周平の『コトノハノハコ』

作詞家・周平の作詞作品や歌詞提供作品の告知、オリジナル曲、小説、制作日誌などを公開しております☆

小説第5弾続編『夢の続きの夜行バス』~後編~

2015年05月17日 | 小説
10年前の上京とは訳が違う。

夢が叶う事が決定している上での上京なのだ。

上京したらとりあえずは二瓶のアパートに居候させてもらい、落ち着いたら自分でアパートを借りて、いやマンションを借りて、いやマンションを買って一人で住んでやろうと思う。

メジャーデビューすれば、自ずと大金も彼女も欲しいものは何でもセットで付いてくるに違いない。

一人の男との出会いがここまで人生を大きく変えるなんて…。

彼も一人では無力だった。俺も一人では無力だった。
お互いに長い年月を無駄に過ごしてしまった。

しかし、そんな二人が力を合わせれば、こんなにも簡単に夢は実現できるのだ。
これまでの10年間がバカみたいに思えた。

俺は一刻も早く東京に着きたい気持ちだったが、バスは焦らない。
栃木県内の佐野サービスエリアで2回目の休憩をとった。
俺と二瓶が初めて会話を交わした思い出の場所だ。
俺が気になった女の子との会話のチャンスを二瓶に妨げられた因縁の場所だ。

俺はさっさとトイレを済ませ、自動販売機でコーラを買い、バスへと戻った。

全乗客がバスへ戻ったことを乗務員が確認し終え、そろそろ発車すると思われた瞬間…

事件は起きた。

「おい!乗客を殺されたくなかったら俺の言うとおりにしろ!」と運転手と乗務員に向かって怒鳴る男の声がバスの前の方から聞こえた。

おいおい、嘘だろ? バスジャックか!?

その男は運転手に拳銃を突きつけ、こう言った。

「今から高速道路を逆走しろ!北へ向かってバスを走らせろ!」と。

おいおい、冗談じゃないぞ。

俺はこれから夢の実現に向かって東京へ行くのだ。
盛岡へ逆戻りしたところで、また無職の腐った俺に戻るだけだぞ!

それよりもバスジャック犯なんかに殺されて夢が終わるなんて冗談じゃない!!

だからとりあえずは運転手にバスジャック犯の言うとおりにして欲しかった。

バスはやがてゆっくりと動き出し、本当に高速道路を逆走し始めた。
そのバスを避ける反対側からやってくる車たちが窓から見える。

俺はこの状況がニュースになっているのか知りたくて、犯人に気付かれないようにこっそりとポケットからスマートフォンを出し、テレビのニュース番組を見た。

まだ夜明け前だが当然、緊急特番だ。

まさに俺が乗っているバスの上空を飛んでいるヘリコプターからの映像が流れている。

犯人が誰なのかはもう判明しているようで未成年ではないため名前も顔も公表されている。

どうやら犯人は犯行直前に日本のどこかでバスジャックを行うと警察に対して犯行予告を出していたらしい。

犯人は俺や二瓶と同い年で、岐阜県出身らしく、名前は「叶 歩夢(かのう・あゆむ)」というらしい。
犯行の動機は「俳優になりたいという夢がなかなか叶わない腹いせ」というふざけた理由だ。

頭にきた俺は思わず犯人に向かって叫んでしまった。

「おい、お前! 夢が叶わないからって他人にあたるなんて最低だぞ!」と、どうやら火に油を注いでしまったらしい。

すると犯人は、「なんだテメェ!殺されたいのか?」と俺に拳銃を向けながら怒鳴ってきた。

「夢はあきらめなければいつか叶うんだよ!!」と俺は燃え滾る炎の中にさらにダイナマイトを放り込んでしまったようだ。

「そんなの嘘だ!!何を根拠にそんな事を…」

「お、お、俺が根拠だ!!」

「はっ? ふざけてんじゃねぇぞ、テメェ!!」

犯人はそう叫ぶと、俺に向かって発砲した。

バーンッ!!

