シリーズ平成の本音―臨時国会拒否は国会軽視、国民軽視の独善化!
11月12日、安倍内閣は自民党幹事長と協議の後、秋の臨時国会を開催しないことを確認し、2016年の通常国会を例年より2~3週間早め、来年1月4日にも召集する意向を明らかにした。
民主党他野党側は、9月に内閣改造が行われ10閣僚が交代しているなどから、10月20日、自・公両党に対して臨時国会の開催を求めていた。与党側は、首相の‘外交日程が立て込んでいることなど’から開催しない方向で既に調整に入っており、11月12日になって‘外交日程’を理由として臨時国会不開催の意向を明らかにすると共に、その間閉会中審査には応じることとしている。
民主党、維新の会、共産党など野党6会派は、憲法53条に基づく4分の1以上の議員による臨時国会開催要請であるので、‘外交日程’は理由にならず、憲法に違反するとしている。
憲法53条は、内閣が国会の臨時会を決定できるとしつつ、「いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と規定している。普通に読めば、一方で内閣の臨時会招集権を認めつつ、他方で4分の1以上の議員の要請がある場合、内閣は臨時会の招集を決定しなければならない、との義務規定を定めていると言えるだろう。内閣が臨時会から逃げることを防止するということであろう。今回内閣側がいろいろ理由を述べているが、野党側の開催要求から12月20日頃まで2か月という期間がありながら臨時国会を開催しないことは、憲法規定に違反していると言えそうだ。通常国会を前倒し開催することで臨時国会の開催に代替することは出来ない。憲法上内閣に求められていることは、‘臨時会の開催’なのである。憲法違反以前の問題として、日本語の能力不足なのかもしれない。‘新3本の矢’の経済対策で5年で国民総生産(GDP)600兆円達成他が挙げられているが、言論界では、それは目標であり、‘的’であって、‘矢’ではないとして、的外れな表明として失笑されているなど、全般的にちぐはぐな言語問題がありそうだ。
もっとも最近、自・公政権が安保関連法案や衆・参両院選挙での有権者の1票の格差問題などで、憲法違反と指摘されていることを独善的に進めているので、今回また憲法や国会を軽視し、野党を無視する行動をとっても確信犯的な行動であり、余り驚くことでもないとの見方もある。しかしこのようにチェック感覚が麻痺し、大勢に順応して行くことになると全体主義に突き進み、民主主義自体が否定される恐れもあり、大変危険なことでもある。憲法の解釈や憲法違反行為のチェックには最高裁の機能が重要となるが、これまで政権の意向に順応し過ぎ、憲法の番人としての機能を十分に果たして来ているとは言えないのではないか。もし最高裁が憲法の番人としての機能が果たせないのであれば、憲法裁判所のような独立の組織が必要になって来ているのではないか。裁判所がそのような機能を発揮できない場合、マスコミや学者等がその機能を補足しなくてはならないが、マスコミや評論家などは事業、職業であるのでいわば事業化し、また国立大学の学者は公務員であるので、そのような機能は余り期待出来なくなって来ているように映る。
それよりも外交分野において、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や南沙諸島への中国の進出に対する日米軍事協力になど、日本の将来に根本的な変化をもたらす可能性がある問題につき、求められても臨時国会を開催せず、野党のみならず、国民をつんぼ桟敷にしていることの方が問題ではないだろうか。
外交で忙しいとのことだが、一部の保守系紙で内容が小出しにされているものの、海外で何を言って回っているのか国民には知らされていない。国際テロやIS問題では、わざわざ中東に出かけて行って反テロ支援を約束し、日本人2人が公開処刑されているし、首相によるトップセールスだと宣伝しているが、インドネシアでは新幹線が中国に取られている。TPPについては10月5日に‘大筋合意’し、消費者や大企業、輸出産業には歓迎されるところだが、保護され続けて来た農業、酪農にとっては大きな影響を与えると共に、協定となって実現することになれば日本の針路にそれ以上に大きな影響を与えるものであるのに、‘大筋合意’から2か月半以上経っているのに、国権の最高機関である国会の臨時会にも応じていない。
2016年はサル年で、‘見ざる、聞かざる、言わざる’という3猿の諺がある。江戸時代の商人がお上の悪行を知らんふりして商売に専念するという処世術を皮肉ったもののようだが、国民に‘聞かせず、見させず、言わせず’の3猿作戦に出ているとしか思えない。早々にサル年を見越した対応か!?
