皆さんはご存じだったのでしょうか。
私は不明を恥じなければなりません。
まさか、1996年、20世紀の末まで、日本の社会のどこかで知的障害者の方などが、国から強制的に断種手術や不妊手術をされていただなんて、2018年に一人の女性が仙台地裁に訴えを起こすまで、想像もできませんでした。
この旧優生保護法は
「不良な子孫の出生を防止する」
ことなどを目的に不妊手術や人工妊娠中絶について定め、1948年に施行されたのだそうです。
同法では、遺伝性とされた病気のほか、精神障害や知的障害のある人に対し、本人の同意が不要な不妊手術(男性に対しては断種手術)を認めていたのです。
手術は医師が申請し、手術をするかどうかは都道府県の審査会が堂々と決めていました。
さらには審査会を開かずに矯正手術をしてしまった例も。
やむを得ない事情があれば体を拘束したり、だましたりしていいと当時の厚生省は通知していたということです。
こんな法律が第二次大戦直後に作られた立法趣旨は、大戦後、国外からの引きあげや出産ブームで人口が急増したため、貧困や食料不足になったという社会背景があり、人口をおさえることが大きな政策課題だったことがあげられるというのです。
それで子供を作っていい人を国が選んだんですよ。。。。。
そもそも、食糧不足を理由に、個人に国が強制不妊手術することを認めること自体がとんでもないことなのですが、同時に、同法の背景には病気などの遺伝を防いで国民の
「素質の向上」
を図ろうとする、優生思想があったのだといいいます。
でも、ダウン症なんかは遺伝しませんしね。
とにかく遺伝する病気があったら子供を作らせない、そのためにいろんな大切な臓器を取ってしまうだなんて、ナチスですよ。
それに聴覚障害者に不妊手術をした例もあるんです。全く関係ないやろ!
旧優生保護法で強制的に不妊手術をされた女性が、国家賠償請求訴訟を提起!
今日判決があった事件は、今度は断種手術を強制的にされた東京都の男性が原告でした。
強制不妊手術をめぐる同様の国家賠償請求訴訟は、全国の8地裁と1高裁で争われており、判決は2019年5月の仙台地裁に続いて2例目で、今回も請求は棄却されました。
今回の訴訟で最大の争点になったのは、不法行為があっても20年で賠償請求権が消える民法の「除斥期間」が適用されるかどうかだった。
原告側は
「子どもができない状態は今も続いている」
として、20年の計算は始まっていないなどと主張したのですが、東京地裁は
「原告に生じた損害は手術時に発生したか、発生が予測できるものだった」
などとして除斥期間を適用しました。
そして、国による不法行為があったのは不妊手術を強制された昭和32年の時点だとして、除斥期間はすぎていると判断しました。
原告が訴えた「人生被害」については認めたものの、手術による被害と別のものではなく、除斥期間の起算点を遅らせることはできないという見解を示しました。
さらに、仮に、除斥期間の起算点を遅らせる余地があるとしても、旧優生保護法が改正された平成8年までだとして、原告が裁判を起こした2018年(平成30年)の時点ではすでに除斥期間がすぎていたという判断を示しました。
しかし、原告の男性は非行を理由に1956年、教護院(現在の自立支援施設)に入り、中学2年生だった57年春ごろ手術を受けた。内容は説明されず、後日、先輩から不妊手術と聞かされたのだそうです。
おまけに、2018年1月の前述した宮城県の女性が仙台地裁に提訴した事件を報道で知り、初めて自分を手術したのが国だと分かったのだそうです。
そして、公的な手術記録はなかったが、姉の証言と手術痕をもとに5月に東京地裁に提訴したわけです。
つまり、被告が国だとわからないのに、権利の行使や裁判なんてできるわけないじゃないですか。
これで、権利は行使し得たから、20年で権利行使打ち切りだなんて、不公平極まりありません。
訴訟で男性は、旧優生保護法は、憲法13条の幸福追求権から導かれる子どもを生み育てるかどうかを決める権利(リプロダクティブ権)のほか、法の下の平等を定めた憲法14条にも違反すると主張し、手術のほか、国が違法と認めずに救済を怠ったことでも損害を受けたと訴えました。
そして、先の仙台地裁判決は、原告が訴えたリプロダクティブ・ライツ(子どもを産むか生まないかを決める自己決定権)を憲法13条の幸福追求権の一内容だとして認めたのに、今回の東京地裁はそこも後退して明言せずで。
「旧優生保護法に基づく強制的な手術は憲法13条後段が保護する私生活上の自由を侵害する」
といいましたが、手術の根拠となった旧優生保護法がそもそも憲法に違反するものだったかどうかについては明確な判断を示さず、手術が誤りだった以上は国に賠償責任があるという判断を示すにとどまりました。
こんな法律が違憲ともいえないんですから、本当に腰が引けた判決です。
原告の男性は
「国には私たちの前で謝ってもらいたいだけ。それが無理なら、元の体に戻してくれと言いたい」
と怒りをあらわにされ
「墓までこの苦しみを持って行きたくはない。命のあるかぎり訴えていく」
と声を絞り出すように話しておられましたね。
法律家の端くれとして、この社会の一員として、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
被爆者の方の原爆症訴訟もそうですが、もう行政として責任を認めているのに、裁判では原告の権利は除斥期間で消えているとか、どうして国が争うのかがもう理解できないですね。
無駄なことにじゃぶじゃぶお金を使っているのだから、残り少ない生きている被害者の方全員に、徹底的に首相が謝罪して3000万円でもお支払いしたらいいじゃないですか。
そして、こんな法律が憲法に違反しているとさえ言えない裁判所なんて、少数者の人権を守る最後の砦の名に値しないでしょう。
諸外国でも強制不妊はありました。でも70年代にはやめていっています。
1996年までアホみたいなことを続けていたこの国も恥ずかしいし、知らずにのほほんと暮らしていた自分も恥ずかしいし、まだこんな判決を出させていることも恥ずかしいですよ。