終わった。
今度こそ終わった。
やっぱり俺の夢は叶う事のないまま終わるんだ。
俺の意識はだんだんと薄れていった。

バーンッ!!

もう一発鳴った。
これでとどめだ。

でも今度はさっきの発砲の音とはちょっと違い、盛岡の実家の俺が今日まで3ヶ月間引きこもっていた部屋の引き戸を強く開ける音に聞こえた。

バーンッ!!

さらにもう一発鳴った。
もうどうせ死ぬんだから撃たなくても良いのに…

でも今度もまた最初と2回目の発砲の音とは違い、盛岡の実家で何もせずに3ヶ月間も引きこもっていた、どうかしている俺の頭を母が強く叩く音に聞こえた。

「ちょっとあんた! 何やってるの! 初日から遅刻するわよっ! 今日は3ヶ月もかけてやっと決まったバイトの初日でしょ! さっさと起きなさい!」

<完>

小説第5弾続編『夢の続きの夜行バス』~前編~

2015年05月16日 | 小説
俺は今、3ヶ月ぶりに夜行バスに乗っている。

3ヶ月前とは逆に盛岡から東京へ向かってだ。

理由も逆。夢の終わりではなく始まり。

いや、夢の続きと言った方が正しいだろうか。

理由を話すと長くなるのでやめておきたいが、その理由を話しておかないと読者は訳が分からないだろうし、前編後編に渡る予定のこの続編小説の尺が埋まらないので、やっぱりちゃんと話しておこうと思う。

3ヶ月前、あの夜行バスの中で出会った二瓶一之という同い年の男とFacebookでつながり、それから音楽話に花を咲かせた。

どんな音楽を聴くだとか、誰のCDを買うだとか、誰のライヴを観に行っただとか、どんなアイドルが好きだとか、どんな顔がタイプだとか、夜行バスで一緒だった女の子の事だとか…

もう後半は音楽とまるで関係ない。

やはりあの時、二瓶一之は仙台の実家に一時帰省していて、普段は東京に住んでいる。
コンビニで週6~7ペースでアルバイトをしながら。
やはり音楽活動でなかなか芽が出る事はなく…。

そんな彼でも俺より数倍マシだ。
俺は盛岡の実家に帰ってから3ヶ月無職だったのだから。

彼とつながってから3週間ほど経ったある日、彼から突然「ねぇ? 僕とユニット組まない?」と誘ってきた。

無職で暇な俺にとって、断る理由は「ちょっとウザい」以外には特に無かったので誘いに乗ることにした。

彼が曲を作り、俺が歌詞を書き、それを彼が歌い、俺がアレンジを加える。

そんな流れでわずか1ヶ月の間に4曲のオリジナル曲を作り、それを二瓶がいくつものレコード会社に売り込んだ。

その中の1社から「すぐにでも会いたい」と二瓶の元へ連絡が入った。

俺は盛岡に住んでるので、とりあえずは二瓶が一人で、そのレコード会社のプロデューサーと会ったのだが、その場ですぐにメジャーデビューを約束され、俺にも東京へ出てきて欲しいと言ってきたのだ。

そんなバカな? 
こんなにうまくいって良いのか?
怪しいレコード会社ではないのか?
と色々疑ったが、調べた結果怪しそうなレコード会社ではなかったし、こんなチャンスは俺にも二瓶にも二度とないだろう。

