- 今日のおすすめ
『「Tax Literacy」ストーリーでわかるグローバルビジネス・スキル』
(村田 守弘著 中央経済社)
- 「Tax Literacy」とは(はじめに)
【日本人は「Tax Literacy」が低い?】
Literacyを辞書で引くと“特定の分野の知識・能力”と出てきます。著者は「Tax Literacy」を、“税金の取り扱いを適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する能力”と定義付けます。
この定義は、紹介本を通じて著者が訴えたいことを表す適切な定義と言えます。
それは、日本を含む国際税務に於いて、二つの相反するテーマである税務リスク回避と税務コスト削減のバランスを如何に取るかという極めて重要なテーマを、国際税務争訟でトップレベルの実力・実績を有する著者が、卓越した理解・解釈・分析をベースに、読者に向けて記述・表現・発信しているのです。
紹介本では、ストーリー風にさりげなく国際税務について語りかけていますが、グローバルビジネス・プレイヤーが身に付けるべき国際税務の知識・能力を総括的に記述しています。
【税務の“グローバル”“インターナショナル”“ローカル”を理解しておこう】
著者は「グローバルプレイヤーが身に付けるべき重要な能力は、グローバル基準がなくインターナショナル・ルールもなく課税国のローカル・ルールに従う、しかし全てのインターナショナル取引に係ってくる税務即ち国際(グローバル)税務の能力である」と言います。
つまり、「OECD租税条約モデル」を除いては地球規模でのグローバル基準がなく、二重課税を回避する租税条約以外は課税主体国から見た他国への適用・関係性(インターナショナル性)のない国際税務の世界で、税務リスクを避け税務コストの効率化を図るためには、グローバルな領域でインターナショナル取引に活用でき、各国のローカル・ルール税務に対応する、国際税務の知識が不可欠なのです。
【国際税務の“きも(急所)”】
国際税務の“きも”について、是非、紹介本を手に取り読み取って下さい。得るものが多くあります。
その“きも”の中でも特に重要な「移転価格税務と関税」と「巧い『国際税務戦略』」について次項でご紹介します。
- 知っておきたい「『Tax Literacy』のEssential Point」
【移転価格税制と関税】
グローバルビジネスに於いて、日頃ほとんど関係なく過ごしている、それ故に管理上の大きな抜け穴となり、大きなリスクを抱えている分野、それが「移転価格税制と関税」です。それは、ある時突然に国内外の税務当局又は税関当局から事後調査が入り、アット驚く多額の追徴課税を受けるリスクです。
この二つのリスクは第三者が取引相手の場合は有りません。取引の価格を恣意的に決められる親子会社間の取引に生ずるリスクです。
リスクを避けるための親会社と海外現地法人の間の恣意的にならない、“あるべき移転価格”の算定方法(独立企業間価格算定方法)について、日本の国税庁は6つの算定方法(この点では「OECD移転価格ガイドライン」通り)を定めています。
紹介本は実務において広く使われている“あるべき移転価格”の算定方法として、取引単位営業利益法(TNMM:Transactional Net Margin Method)を採り上げています。TNMMのポイントは、比較的簡単に情報を取れる、類似製品を扱う他社海外現地法人の客観的(幾つかの他社・一定期間の情報から適切に選ぶ)営業利益率をベースに“あるべき移転価格”を算定します。(詳細は紹介本をお読みください。)
移転価格税制は、適用ルールの差はあれ、どこの国に於いても適用されます。つまり、TNMMより低い仕切り価格で取引すると親会社サイドで、TNMMより高い仕切り価格で取引をすると海外現地法人サイドで移転価格課税リスクが発生します。