このような中で、自民党の農業関連議員を中心として、11月17日、TPP大筋合意を受けて農業対策を決定し、政府に申し入れることとしている。例えばコメについては、米国、豪州からの輸入枠が設けられるので、この輸入枠に相当する国産のコメを備蓄用として政府が買い取り、コメ価格の下落を防止するとしている。それでは、輸入枠の意味も消費者へのメリットも無くなってしまう上、農家も‘備蓄のための生産’で、いずれ家畜の飼料等になってしまい、‘主食用’と言いながら必要のない生産を続けることになるので、若い世代はそんな仕事には戻って来ないであろう。過保護の農政で日本の農業を衰退させ、その失政をまた先送りするようなもので、その場しのぎの対応にしかなっていない。酪農も補助金を積み増す程度でその場しのぎでしかない。国民に事実を伝え、広く議論し、対応を国民レベルで検討することが必要ではないか。
その上不気味なのは、これだけの重要な問題がありながら、臨時国会を開催しないことにほとんどのマスコミが政府見解を伝えるのみで、大きな問題としていないことだ。憲法上、‘4分の1以上の議員により、内閣は臨時国会の開催を決定しなくてはならない’としているのに、多くのマスコミや評論家等は1月上旬の通常国会開催で良いかのような無気力な対応、論調となっている。憲法上義務付けているのは‘臨時国会’の開催であり、‘通常国会’で代替出来ない。明らかな憲法違反であり、法治国家として、民主国家として褒めた話ではない。逆にその危機であり、独善政治へまい進しつつあると言っても良いのかもしれない。
18歳以上にも選挙権が与えられることになるが、有権者の賢明な判断が求められる。(2015.11.22.)(All Rights Reserved.)
11月12日、安倍内閣は自民党幹事長と協議の後、秋の臨時国会を開催しないことを確認し、2016年の通常国会を例年より2~3週間早め、来年1月4日にも召集する意向を明らかにした。
民主党他野党側は、9月に内閣改造が行われ10閣僚が交代しているなどから、10月20日、自・公両党に対して臨時国会の開催を求めていた。与党側は、首相の‘外交日程が立て込んでいることなど’から開催しない方向で既に調整に入っており、11月12日になって‘外交日程’を理由として臨時国会不開催の意向を明らかにすると共に、その間閉会中審査には応じることとしている。
民主党、維新の会、共産党など野党6会派は、憲法53条に基づく4分の1以上の議員による臨時国会開催要請であるので、‘外交日程’は理由にならず、憲法に違反するとしている。
憲法53条は、内閣が国会の臨時会を決定できるとしつつ、「いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と規定している。普通に読めば、一方で内閣の臨時会招集権を認めつつ、他方で4分の1以上の議員の要請がある場合、内閣は臨時会の招集を決定しなければならない、との義務規定を定めていると言えるだろう。内閣が臨時会から逃げることを防止するということであろう。今回内閣側がいろいろ理由を述べているが、野党側の開催要求から12月20日頃まで2か月という期間がありながら臨時国会を開催しないことは、憲法規定に違反していると言えそうだ。通常国会を前倒し開催することで臨時国会の開催に代替することは出来ない。憲法上内閣に求められていることは、‘臨時会の開催’なのである。憲法違反以前の問題として、日本語の能力不足なのかもしれない。‘新3本の矢’の経済対策で5年で国民総生産(GDP)600兆円達成他が挙げられているが、言論界では、それは目標であり、‘的’であって、‘矢’ではないとして、的外れな表明として失笑されているなど、全般的にちぐはぐな言語問題がありそうだ。