そんなわけで、俺は今、人生2度目の上京の夜行バスの中なのである。

そう、夢の終わりではなく、夢の始まりの、夢の続きの夜行バス。

(後編へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~最終章~

2015年02月19日 | 小説
違う、お前じゃない。

そんな風に誰かに言われた気がした。

自分の夢を叶えられるのは、ほんの一握りの人たちだけ。
そんな事は分かった上で俺は10年前に上京した。

でも、その一握りの中に自分が含まれていると本気で信じていた。

しかし…

違う、お前じゃない。

そんな風にあの街そのものに言われた気がして、こうして俺は今このバスに乗っている。

カーテンの隙間から朝の光が差し込みはじめ、バスは高速道路を降り、まもなく盛岡駅へと到着した。

時刻は朝の6時55分。
ちょっとだけ予定より遅れたが、そんな事はどうでも良い。
幸いにも、しばらくプー太郎になるであろう俺には彼女と今後の事について話し合う以外の予定が今日は組まれていない。

斜め後ろの席の例の彼女はトランクに荷物を預けているので、荷物の少ない俺は計算してわざとゆっくりとバスから降りる事にした。

彼女がバスから降りた事を確認し、残っていた2杯目のコーラを飲み干し、乗客の中で一番最後にバスから降りた。

すると彼女はトランクに預けている荷物を受け取る列の中にいた。

彼女が乗務員から返却された荷物は、東京と銘打ちながらも実際には千葉県にある某"夢の国"のおみやげがゴッソリ入っている、ネズミやアヒルのキャラクターたちが描かれた大きなビニール袋2つだった。

「え?」

大きなビニール袋2つを重たそうに両手に持った彼女が俺の方へ歩いてきて、
「先ほどはどうも。ご自宅は近いんですか?」と訊いて来た。

「あ、はい、まぁまぁ近いです… あのぉ、その荷物って、まさか…」

「はい、おみやげです♪ って言ってもほとんど自分が使うんですけどねっ!」

「じゃあ、夢の終わりって言ってたのは…」

「はい、東京に住む遠距離恋愛中の彼氏との夢の国での夢の時間が終わっちゃったなぁって♪」

「あ、そうなんだ… 遠距離恋愛か…」

「はい!でも来月には私も東京へ引っ越して同棲する予定なんです♪」

「そ、そうなんだ… それは良かったね…」

「それじゃあ、失礼します♪」

「うん、ありがとう… 気をつけて…」



さて、帰るか。

実家までは決して歩けない距離ではないので、両親に車で迎えに来てはもらわずに、頑張って歩いて帰ることにした。

というより、なんだか歩きたい気分なのだ。

歩いていないと気が狂いそうだった。

10年前から抱いていた夢と、昨夜の23時に抱いた夢がたった今、二つ同時に終了したのだから…


誰か俺を励ましてくれ。

電話でもメールでも同情でも金でも良いから何かくれ。



と、その時、携帯電話に1通のメールが入った。

連絡先の交換すらしていないさっきの彼女が何らかの方法で俺のメールアドレスを入手し、「やっぱりあなたの方が良いです!」なんていうメールを送ってきたのだろうか?

それとも3年前ぐらいに受けたのが最後である何らかの音楽系のオーディションの書類選考に通りましたという連絡が今さら来たのだろうか?

どちらもあるわけがないと思いながらも、微かな期待を胸に抱きながら俺はメールを開いた。

メール文にはこう書いてあった。

「二瓶 一之さんからFacebookの友達リクエストが届いています」と。

違う、お前じゃない。

<完>

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第7章~

2015年02月12日 | 小説
「あ、はい…」

「あのぉ… どちらまで行かれるんですか?」

馬鹿か、もうここまで来たなら盛岡しかねぇだろ!

「盛岡までです…」

「あ、そうなんですか… 実は俺もです。」

だから、ここまで来たら当然同じ行き先だろうが!