どこの国でも適用される移転価格税制ですが、「OECD移転価格ガイドライン」が在っても“グローバル基準”には成り得ていません。例えば、日本の移転価格税制では、「ガイドライン」で禁止されている納税者に比較対象取引が開示されない“シークレット・コンパラブル”が在ります(平成23年度税制改正で「守秘義務の範囲内でその内容等を説明する」に改正)。米国では、「ガイドライン」のTNMMに対し利益比準法(CPM: Comparable Profit Method )が主流の独立企業間価格算定方法になっています。CPMはTNMMと酷似した計算方法ですが、TNMMが取引単位の検証であるのに対しCPMは会社単位で検証する点が異なります。
一方関税(輸入)に関しては、上記親子会社間取引の例による場合、海外現地法人が“あるべき通関価格”より低く輸入した場合、税関当局から追加関税を受けるリスクが高くなる一方、海外税務当局からの移転価格課税リスクは減少します。逆に、海外現地法人が“あるべき通関価格”より高く輸入した場合、追加関税リスクは減少しますが、海外現地法人の税務当局からの移転価格課税リスクが高くなります。つまり、移転価格課税リスクと追加関税リスクはトレードオフの関係にあり、リスク・フリーの価格は移転価格と通関価格のハザマにあると言えます。
要は各国ルールによる“あるべき移転価格”“あるべき通関価格”による仕切り価格のみがリスクを避けられるのです。
国内外における移転価格課税、追加関税に臨機応変に対応するために、“あるべき移転価格”の算定方法の文書化と適切な改定が有用です(各国に文書化規定が存在/日本は租税特別法施行規則22条10)。
また、“あるべき移転価格”の算定方法の文書化は“あるべき通関価格”の対応にも有用です。それは、世界税関機構(World Customs Organization)が「関税評価及び移転価格に関するガイドライン(2018年)」を公布し、関税評価プロセスにおいて移転価格文書を利用する指針を示しているからです。
“あるべき移転価格”の算定方法につき、税務当局と事前に確認を取る事前確認制度(APA: Advance Pricing Arrangement)の活用も有用です。親子会社所属国の税務当局とそれぞれに行う必要があります(日、米、中、韓など約30ヵ国で可能/内国APAと呼称)。なお、2カ国以上にまたがる税務当局間の合意による事前確認を取る相互協議申立制度も在ります(租税条約を根拠とする/ニ国間APA、多国間APAと呼称)。
【巧い「国際税務戦略」】
“あるべき移転価格・通関価格”の重要性を理解いただけたと思います。従ってグループ全体で税率の低い国の海外子会社の利益を恣意的に増やす税務コストの削減は税務リスクを増やすのみです。
日本企業には唯一の巧い税務コスト低減策があります。それは“法人税の外国子会社配当金損金不算入制度”の活用です。
親会社、海外現地法人を含めたグループ全体で、税率の低い海外現地法人の利益を適法・適切に増やすことで、グループ全体の実効税率を低くする事が出来ます。
紹介本では「在外子会社の税率差異」により、「連結P/L実効税率」を引き下げている企業を紹介しています。どの様に実現するかは研究を要しますが検討の価値はあるのではないでしょうか。
- 更なるグローバル展開を志向する企業の意外な盲点は「国際税務」(むすび)
去る11月15日にRCEP(FTA+経済連携=EPA)が署名されました。日・中の初めてのFTA/EPAであり、日本企業のアジアにおけるグローバル化が一層促進されるのではないでしょうか。
一方GDPに対する輸出比率の世界平均は41.07%、輸出総額3位のドイツは46.1%。これに対し総額4位の日本は16.1%です。特に中小企業に於いて、欠如しているとされる“輸出したいという意欲・識見”を強化し、輸出潜在能力を発揮し、中小企業の輸出企業・中堅企業化、生産性の向上を計る好機と言えます(デービッド・アトキンソン「日本人の勝算」より)。
かかる輸出をはじめとする更なるグローバル展開を志向する企業の意外な盲点が国際税務ではないでしょうか。
紹介本により、国際税務のセンスを身に付け、更には国際税務の実務、実践のための領域に歩みを進めて行こうではありませんか。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。
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