働き方改革関連法ノート

労働政策審議会(厚生労働大臣諮問機関)や厚生労働省労働基準局などが開催する検討会の資料・議事録に関する雑記帳

裁量労働制改正議論と裁量労働制拡大に関する報告書

2023年01月01日 | 裁量労働制
厚生労働省は昨年(2022年)7月15日、厚生労働省の有識者会議「これからの労働時間制度に関する検討会」がとりまとめた「これからの労働時間制度に関する検討会報告書」を公表。この報告書に基づいて厚生労働大臣諮問機関・労働政策審議会労働条件分科会が裁量労働制の対象業務追加(拡大)などに関する議論を始めたが、その議論の結果、労働政策審議会労働条件分科会がとりまとめた労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」を厚生労働省が昨年(2022年)12月27日に公表。これら公表された文書のうち裁量労働制対象業務に関する記述を比較した。

裁量労働制 対象業務に関する報告書と報告の記述
これからの労働時間制度に関する検討会報告書(以下「検討会報告書」)では対象業務については、次のように記載されていた。

・現行では、専門型については法令で限定列挙された業務から労使協定で、また、 企画型については「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」から労使委員会決議で、それぞれ対象業務の範囲を定めることとされている。裁量労働制の趣旨に沿った運用とするためには、労使が制度の趣旨を正しく理解し、職場のどの業務に制度を適用するか、労使で十分協議した上でその範囲を定めることが必要である。

・対象業務の範囲については、労働者が自律的・主体的に働けるようにする選択肢を広げる観点からその拡大を求める声や、長時間労働による健康への懸念等 から拡大を行わないよう求める声がある。事業活動の中枢で働いているホワイトカラー労働者の業務の複合化等に対応するとともに、対象労働者の健康と能力や成果に応じた処遇の確保を図り、業務の遂行手段や時間配分等を労働者の裁量に 委ねて労働者が自律的・主体的に働くことができるようにするという裁量労働制 の趣旨に沿った制度の活用が進むようにすべきであり、こうした観点から、対象業務についても検討することが求められる。

・その際、まずは現行制度の下で制度の趣旨に沿った対応が可能か否かを検証の上、可能であれば、企画型や専門型の現行の対象業務の明確化等による対応を検討し、対象業務の範囲については、前述したような経済社会の変化や、それに伴う働き方に対する労使のニーズの変化等も踏まえて、その必要に応じて検討することが適当である。


労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」(以下「労働政策審議会分科会報告」)では、次のように記載。

・企画業務型裁量労働制(以下「企画型」という。)や専門業務型裁量労働制(以下「専門型」という。)の現行の対象業務の明確化を行うことが適当である。

・銀行又は証券会社において、顧客に対し、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務について専門型の対象とすることが適当である。


現行の裁量労働制対象業務の明確化
裁量労働制の対象業務の明確化に関しては、検討会報告書では「まずは現行制度の下で制度の趣旨に沿った対応が可能か否かを検証の上」と書かれていた箇所があったが、労働政策審議会分科会報告では削除されている。

また、検討会報告書には「可能であれば、企画型や専門型の現行の対象業務の明確化等による対応を検討し」と記載されていたが、労働政策審議会分科会報告には「企画業務型裁量労働制(以下「企画型」という。)や専門業務型裁量労働制(以下「専門型」という。)の現行の対象業務の明確化を行うことが適当である」と記載。

検討会報告書の「可能であれば」という曖昧な表現は消され、労働条件分科会の労働者側委員が強く求めていた、現行の裁量労働制対象業務の明確化を強調した。

今後の裁量労働制対象業務の追加(拡大)
次に、労働条件分科会で最も労使で争われた、今後の裁量労働制対象業務の追加(労働者側委員は「裁量労働制の拡大」と呼ぶ)に関しては、検討会報告書では「対象業務の範囲については、前述したような経済社会の変化や、それに伴う働き方に対する労使のニーズの変化等も踏まえて、その必要に応じて検討することが適当」として具体的な記述はされていなかったが、労働政策審議会分科会報告では「銀行又は証券会社において、顧客に対し、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務について専門型の対象とすることが適当である」と記載され、専門型裁量労働制への新しい対象業務の追加が示された。

第179回 労働政策審議会労働条件分科会(2022年9月27日開催)において、使用者側委員は「平成29年、本分科会で示されました働き方改革関連法案の要綱に企画業務型裁量労働制の対象業務への追加と記されました課題解決型開発提案業務と裁量的にPDCAサイクルを回す業務の2つの必要性はむしろ高まってきていると考えております」と発言していたが、企画型裁量労働制への課題解決型開発提案業務と裁量的にPDCAサイクルを回す業務は追加(拡大)は今回は見送られたことになる。

合併、買収等に関する考案及び助言をする業務
また、第179回 労働政策審議会労働条件分科会(2022年9月27日開催)において、使用者側委員は「金融機関において、顧客に対し、資金調達方法や合併、吸収、買収等に関する考案及び助言を行う業務は極めて専門性が高く、労働時間とその成果が比例しない性質のものであり、まさに裁量労働制の対象にふさわしいものと考えております。こうした業務に就かれる方の年収水準は高く、満足度も高いと考えられますが、我が国の賞与決定の方法が、個別企業労使で都度決定をする、あるいは変動部分の報酬も高いということもありますので、例えば高度プロフェッショナル制度などの要件を常にクリアすることが難しい場合もあり、高プロを選択できない場合も少なくないと思っています。こうした状況を踏まえますと、金融機関において、資金調達方法や、合併・買収等に関する考案及び助言をする業務に従事する方の能力発揮を促して働きやすい環境を整えるには、裁量労働制の対象への追加が適当ではないか」と発言していた。

