永井路子さん--歴史小説に新風を吹き込む
1月27日に97歳で亡くなった永井路子さん。現地に足を運び、系図や年表までを自ら作成する徹底的な取材、歴史学の最前線の成果を取り入れた独自の史観とに裏付けられた明快な作風で、歴史小説に新風を吹き込んだ。
◆天璋院篤姫
旧薩摩藩主・島津家の分家、今和泉島津家に生まれ、徳川幕府十三代将軍・家定の妻となった天璋院篤姫(1835~83)。篤姫は2008年NHK大河ドラマで宮崎あおい主演の主人公となり、一躍脚光を浴びた。 江戸城無血開城に大きな役割を果たしたとも評価されている篤姫について、『歴史をさわがせた女たち』(1978年・文藝春秋刊)で、その人物像と、歴史上で果たした役割について、永井さん流の鋭い切り口で描写している。
>>>天璋院篤姫-『歴史をさわがせた女たち』 p162~p168
秀吉、家康時代はともかく、徳川歴代将軍の夫人たちの中には、トップレディーとして語るにたる風格をもつ女性はほとんどいない。
もともと将軍のほとんどが、床の間の飾りもので、ろくなのはいなかったし、その正夫人といえば、さらに輪をかけた飾りものにすぎないし、側室はまた、そうした無能な将軍が、ほんの出来心で手なぐさみにした連中が多いから、そこにスーパーレディーを求めることじたいがむりなのだ。将軍夫人というものを「あとつぎ製作所」としか見ていなかったあの時代にも責任はあろう。
が、その中で、なかなか個性的なのは十三代将軍家定夫人の天璋院(篤姫)である。トップレディーの中では最も不運な一人だが、その不運さがみごとなのだ。
(中略)
彼女の政略結婚は、結果的にみれば、ひどく不幸なものだった。が、彼女はその中でただ運命に押し流されていたのではなかった。彼女にとって最も不幸なとき、天球院は彼女の能力を最大限に発揮して、女としてのみごとさを見せてくれた。
(以下略)