「なんていうか… 夢が終わって実家に戻るというか…」
なんか無理に話を盛り上げようと、俺は変な事を言い出してしまった。

「そうなんですね… 実は私もそんな感じです。夢の終わり、みたいな。」
彼女はしょんぼりした様子でそう返した。

「あ、そ、そうなんですか? 奇遇ですね。でも、荷物少なそうですよね?」

「あっ、トランクにも預けてあるので…」

「なるほど…」

なんかよく分からない会話をしてしまったが、もう日の出の時間かと思うほど、一気に光が射した気がした。

「あ、そろそろバスに戻らないとですね!」
彼女が明るい声でそう言った。

「そうですね、じゃあまた後ほど…」

そう言って俺と彼女はバスへと乗り込みお互いの席に戻った。

もうあいつもいないし、ひとつ前の席、いや、なんなら俺のすぐ横の8Cの席に来ちゃいなよ!って言いたかったところだが言えるわけはなかった。

バスは再び動き出し、盛岡駅には予定通り朝6時50分くらいに到着するとアナウンスがあった。

俺には今、新しい夢ができた。
これは「夢の終わり」じゃない。
「夢のはじまり」なのだ!

お互いに夢破れて傷ついた心を癒し合いながら二人で仲良く生きてゆけば良いではないか。

この小説のタイトルも今からでも『夢のはじまりの夜行バス』に変更してしまえば良い。

運転手の素晴らしい安全運転のバスの中、彼女からしたら完全無許可である俺の新しい夢だけが時速300キロぐらいで、もうすぐ夜明けを迎えようとしている宮城県内の高速道路を暴走していた。

(最終章へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第6章~

2015年02月05日 | 小説
マズイ、真横の席の男が目覚める気配が一切ない。
彼が寝過ごして盛岡まで行ってしまう事自体はべつにどうでも良いのだが、次のサービスエリアや盛岡でも俺の恋路を邪魔されたらたまったもんじゃない。

俺は自分の席を立ち、彼の肩を優しく叩きながら、小声で「仙台に着いたよ」と話しかけた。
それでも起きる気配がない。
おかしい。たしかに睡眠薬は飲ませていなかったはずだ。

今度はちょっと強めに肩を叩いて、「仙台だよ!仙台!」と周りの人達には迷惑だったかもしれないくらいの声で語りかけた。

すると、変な唸り声をあげながら、ようやく彼は起きた。

「あ、ありがとう。助かったよ。」

「いや、どういたしまして。」

「ねぇ、君、Facebookやってる? 良かったら僕と友達になってよ!僕、友達少なくってさぁ…」

「うん、いいよ…」

こうして俺達は、後でFacebookでお互いを検索できるように本名を教え合った。

違う、お前じゃない。
俺が仲良くなりたいのはお前じゃなくて、斜め後ろの席の女の子だ。
お前の本名など、どうでも良いのだ。

「それじゃあ!また!」
そう言って彼は元気にバスを降りていった。

果たしてあの彼にまた会う日なんて来るのだろうか?

再びバスが動き出し、車内は消灯された。
ここからが本当の戦いだ。

バスは仙台駅を出て、再び高速道路へ。
それから30分もしないうちに2回目の休憩タイム&チャンスタイムとなるサービスエリアへと到着した。

斜め後ろの席の女の子はまたしてもパッと目覚め、誰よりも先にバスを降り、トイレへと向かった。
なんて寝起きの良い子なんだろう。
きっと見た目だけじゃなく性格もステキなのだろう。
ちなみに「寝起きが良い=性格が良い」というのは俺の勝手な憶測である。

つい先日まで俺がアルバイトをしていたコンビニの早朝タイムのバイト仲間の女どもは皆、毎日寝起きが悪い様子で、性格も悪かった。

俺もすぐにバスを降り、用を足し、今度は自動販売機の前ではなく、バスの乗降口の近くで携帯電話をいじっているフリをしながら彼女がバスへと戻ってくるのを待ってみた。

3分ほどして、彼女が俺の方へ向かって歩いてきた。
正確には俺の方ではなく、俺の背後に停めてあるバスへ向かってだ。

「あのぉ… すみません…」
俺は勇気を出して彼女に話しかけた。

(第7章へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第5章~

2015年01月29日 | 小説
結局俺はコーラを、仙台の実家に帰省するという彼はオレンジジュースを自動販売機で買ってバスへと戻った。
もちろん例の女の子はすでに席に着いていた。