この使用者側発言を受けて厚生労働省は、(2022年11月8日に開催された労働政策審議会・労働条件分科会の資料2-2「ヒアリング結果の概要」によると)金融機関における「合併、買収等に関する考案及び助言をする業務(いわゆるM&Aアドバイザー業務)」と「資金調達方法を考案する業務」に関する企業および関係団体ヒアリングを労働政策審議会分科会以外の場所で厚生労働省が実施。

ヒアリング結果の概要
*以下は、第179回労働条件分科会(令和4年9月27日)において使用者側委員より発言のあった業務のうち、精査を必要とする業務について、令和4年 10 月に実施した関係団体及び企業へのヒアリング結果をまとめたもの。

1 関係団体からのヒアリング概要
・金融機関における、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務(いわゆるM&Aアドバイザー業務)も資金調達方法を考案する業務も、従来の労働集約的な業務ではなく、自らの知識・経験を活かした知識集約型の、繁閑に応じて自律的に動くことができる業務であると一般的には考えられる。
・ある程度の期間(場合によっては年単位)が必要な業務であり、その中でチームや個人の役割が決まる。最終的な期限を念頭に、各個人が自身に割り当てられた役割のもと裁量を持って業務を遂行している。
・1つの案件について、2~3名などのチームで行うことが一般的。
・M&Aアドバイザー業務も資金調達方法を考案する業務も、専門部署に所属する場合には、在籍中に他の仕事をすることはないと考えられる。
・勤務時間は、案件の進捗に合わせて対応事項が決まるため、通常の業務と比べ繁閑の差が激しく、案件を担当している間は数か月忙しくなることも想定されるが、案件次第で閑散期もあると認識している。
・現状は、労働時間の対価に賃金を払っていると考えられるが、今後は業務によっては成果に賃金を支払うという流れを加速させていくことも必要と考えられ、労働時間と成果が必ずしも連関するわけではないM&Aアドバイザーのような業務は、そのような業務の1つと考えられる。専門性を有するアドバイザーの経験に基づいた企画立案・遂行などのアウトプットに対して賃金を支払うことがより適する場合もあると考えられる。
・また、資金調達方法を考案する業務も、資金調達のスキームを考案する業務であるため、案件ごとにリスクを把握する等の能力、将来のキャッシュフローに係る分析能力やリスクに応じたスキーム構築等の専門性が必要。
・M&Aアドバイザー業務も資金調達方法を考案する業務も、スキル・専門性や成果に対して賃金を支払うという考え方が検討されるべき業務であると思う。

2 企業からのヒアリング概要について
・M&A アドバイザー業務も資金調達方法を考案する業務も、始業・終業時刻は業務の状況に応じて一定の自由度をもった働き方ができる業務ではある。業務の遂行方法の裁量については、大きな方向性やスケジュールは上司に相談するが、その中で具体的にどのように業務を遂行するかについては裁量を持てる。
・M&A アドバイザー業務は企業価値算定の知識や、法務、会計、税務の知識、各種業界への知見を必要とするところであり、専門性の高い分野である。
・資金調達方法を考案する業務の専門性については資金調達支援業務の種別ごとに異なるが、一般的にはキャッシュフローへの理解、デット・ファイナンスやエクイティ・ファイナンスへの知識、各業界への知見や会計の知識等が必要。
・評価においては成果が重視されており、案件獲得数や提案の内容、収益への寄与等に対する達成状況で評価されている。
・業務には繁閑の差があるが、それほど長時間の時間外労働は発生していない。
・資金調達方法を考案する業務に配属されるために特段必要な資格はないが、配属後、証券アナリストは取得するよう強く推奨している。また、アセット・ファイナンスに関しては宅建等の不動産関係の資格を取得することを推奨している。(2022年11月8日の労働政策審議会労働条件分科会資料2-2「ヒアリング結果の概要」)


ヒアリングでは「合併、買収等に関する考案及び助言をする業務(いわゆるM&Aアドバイザー業務)」と「資金調達方法を考案する業務」について実施されたが、「資金調達方法を考案する業務」の専門型裁量労働制の追加が見送られている。多分、「資金調達方法を考案する業務」の専門性が使用者側委員が主張するほど高くないと判断されたものと思う。

なお、第179回 労働政策審議会労働条件分科会(2022年9月27日開催)における使用者側委員の発言に対して労働者側委員は「今、〇〇委員(使用者側委員)は資金調達の例を出されました。そこで働く人たちは高額な報酬ではあるものの、高度プロフェッショナル制度の年収要件までには達しないから、企画業務型裁量労働制の拡大が必要という発言のように聞こえました。高度プロフェッショナル制度を作るときにおいても議論されたところですが、制度の求める年収要件や様々な要件において合わないからといって、それを裁量労働制の拡大に結びつけることは労働時間法制のロジックから外れていると認識しておりますので、意見として申し上げておきたい」とも発言している。この労働者側委員発言は、今後の裁量労働拡大などの国会審議においても参考にすべき重要な指摘だと思う。

「つながらない権利」を無視した労働政策審議会労働条件分科会報告
「つながらない権利」に関しても「これからの労働時間制度に関する検討会」では議論されており、「これからの労働時間制度に関する検討会報告書」本文12頁には「海外で導入されているいわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていくことが考えられる」という個所があった。だが、労働政策審議会労働条件分科会では事務局(厚生労働省)が「つながらない権利」について取りあげもせず、委員からも意見がほとんどなかった。

そして労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」には「つながらない権利」を参考にして検討を深められたような形跡はまったく見受けられなかった。厚生労働省も労働政策審議会労働条件分科会も「つながらない権利」を無視したと言っても過言ではない。

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