今日は母の百ヶ日に当ります。
ちょうど時化で沖を休んでいた夫が実家へ仏様を拝みに行ってくれました。
もちろんわたしも仕事帰りに実家へ寄り,手を合わせて帰りました。
母が死んでから父は近くの弟宅へ夕食をしに行くので夕方実家へ寄っても誰もいません。
こうしてみるとこれが反対だったら今の生活送れてないと思う・・・ 父は孫のめんどうもよく見るので孫たちにも好かれ,家族とはうまくやっているようです。 母がひとり残されていたら絶対に食事のためにいちいち弟の家へ行くことはなかったとことでしょう。
最近,母が元気だった子どものころに戻りたくなる。
嫁に来て,そんなにせまくない家なのに窮屈に感じ,何年も我慢して過ごしてきました。
実家はせまくて小さな家なのに,居心地よかったな~ いつも居間で父とあれこれ話したり,食事中とかに戸が空いて寒くても座ったまま戸をしめることできるくらい狭い部屋だった。
母さん,生きてたら今月はうちの棟上や保育園のお遊戯会等々出かけるのは毎週目白押しだったのに・・・
日増しに寂しくなって・・・
先日姑に言われたのが・・・
『お母さんのことはもうあきらめてこれはこれ(棟上のこと)それはそれで考えてくれんと。』 ってむちゃくちゃ腹立ちました。
しかもよけいなお世話もいいとこで 『事故のところにお花を供えるのも百ヶ日までていいんやないか』 って。
ホント姑の無神経さに頭にくる毎日です。