真横の席の男も盛岡まで帰るというのなら、もうこれ以上邪魔されないように、彼の飲むオレンジジュースに睡眠薬でも混入してやりたい気分だったが、幸い彼は仙台駅で降りるし、生憎俺は睡眠薬を持ち合わせていなかった。

休憩タイムが終わり、また恒例の何言ってるんだか聞き取れないアナウンスが流れたが、仙台駅と盛岡駅の間のどこかのサービスエリアでまた休憩タイムが与えられると言っているのはなんとなく分かった。

これがラストチャンスだ。
俺と同じ似非ミュージシャンの彼は仙台駅でバスを降りる。
もし彼女も仙台駅で降りるならば、そこでこの恋物語は終幕を迎えるが、もし彼女が盛岡駅まで行くのなら、次の休憩タイムに似非ミュージシャンの彼にさっきみたいに邪魔をされる事はない。
それに盛岡駅に到着してからも彼女に話かけられるチャンスがあるかもしれない。

再びバスが動き出し、やがて車内は消灯された。

真横の席の彼はすでに完全に寝る気の体勢に入っている。
休憩タイム中もずっと寝てくれていたら良かったのに…

さっきまでは全然眠れなかったが、さすがに俺も眠くなってきた。
次の休憩タイムまではだいぶ時間がある。
眠ってしまっても大丈夫だろう。

俺はカーテンにもたれ掛かるようにしながら目を閉じた。

深夜の高速道路を静かに滑るようにして走っていくバス。
とても心地が良い。

相変わらず斜め後ろの席の女の子の事が気になって仕方ないが、今度はちゃんと眠れそうだ。

不思議なものだ。
もうどうして自分がこのバスに乗っているかなんて忘れてしまっていた。

10年間、夢を追いかけながら住んでいた東京を離れ、今日からまた岩手の実家で暮らすというのに、全く実感が沸かない。

おそらく脳内の奥底では、斜め後ろの席の女の子と盛岡市内のアパートでも借りて同棲でもしてしまっているのだろう。

10年間追いかけた夢が叶わなかったから、今このバスに乗っているというのに、つい2時間くらい前に急に発生した一時的な病気のような夢が叶うと本気で思ってしまうあたりが、人間の… いや、男という生き物の… いや、馬鹿な俺のすごいところだ。

2時間近くは眠れただろうか。

どうやらバスは一旦高速道路を降り、もうすぐ仙台駅へと到着するようだ。

さよなら、仙台生まれの似非ミュージシャン君よ。

(第6章へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第4章~

2015年01月22日 | 小説
栃木県内の佐野サービスエリアで1回目のチャンスタイム… 
ではなく休憩タイムが15分だけ与えられた。

斜め後ろの席の女の子がすぐに席を立ってバスを降りていった。
きっとトイレに行くか、自動販売機か売店で何か飲み物でも買うのであろう。

俺もトイレに行きたかったし、気合注入のために飲み干してしまったコーラの代わりとなる飲み物を買わねばならなかった。

先に女の子がトイレに入って行ったとは言え、おそらく先にトイレを済ますのは男である俺の方だろう。
俺はさっさと用を足し、偶然を装い女の子と話せるチャンスを掴み取るために、男子トイレと女子トイレの入り口の間にある自動販売機の前で何を飲もうか長い時間迷っているふりを始めた。

人生に迷っている俺にとって、迷っているふりをする事など朝飯前である。

ちなみに飲む物はすでにコーラに決まっている。

それでも何を飲むか迷い続けているふりを続けていると、誰かに後ろから肩を叩かれた。
肩を叩いてきたのはまさかのまさか、バスの中で通路を挟んで真横に座っていた同い年くらいの男だった。

