世の中不景気になり価格競争が激化して久しい。
いつまでこんな状況が続くのだろうか?
ただ安いだけで仕事を取る。消耗戦だ。
そもそも企画書を見て、どんな形になるかを想像できるスポンサーは少ない。
もちろんスポンサーにイメージしやすい企画書を提出するのは、
我々のプレゼンテーション力によるものだが、
よくできた企画書であっても読んで、見て、イメージするのは相当に力がいる。
カメラマンや助監督など、同じ作り手であっても、
監督の書いた企画書や台本を理解しイメージするのは相当に難しいものだ。
一方で誰でもイメージしやすい企画書で作った作品は
往々にしてヤバいものになる。
まずもって企画書を読んで即イメージできるスポンサーは
あまりコンペに頼らない。イメージできない人ほどコンペをしたがる。
だから見積額から決まることが多い。
「前回よりも安く発注した」というのが勲章になるのだろう。
我々の仕事を部品のように単価計算するのは不可能に近い。
当然のことながら見積額を安くするとスタッフも安くなる。
作りも安くなる。
我々からすると素人同然のスタッフが現場にいることになる。
彼らは丁寧な仕事をしない。工夫もしない。
そもそも仕事がわかっていないから、
丁寧な仕事がどのようなものなのかもわからないし、
わからないから工夫のしようもない。
安普請でも上がればそれでヨシ、
効果がわかりにくいのがこの世界だから…
スポンサーの若手は、入社以来プロの仕事を目の当たりにしたことがなく
素人同然のスタッフでもその彼が気のいい奴なら文句もない。
知らないから仕方がない。
しかし素人同然の経験不足者であっても、せめて作り手として、
プロとしての気概は持って欲しい。
大いなる気概さえあれば経験が少なくても、
例え低価格が最大の理由で彼の所属する制作会社を選んだとしても
こちらも文句はない。
困りものは、ものを判断できる能力のないスポンサーが
コンペというシステムを知り、コンペ費用も出さない。
しかもただ価格だけで選ぶことだ。
任せていただければプロはきっちり仕事をする、
無理難題にも応えてみせる、だからプロなのだ。
「安い、早い、旨い」は吉野家だが、
「早い、うまい」はプロとして常識。
これにプラスして素人が作るものと同じ価格となると、
はっきり言ってムリである。
それでも素人と同じ価格を「安い」というなら
プロは奉仕団だ。ビジネスではない。
「早い、うまい」となると「(素人の作る物より)高い」のが常である。
そもそも素人の作る物を基準にして
「高い」「安い」を論じるのことこそナンセンスなのだ。
確かに素人でも凄いものを作る人はいる。
しかしその人は膨大な時間と失敗を重ねて作り上げている。
その時間や回り道を費用に換算すると結局プロと同額になる。
そんな努力家の素人に対して、
かかった時間や苦労に見合う対価を支払うのが買う側の気概である。
断っておくが物づくりに対する気概を持っていればもはや素人ではない、
れっきとしたプロである。
ただ対価をきっちりと請求できるからプロと呼ばれ、
請求できないから素人と呼ばれるにすぎない。

あと問題なのは、ハードにぶら下がってついてくるスタッフと、
●●会館などという施設にぶら下がってついてくるスタッフだ。
必要なハードを頼むとセットで付くスタッフは厄介だ。
ハードの特性や限界を熟知するがゆえに想像力が膨らまない。
●●会館という施設にセットで付くスタッフはさらに厄介だ。
外を知らない井の中の蛙だから強い者にはまかれるし、
お金の流れを直感的に察知するので監督など屁とも思っていない。
スポンサーの皆さん、どうかお願いですから
プロといわれる我々から仕事を奪わないでください。
フリーはふらふらしているからフリーではない。
一人親方として食べていける才能があるからフリーなのだ。
ただ生きていくのはあまり上手くないという弱点はあるが…
どうか、まやかしの企画書だけで、
あるいは金額だけで仕事相手を選ぶのではなく、
作り手の眼差しを見て仕事相手を選んでください。
プロの仕事をとくと見届けてください。
いつまでこんな状況が続くのだろうか?
