髪。しかも、裸足のようである。女は、私の視線に気づいたのか、ゆっくりゆっくりとこちらに近づいてくる。



私は、棒に括りつけられたようになった。女の一足、一足ごとに、背筋に震えがきた。足があるから、幽霊ではないのだろう。今どき、裸足で薄い白い着物を着て、この山道を何のためにと思うのだが、それは今なら言えることであって、心は恐怖のどん底をさ迷っていた。


 バリ、バリーン!

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 12/14
      



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サヤカのエンジンをふかして、走り逃げたいところなのだが、Uターンなど出来そうにもない。


あっ、あゆか! なぜ、こんなところで、そんな格好を!


私は、女の顔が妻のあゆかに見えたのだ。それも、30前の若いころの顔立ちだった。私は、精一杯のほほ笑みを浮かべて、彼女が近づいてくるのを待った。きっとあゆかの精が、困りきっている私を救けに来てくれたのだろうと思いこんだのだ。私は、何事も楽天的に考えるタイプのようである。苦境に立てば立つほど安易に考えてしまう部類の人間なのだろう。


しかし、私の顔の皮膚は、もはや私の力ではコントロール出来ないほど、自然の中に取りこまれてしまっていた。きっと角ばった顔をしていたに違いない。


少しつり上がり気味な目尻、真っ赤に血走った白い目。子育てに苦労して、睡眠不足だった頃のあゆかにそっくり。


髪のほつれは、一生懸命、母親をこなそうとしているあゆかのトレード・マークだった。



ニッ!
女が笑ってくれた。

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 13/14
      




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耳のあたりまで裂けた口は、新婚の頃、私が悪戯して、あゆかが昼寝している隙に口紅で書いてやったあの口だった。


人間は、相手の黒い眼だけ凝視していると、悪人や非美人といえども、可愛らしく見えてくるものである。逆に、どんな顔美人といえども、口や鼻だけ見ていると、ただの一人として、美人として見えるものはいないと、私は思っている。



私は、私の法則を適用して、その女の黒い眼だけを、眼だけを凝視した。

つづく


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路 14/14




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やっぱり、あゆかだった。



「あゆか、救けに来てくれて、ありがとう」



数分見続けていて、私は、感謝の気持ちを顔一杯に表わして、頭を下げて礼を言った。頭を上げてみると、もはや女の姿はなかった。
ふと足元に目をやると、道の端の乾いた雑草が、一山倒れかかってきていた。

                                  
    おわり