きっと俺が自動販売機の前を長時間塞いでいたから「さっさとしろよ!」的な事を言ってくると思ったので、俺も「すみません、お先にどうぞ」という準備をしていた。

しかし彼の口からは予想外の言葉が…

「ねぇ、君はどこまで帰るの?僕は仙台までなんだけど。」

違う、お前じゃない。

お前とどうでも良い事を話している時間は生憎俺には無い。

しかし無視をするわけにもいかず、
「あ、お、俺は盛岡まで…」

「そうなんだ。なんとなく君も音楽をやってるような雰囲気がしてさ。それで声かけたんだ。ごめんね、急に。」

「あ、いや、大丈夫だけど… っていう事は君も音楽やってるの?」

馬鹿か俺は。話を膨らませてどうする?
あの子がそろそろトイレから出てきてしまうぞ!

「うん、まぁ、あまりうまくはいってないんだけど。結局音楽なんて全然できてなくて、毎日バイトばっかりだよ。」

その後もそいつは話し続けたし、俺も相槌を打ち続けたが内容はほとんど覚えていない。

ただ、その会話の途中で目当ての女の子が俺達の真横を通り過ぎてバスに乗り込んでいくのだけは、横目でしっかりと確認できた。

俺にとって、チャンスが目の前を通り過ぎていくのをただ眺めているという事など朝飯前である。

(第5章へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第3章~

2015年01月15日 | 小説
どうやらこのバスを予約していた人達全員がバスに乗り込み席に着いたようだ。
恒例の乗務員の何言ってるんだか聞き取れないアナウンスが流れる。
おそらく途中で2回ほど、どこかのサービスエリアに止まりますよ的な事を言っている。

やがてバスがゆっくりと動き出した。

もう後戻りはできない。いや、ある意味これが後戻りなのかもしれない。

俺の夢は終わったのだ。

いや、もうそんな事はどうでも良い。
今は斜め後ろの席に座っている女の子が気になって仕方ない。
しかし、横ならともかく斜め後ろなんて見ていたら明らかに怪しすぎる。

バスが走り出してから間もなくして高速道路に入ったらしく、同時に車内が消灯された。

もう真っ暗で真横の男も、斜め後ろの女の子も、俺の明るい未来も見えない。

次に車内が少しでも明るくなるとすれば、どこかのサービスエリアに止まる時だろう。
そこまでの辛抱だ。

それに、サービスエリアでバスから降りれば、あの女の子に話しかけられるチャンスがあるかもしれない。

その時間まで少し眠ろうかと思ったが、本当に夢をあきらめて下京する事に対する「後ろめたさ」のようなものと、斜め後ろの席の女の子が気になって仕方ない「後ろ見たさ」と、このままサービスエリアに止まった事に気付かずに寝続けてしまったらどうしよう?という恐怖でなかなか眠れなかった。

暇つぶしにカーテンをチラッとめくると、高速道路のオレンジの電灯が早いスピードでいくつも横切っていく。
この10年間、東京で経験した色んな出来事がそれに重なる。

幾度の挫折、幾度の失恋、幾度のバイトの面接、幾度の不採用、幾度の家賃滞納、幾度の大家からの催促…

「夢はあきらめなければ必ず叶う」

高校の時の担任が言ってくれたこの言葉は嘘だったんだ。
いや、違う。
俺は今あきらめた。だから叶わずに終わるんだ。
一体何年間あきらめなければ夢は叶ったのだろう?

15年? それとも20年? まさか30年?

