母の楽しみのイチゴを凛太郎に盗られた!
庭先に置いたプランターに植えたイチゴ。大好きな「章姫(あきひめ)苺」とピンクの花が可愛らしく珍しさに惹かれて買ってきた四季成り苺「フラグー」。ナメクジに先を越される前にと毎日様子を見ながら、赤く成りきる前に口に入れていた。あきひめは甘く、フラグーは酸っぱい。庭仕事の合間にほおばるイチゴは美味しい。
イチゴを食べる時は私が五分の四、凛太郎が五分の一くらいの割合だ。凛太郎と顔を見合わせ「美味しいなーイチゴ」と言って、毎回ほんの少ししかやっていない。だって私はイチゴが大好き。一粒全部食べたいところを少しやっているというところを解かって欲しいところなのだが。
私がイチゴをつまんで採っているのを見ると、凛太郎は舌なめずりと生唾を飲むという仕草をするようになり、昨日にいたっては、成っているイチゴをどうして食べたらいいかをどうも理解した様子で、ぶら下がっている苺を舐めにかかっていた。
それを見た私は「こらっ!かあちゃんが採ったら、一緒に食べるんやろ。勝手に盗ったらアカン!」と叱ったのだった。イチゴがダメならと凛太郎はまだ青いブルーベリーが成っている小さくて低い木の傍で同じ行為を始めた。昨年、一緒に食べたブルーベリーの味を覚えているのか、たいしたもんだと少し感心しながらも「アカンて言うてるやろ!それはまだ食べられへん。今、食べても美味しいない。食べたらアカン!」と私。
凛太郎は「食べるか?」「欲しいか?」「美味しい」「美味しくない」はわかっているようで、ブルーベリーがまだ食べられない、食べても美味しくないは理解したようだった。それで、イチゴに戻ってきて、また舐めたので、拳を振り上げて見せて「アカンて言うてるやろ」と叱るとあきらめたようなそぶりを見せた。
そして今日。昨日はまだ早いと思い、食べるのを今日の楽しみに伸ばしたフラグーの2粒、凛太郎にも「それは明日一緒に食べよな」と言っていたのだが、食べようかなとプランターの傍に行くと、無い。イチゴがぶら下がっていた茎が実の重さから解放されて宙に浮いている。ナメクジならば穴があいたりして、全部食べ尽くすという食べ方はしない。
私がイチゴの傍に行くと嬉しそうに尾を振って傍にやってくる凛太郎であったが「イチゴが無い!なんで無いの!」と一人叫ぶ私の声を聞いたせいか、足もとの凛太郎は早くもごめんなさいポーズ。あやしい、絶対あやしい。
「あんたがイチゴ食べたんか?」と凛太郎に問いただすと、彼は耳をおちぶらせ、伏せポーズ、頭もしゅん。母は確信して声に出して言った。
「あんたが食べたんやな。昨日一緒に食べよて言うてたのに、一人で食べたんやな」。語句もキツクなる。感情も入る。食べ物の怨みは恐ろしいのだ。凛太郎はますます低姿勢で怒られるのを覚悟の姿勢を崩さない。食べてしまったものはしょうがないし、現行犯で見つけたわけでもないので体罰はなし。けど、まだかなり酸っぱかったはず。でも悔しい。ああ悔しい。猿にタマネギを抜かれた時と同じくらい悔しい。
私はしばらく「凛太郎がイチゴを盗った」「凛太郎がイチゴを盗った」「イチゴ泥棒」と繰り返し言い、凛太郎を睨んだ。彼は毎回、ちょっとしか貰えないイチゴを丸ごと食べたかったのかもしれない。
母は去年、一昨年と畑にイチゴを植えるも、実は少ししかならず、それもナメクジに先を越され、口に入ることはなかった。今年は同じ轍を踏まないと決意し、私にとっては高価で、一袋八百円もする野菜の土を買い、プランターで育てていたのだ。おかげで、イチゴはすくすく育ったけれど、元を取れるほどにはまだ成っておらず、あきひめはそろそろ終わりかけている。これなら買ってきて食べた方が安い。でも育てて食べるという「安全」と「楽しみは」何物にも変えがたい。
しかし、いちご狩を覚えてしまった凛太郎は次にはブルーベリー狩もするのではないだろうか。ブルーベリーま毎年鳥にも食べられているので、今年は私の口に入り数が圧倒的に少なくなるのではという危機感が、、、。
ちなみに、今晩の夕食にトマトサラダを作った。凛太郎はトマトも大好物で鼻を鳴らしていたが、一切れもやらなかった。ささやかな復習を果たした。もちろん「あんたがイチゴ盗ったし、今日はトマトはあげへん」と声にも出して言っておいた。母はまことに大人気無いのである。