もっとも最近、自・公政権が安保関連法案や衆・参両院選挙での有権者の1票の格差問題などで、憲法違反と指摘されていることを独善的に進めているので、今回また憲法や国会を軽視し、野党を無視する行動をとっても確信犯的な行動であり、余り驚くことでもないとの見方もある。しかしこのようにチェック感覚が麻痺し、大勢に順応して行くことになると全体主義に突き進み、民主主義自体が否定される恐れもあり、大変危険なことでもある。憲法の解釈や憲法違反行為のチェックには最高裁の機能が重要となるが、これまで政権の意向に順応し過ぎ、憲法の番人としての機能を十分に果たして来ているとは言えないのではないか。もし最高裁が憲法の番人としての機能が果たせないのであれば、憲法裁判所のような独立の組織が必要になって来ているのではないか。裁判所がそのような機能を発揮できない場合、マスコミや学者等がその機能を補足しなくてはならないが、マスコミや評論家などは事業、職業であるのでいわば事業化し、また国立大学の学者は公務員であるので、そのような機能は余り期待出来なくなって来ているように映る。
それよりも外交分野において、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や南沙諸島への中国の進出に対する日米軍事協力になど、日本の将来に根本的な変化をもたらす可能性がある問題につき、求められても臨時国会を開催せず、野党のみならず、国民をつんぼ桟敷にしていることの方が問題ではないだろうか。
外交で忙しいとのことだが、一部の保守系紙で内容が小出しにされているものの、海外で何を言って回っているのか国民には知らされていない。国際テロやIS問題では、わざわざ中東に出かけて行って反テロ支援を約束し、日本人2人が公開処刑されているし、首相によるトップセールスだと宣伝しているが、インドネシアでは新幹線が中国に取られている。TPPについては10月5日に‘大筋合意’し、消費者や大企業、輸出産業には歓迎されるところだが、保護され続けて来た農業、酪農にとっては大きな影響を与えると共に、協定となって実現することになれば日本の針路にそれ以上に大きな影響を与えるものであるのに、‘大筋合意’から2か月半以上経っているのに、国権の最高機関である国会の臨時会にも応じていない。
2016年はサル年で、‘見ざる、聞かざる、言わざる’という3猿の諺がある。江戸時代の商人がお上の悪行を知らんふりして商売に専念するという処世術を皮肉ったもののようだが、国民に‘聞かせず、見させず、言わせず’の3猿作戦に出ているとしか思えない。早々にサル年を見越した対応か!?
このような中で、自民党の農業関連議員を中心として、11月17日、TPP大筋合意を受けて農業対策を決定し、政府に申し入れることとしている。例えばコメについては、米国、豪州からの輸入枠が設けられるので、この輸入枠に相当する国産のコメを備蓄用として政府が買い取り、コメ価格の下落を防止するとしている。それでは、輸入枠の意味も消費者へのメリットも無くなってしまう上、農家も‘備蓄のための生産’で、いずれ家畜の飼料等になってしまい、‘主食用’と言いながら必要のない生産を続けることになるので、若い世代はそんな仕事には戻って来ないであろう。過保護の農政で日本の農業を衰退させ、その失政をまた先送りするようなもので、その場しのぎの対応にしかなっていない。酪農も補助金を積み増す程度でその場しのぎでしかない。国民に事実を伝え、広く議論し、対応を国民レベルで検討することが必要ではないか。
その上不気味なのは、これだけの重要な問題がありながら、臨時国会を開催しないことにほとんどのマスコミが政府見解を伝えるのみで、大きな問題としていないことだ。憲法上、‘4分の1以上の議員により、内閣は臨時国会の開催を決定しなくてはならない’としているのに、多くのマスコミや評論家等は1月上旬の通常国会開催で良いかのような無気力な対応、論調となっている。憲法上義務付けているのは‘臨時国会’の開催であり、‘通常国会’で代替出来ない。明らかな憲法違反であり、法治国家として、民主国家として褒めた話ではない。逆にその危機であり、独善政治へまい進しつつあると言っても良いのかもしれない。
18歳以上にも選挙権が与えられることになるが、有権者の賢明な判断が求められる。(2015.11.22.)(All Rights Reserved.)