映画『海辺の生と死』予告篇
小説「死の棘」,などで知られる島尾敏雄と妻のミホさんをモデルにした映画が完成し,今月7日奄美市で出演者らの舞台あいさつが行われました。
ストーリーは,太平洋戦争末期の加計呂麻島で,国民学校で働く女性と海軍の特攻艇の隊長を務める男性が,迫り来る戦火のもと,葛藤しながらもひかれ合っていくというもので,豊かな奄美の自然とともに描いています。
満島さんは,国民学校の女性を演じています。この映画は「海辺の生と死」という題名で,今月29日から全国で公開されます。
夏の終わりのある日,小説家の私(トシオ) が外泊から家に帰ってくると,木戸にも玄関にも鍵がかかっていた。
胸騒ぎがして,仕事部屋にしている四畳半のガラス窓の破れ目から中を見ると,机の上にインキ壷がひっくりかえっ
ている。
台所のガラス窓を叩き割り流しに食器が投げ出されているのを見た私は,遂にその日が来たのだと思う。仕事部屋
に入ると,机と畳と壁にインキが浴びせかけられ,その中に私の日記帳が捨てられていた。 ‥『群像』昭和三十五年四月号)
▼ 夫婦とは、愛とは何かを問いかけてやまない・・・・・
結婚八年目,妻(ミホ)が,新進作家として世に出た夫(島尾敏雄)の日記を読んだとき。そこには他の女性との関係が書かれていた。それを読んでミホは精神の均衡を失ない,狂の人となった。
その後の島尾夫婦の修羅は敏雄の『死の棘』によってよく知られている。「狂うひと」と看病につくす夫。二人は「戦後文学史に残る伝説的なカップルとなった」。
ミホが日記を見て狂乱したときから二度目の入院の直前までの日々を島尾がのちに綴った長篇小説 『死の棟』(昭和35年から51年まで順次発表,単行本は52年刊行)は,単行本の発行部数は30万部を超え,純文学では異例のベストセラーとなった。
刊行当初,『死の棘』は,自身の浮気によって妻を狂気に追い込んだ作家の私小説として話題を呼び、読者を増やした。
小説『死の棘』は,純文学の名作と評価されて読売文学賞,日本文学大賞を受賞。純粋,稀有な夫婦愛を描いた作品として評価を高めていく。そして妻ミホは,無垢で激しい愛ゆえに狂気に至った女性として,聖女ともたとえられるようになった。
こうして島尾とミホ夫婦は,戦後文学史に残る伝説的なカップルとなる。そして,「私小説の極北」とも絶賛された小説『死の棟』は,戦後文学の傑作とも評価されてきた。なお,平成2(1990)年には小栗康平監督によって映画化され,カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞している。
だが,事の真実は,・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
(出典:『狂うひと』p1,p32~p34)
海辺の生と死 (中公文庫) | 狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ | 死の棘 (新潮文庫) | ||||||
700円 | 新潮社 3240円 | 新潮社 907円 | ||||||
島尾敏雄の小説『死の棘』(1977年)は,日本文学大賞、読売文学賞、芸術選奨を受賞の私小説です。1990年には,松坂慶子,岸部一徳主演で映画化もされています。この小説は,"夫婦の絆とは何か,愛とは何かを追求した凄絶な人間記録”と高く評価されてきました。このうたい文句につられ,いささか危なっかし我が身を律すべく,『死の棘』(1977年),『「死の棘」日記』を読み始めました。
それが,昨年秋,梯(かけはし)久美子著が,『狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ』で,
?実は死の棘のストーリーは,”本を売るための夫婦間での作り事だった”,
?実は作家の島尾敏雄は,精神に異常をきたしていた
?実は仮面夫婦であった
といった衝撃的な内幕が綿密な資料分析と当事者へのインタビューに基づき,暴かれて(推察)され,さび付き気味の我が頭を困乱させています。
● 映画・死の棘(予告)--1990年,松坂慶子,岸部一徳主演で映画化
小栗康平監督によって映画化され,カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞。
○ストーリー
太平洋戦争末期,加計呂麻島で海軍特攻隊の中尉トシオと島長の娘ミホが出会い,恋をした。トシオに出撃の時は訪れぬまま終戦を迎え,やがて2人は夫婦となったが,子どもが生まれて平凡な毎日を送っていた中,トシオの浮気が発覚する。トシオの情事を日記で知った妻が精神の均衡を崩し,精神病棟に入院するまでの夫婦の葛藤を描く。
○映画化
1990年(平成2年)に映画化。ミホ:松坂慶子 トシオ:岸部一徳 邦子:木内みどり
●受賞
・1990年 カンヌ国際映画祭 審査員グランプリ
・日本アカデミー賞主演男優賞・主演女優賞
・ 日刊スポーツ映画大賞主演女優賞
>>> 「狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ」(梯 久美子/新潮社)
ノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子著,『狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ』で,綿密な資料分析と当事者へのインタビューに基づき,実は「死の棘」のストーリーは,”本を売るための夫婦間での作り事だった”,作家の島尾敏雄は,精神に異常をきたしていたのでは,さらには仮面夫婦であったと,その内幕を推察している。
●妻の夫への不信(p56~p57)
ミホは島尾の死後三十年間,喪に服していたと言う。そこに夫婦の愛憎の深遠さ,女性の怖さが垣間見える。
・「絶対に死ぬこと (生きられないこと) が分ってゐてどうして私の家にいらつしてゐたの,あなたは無責任な人ね」(結婚式昭和21年3月10日からまもない3月28日の島尾の日記に書きとめられたミホの言葉)
・このころ,新婚であるにもかかわらず,二人は通常の夫婦生活を送ることができていなかった(同じ日の日記に「常態でない夫婦生活といふものは」とある)。島尾が性病(梅毒)をわずらっていたからだ。
>>> こんな推論も ...........................
・『死の棘』に描かれていた日々のきっかけは,たまたま浮気がバレたのではなく,敏雄がバレるように仕向けたのではないか。
・本を売るための夫婦間での作り事だったのでは
・島尾敏雄は,ミホがわざと日記を読むように仕向けたのではないか
・島尾敏雄は,精神に異常をきたしていた
・仮面夫婦であった
・妻のミホの方が,敏雄より文才に優れていた