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およそ2万5000人が不妊手術を受けさせられた旧優生保護法をめぐる問題。手術を強制された東京の男性が国に賠償を求めた裁判で、東京地方裁判所は訴えを退けました。裁判所はどのような理由で男性の訴えを認めなかったのでしょうか。
“意思決定の自由を侵害” しかし憲法判断は
全国で2件目となった東京地方裁判所の判決でも、その判断が注目されました。
30日の判決では、原告の男性が強制された不妊手術について、憲法13条で保護された「自分の子を持つかどうかを意思決定する自由」を侵害するものだったと指摘しました。
しかし、手術の根拠となった旧優生保護法がそもそも憲法に違反するものだったかどうかについては明確な判断を示さず、手術が誤りだった以上は国に賠償責任があるという判断を示すにとどまりました。
仙台地裁は「リプロダクティブ・ライツ」とも呼ばれる「子どもを産み育てるかどうかを決める権利」が憲法上保障される基本的な権利だと位置づけ、その権利が侵害されたと認めましたが、東京地裁は「リプロダクティブ・ライツ」という権利の存在についても明確に判断しませんでした。
“除斥期間” というハードル
その理由は、改正前の旧民法にあった「除斥期間」と呼ばれる規定でした。
不法行為があったときから20年が過ぎると、賠償を求められなくなるという規定です。
これまでの裁判を通じて、原告側は、不妊手術を強制された際の人権侵害だけでなく、その後の人生でも、妻との間に子どもを持てなかった苦しみや、手術を受けた事実によってさまざまな差別の被害を受けかねない状況にあるとして、精神的な苦痛はいまも続く「人生被害」で、除斥期間は適用すべきでないと主張していました。
しかし、30日の判決では、国による不法行為があったのは不妊手術を強制された昭和32年の時点だとして、除斥期間はすぎていると判断しました。
原告が訴えた「人生被害」については認めたものの、手術による被害と別のものではなく、除斥期間の起算点を遅らせることはできないという見解を示しました。
さらに、仮に、除斥期間の起算点を遅らせる余地があるとしても、旧優生保護法が改正された平成8年までだとして、原告が裁判を起こしたおととし(平成30年)の時点ではすでに除斥期間がすぎていたという判断を示しました。
手術後の救済策めぐる国や国会の責任も認めず
原告側は、国や国会が手術を受けた人たちを事後的に救済する措置を怠っていたと主張しました。
しかし30日の判決では、国の責任については「日本においては『優生思想』そのものは国が作り出したものではなく、その思想の排除は必ずしも容易ではなかった」としたうえで、平成8年に法律を改正したことを踏まえ、国(=厚生労働大臣)には救済措置を取る義務があったとはいえないという判断を示しました。
また、国会の責任についても「法律が改正された平成8年の時点で、不妊手術を受けた人への補償を行う法律を作る必要性や明白性があったとは言えない」として、認めませんでした。
今後の裁判への影響は
今回の東京地裁も含めて2件の判決では、いずれも「除斥期間」が高いハードルとなり、賠償を求める訴えは退けられました。
一方で、憲法に詳しい慶応大学法学部の小山剛教授は、NHKの取材に対して、裁判官が異なれば別の判断もあり得るという見方を示しています。
今後の各地の判決でどのような判断が示されるのか、注目されます。
毎日新聞
旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術を強制されたとして、東京都の北三郎さん(77)=活動名=が国に3000万円の国家賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は30日、請求を棄却した。
原告は57年に強制的に不妊手術を受けさせられた。原告側は、手術は憲法13条が保障するリプロダクティブ権(性と生殖に関する権利)の侵害に当たり、国は賠償義務を負うと主張。さらに、国と国会は、被害回復のための立法が必要だったのに怠る立法不作為があったとも訴えていた。
これに対し国は、手術から60年余が経過しており、不法行為から20年で損害賠償の請求権が消滅する「除斥期間」が経過していると反論。立法不作為についても、原告は国家賠償法に基づいて被害回復を求めることができたため、別の補償制度の立法が必要不可欠だったとはいえないと主張していた。
同種訴訟の判決は2019年5月の仙台地裁に続いて2例目。同地裁は旧法を違憲と判断したが、賠償請求は棄却していた。【遠山和宏】
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私も全く同感なのですが、例えば首相が「では償います!」としてお金を渡した場合、(右翼系)国民から「その渡したお金は私たちの税金であり、裁判所も払う必要が無いとしている状況で、首相個人の判断だけで勝手に払うはおかしい!」として首相自身が訴えられるケースは無いのでしょうか?
要するに税金は私費とは違う訳なのですから、首相の判断だけでどこまで(お金を出すことが)許されるのか、法的な線引きがあれば教えて欲しいです
もし線引きがある場合、右翼系議員が靖国参拝時に私費から出すことで「今日は公人ではなく私人として納めました」と主張している事の整合性についても重ねてご教授願いたいです
被害者の思いに配慮もしていないし、矛盾を抱えたひどい判決ですか、各裁判所により、または上級審に行くことにより、あるいは安倍が辞めたり自民党が大敗したりすることによって(残念ながら三権分立は機能していない模様)、判決が変わることはないのでしょうか?
ふるさと納税を巡る、泉佐野市のように 笑
→ https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/275370