ただ安いだけで仕事を取る。消耗戦だ。
そもそも企画書を見て、どんな形になるかを想像できるスポンサーは少ない。
もちろんスポンサーにイメージしやすい企画書を提出するのは、
我々のプレゼンテーション力によるものだが、
よくできた企画書であっても読んで、見て、イメージするのは相当に力がいる。
カメラマンや助監督など、同じ作り手であっても、
監督の書いた企画書や台本を理解しイメージするのは相当に難しいものだ。
一方で誰でもイメージしやすい企画書で作った作品は
往々にしてヤバいものになる。
まずもって企画書を読んで即イメージできるスポンサーは
あまりコンペに頼らない。イメージできない人ほどコンペをしたがる。
だから見積額から決まることが多い。
「前回よりも安く発注した」というのが勲章になるのだろう。
我々の仕事を部品のように単価計算するのは不可能に近い。
当然のことながら見積額を安くするとスタッフも安くなる。
作りも安くなる。
我々からすると素人同然のスタッフが現場にいることになる。
彼らは丁寧な仕事をしない。工夫もしない。
そもそも仕事がわかっていないから、
丁寧な仕事がどのようなものなのかもわからないし、
わからないから工夫のしようもない。
安普請でも上がればそれでヨシ、
効果がわかりにくいのがこの世界だから…
スポンサーの若手は、入社以来プロの仕事を目の当たりにしたことがなく
素人同然のスタッフでもその彼が気のいい奴なら文句もない。
知らないから仕方がない。
しかし素人同然の経験不足者であっても、せめて作り手として、
プロとしての気概は持って欲しい。
大いなる気概さえあれば経験が少なくても、
例え低価格が最大の理由で彼の所属する制作会社を選んだとしても
こちらも文句はない。
困りものは、ものを判断できる能力のないスポンサーが
コンペというシステムを知り、コンペ費用も出さない。
しかもただ価格だけで選ぶことだ。
任せていただければプロはきっちり仕事をする、
無理難題にも応えてみせる、だからプロなのだ。
「安い、早い、旨い」は吉野家だが、
「早い、うまい」はプロとして常識。
これにプラスして素人が作るものと同じ価格となると、
はっきり言ってムリである。
それでも素人と同じ価格を「安い」というなら
プロは奉仕団だ。ビジネスではない。
「早い、うまい」となると「(素人の作る物より)高い」のが常である。
そもそも素人の作る物を基準にして
「高い」「安い」を論じるのことこそナンセンスなのだ。
確かに素人でも凄いものを作る人はいる。
しかしその人は膨大な時間と失敗を重ねて作り上げている。
その時間や回り道を費用に換算すると結局プロと同額になる。
そんな努力家の素人に対して、
かかった時間や苦労に見合う対価を支払うのが買う側の気概である。
断っておくが物づくりに対する気概を持っていればもはや素人ではない、
れっきとしたプロである。
ただ対価をきっちりと請求できるからプロと呼ばれ、
請求できないから素人と呼ばれるにすぎない。

あと問題なのは、ハードにぶら下がってついてくるスタッフと、
●●会館などという施設にぶら下がってついてくるスタッフだ。
必要なハードを頼むとセットで付くスタッフは厄介だ。
ハードの特性や限界を熟知するがゆえに想像力が膨らまない。
●●会館という施設にセットで付くスタッフはさらに厄介だ。
外を知らない井の中の蛙だから強い者にはまかれるし、
お金の流れを直感的に察知するので監督など屁とも思っていない。
スポンサーの皆さん、どうかお願いですから
プロといわれる我々から仕事を奪わないでください。
フリーはふらふらしているからフリーではない。
一人親方として食べていける才能があるからフリーなのだ。
ただ生きていくのはあまり上手くないという弱点はあるが…
どうか、まやかしの企画書だけで、
あるいは金額だけで仕事相手を選ぶのではなく、
作り手の眼差しを見て仕事相手を選んでください。
プロの仕事をとくと見届けてください。
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