庭先に置いたプランターに植えたイチゴ。大好きな「章姫(あきひめ)苺」とピンクの花が可愛らしく珍しさに惹かれて買ってきた四季成り苺「フラグー」。ナメクジに先を越される前にと毎日様子を見ながら、赤く成りきる前に口に入れていた。あきひめは甘く、フラグーは酸っぱい。庭仕事の合間にほおばるイチゴは美味しい。
イチゴを食べる時は私が五分の四、凛太郎が五分の一くらいの割合だ。凛太郎と顔を見合わせ「美味しいなーイチゴ」と言って、毎回ほんの少ししかやっていない。だって私はイチゴが大好き。一粒全部食べたいところを少しやっているというところを解かって欲しいところなのだが。
私がイチゴをつまんで採っているのを見ると、凛太郎は舌なめずりと生唾を飲むという仕草をするようになり、昨日にいたっては、成っているイチゴをどうして食べたらいいかをどうも理解した様子で、ぶら下がっている苺を舐めにかかっていた。
それを見た私は「こらっ!かあちゃんが採ったら、一緒に食べるんやろ。勝手に盗ったらアカン!」と叱ったのだった。イチゴがダメならと凛太郎はまだ青いブルーベリーが成っている小さくて低い木の傍で同じ行為を始めた。昨年、一緒に食べたブルーベリーの味を覚えているのか、たいしたもんだと少し感心しながらも「アカンて言うてるやろ!それはまだ食べられへん。今、食べても美味しいない。食べたらアカン!」と私。
凛太郎は「食べるか?」「欲しいか?」「美味しい」「美味しくない」はわかっているようで、ブルーベリーがまだ食べられない、食べても美味しくないは理解したようだった。それで、イチゴに戻ってきて、また舐めたので、拳を振り上げて見せて「アカンて言うてるやろ」と叱るとあきらめたようなそぶりを見せた。
そして今日。昨日はまだ早いと思い、食べるのを今日の楽しみに伸ばしたフラグーの2粒、凛太郎にも「それは明日一緒に食べよな」と言っていたのだが、食べようかなとプランターの傍に行くと、無い。イチゴがぶら下がっていた茎が実の重さから解放されて宙に浮いている。ナメクジならば穴があいたりして、全部食べ尽くすという食べ方はしない。
私がイチゴの傍に行くと嬉しそうに尾を振って傍にやってくる凛太郎であったが「イチゴが無い!なんで無いの!」と一人叫ぶ私の声を聞いたせいか、足もとの凛太郎は早くもごめんなさいポーズ。あやしい、絶対あやしい。
「あんたがイチゴ食べたんか?」と凛太郎に問いただすと、彼は耳をおちぶらせ、伏せポーズ、頭もしゅん。母は確信して声に出して言った。
「あんたが食べたんやな。昨日一緒に食べよて言うてたのに、一人で食べたんやな」。語句もキツクなる。感情も入る。食べ物の怨みは恐ろしいのだ。凛太郎はますます低姿勢で怒られるのを覚悟の姿勢を崩さない。食べてしまったものはしょうがないし、現行犯で見つけたわけでもないので体罰はなし。けど、まだかなり酸っぱかったはず。でも悔しい。ああ悔しい。猿にタマネギを抜かれた時と同じくらい悔しい。
私はしばらく「凛太郎がイチゴを盗った」「凛太郎がイチゴを盗った」「イチゴ泥棒」と繰り返し言い、凛太郎を睨んだ。彼は毎回、ちょっとしか貰えないイチゴを丸ごと食べたかったのかもしれない。
母は去年、一昨年と畑にイチゴを植えるも、実は少ししかならず、それもナメクジに先を越され、口に入ることはなかった。今年は同じ轍を踏まないと決意し、私にとっては高価で、一袋八百円もする野菜の土を買い、プランターで育てていたのだ。おかげで、イチゴはすくすく育ったけれど、元を取れるほどにはまだ成っておらず、あきひめはそろそろ終わりかけている。これなら買ってきて食べた方が安い。でも育てて食べるという「安全」と「楽しみは」何物にも変えがたい。
しかし、いちご狩を覚えてしまった凛太郎は次にはブルーベリー狩もするのではないだろうか。ブルーベリーま毎年鳥にも食べられているので、今年は私の口に入り数が圧倒的に少なくなるのではという危機感が、、、。
ちなみに、今晩の夕食にトマトサラダを作った。凛太郎はトマトも大好物で鼻を鳴らしていたが、一切れもやらなかった。ささやかな復習を果たした。もちろん「あんたがイチゴ盗ったし、今日はトマトはあげへん」と声にも出して言っておいた。母はまことに大人気無いのである。