それは高校の担任も、東京で出会った人達も、Yah●●!知恵袋も結局教えてはくれなかった。

それまでとバスの動きが明らかに変わった。

どうやら1回目の休憩となるサービスエリアに到着したようだ。
勝負の時だ。
きっとこの10年の間にも何度もあったはずの。

俺はカバンの中でぬるくなってしまったコーラの残りを一気に飲み干した。

(第4章へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第2章~

2015年01月08日 | 小説
「えーと… お客様は… 8のDですね。」

乗務員にそう言われてバスに乗り込み、自分の席である8Dの席を探した。
そして見つけたその席は運転席とは逆サイドのバスの後輪の真上あたりの窓際の席だった。

特に正月でもゴールデンウィークでもお盆休みでもないので席には余裕があって、俺は8Dの席と、その隣の8Cの席の両方を使うことができた。

唯一の荷物である肩掛けのバッグを通路側の8Cの席に置き、俺は窓際の8Dの席に腰をおろした。
夜行バスなのでカーテンは閉まっているが、それをめくると必死に自分の乗るバスを探している人達の姿が見える。

きっとここにいる人達は旅行の帰りだったり、帰省ラッシュ時を避けての帰省だったりで、俺みたいに夢破れて下京する人なんていないのだろう。

だんだんと車内の席が埋まってきた。

ふと横に目をやると、通路を挟んだ8Aと8Bの席に、俺と同い年くらいの男が座っていた。
荷物は俺と同じくらい少なめのようだ。
もしくはトランクに預けているのかもしれない。
たぶん一時的な帰省なのだろう。
俺と同じく実家は岩手なのだろうか?
それともこのバスが途中で停まる仙台なのだろうか?
べつにどっちでも良いはずなのだが妙に気になってしまう。

こいつにも何か夢があるのだろうか?
それは叶っているのだろうか?
まだ叶っていなくてもあきらめずに追いかけていくのだろうか?

しかし数秒後にこいつに対する興味は一切無くなった。

バスの前の席の方から一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。

やはり荷物は小さめのハンドバックひとつと少なめだ。

おそらく20代前半、俺よりもいくつか年下であろう女性で、
おもいっきり俺のタイプの女性だった。

その子の容姿を最も分かりやすく説明するならば、秋葉原でも栄でも難波でも博多でもなく、乃木坂といったところだ。

しかし、その子の表情はどこか疲れていて寂しそうでもあった。
まさか俺と同じような事情でこのバスに乗り込んだのだろうか?

彼女はさっきまで俺が興味を示していた男の後ろの席、つまり9Aと9Bの席に腰を下ろした。

隣の男が間違って彼女が座るべき8Aと8Bの席に間違って座っていて、実際には2人の席は逆である事を神に祈った。

しかしこの10年間、一度も神が俺の味方をしてくれた事などなかった事を思い出して、俺は再び窓際のカーテンをめくり上げ、弱いため息を吐いた。

(第3章へ続く)

小説第5弾『夢の終わりの夜行バス』~第1章~

2015年01月01日 | 小説
違う、お前じゃない。

そんな風に誰かに言われた気がした。

自分の夢を叶えられるのは、ほんの一握りの人たちだけ。
そんな事は分かった上で俺は10年前に上京した。

でも、その一握りの中に自分が含まれていると本気で信じていた。

しかし…

違う、お前じゃない。

そんな風にこの街そのものに言われた気がした。



夜の東京。
もうすぐ今日も終わろうとしている23時過ぎ。
都会のド真ん中にある大きな街の大きな駅の近くにあるバスターミナル。

大きな荷物を抱えたり引っ張ったりしてる人達で溢れている。

そんな中、圧倒的に俺の荷物は少ない。
それほど大きくない肩掛けのバッグに、さっきコンビニで買ったばかりのコーラのボトルや、たいした残高じゃない貯金通帳、スマートフォンの充電器などが入っているくらいだ。

一人暮らししていた小さなアパートの小さな部屋に置いてあった僅かばかりの家具や家電製品は廃棄処分したり、先に宅急便で岩手にある実家に送ってしまっていた。

そして上京した時には一番大きな荷物だったはずの『夢』はこの街のどこかに置いてきてしまっていた。

どこかでいつの間にか消えてしまっていたと言った方が正しいのかもしれない。

高校を卒業してすぐに、プロのミュージシャンになるという大雑把な夢を抱いて、俺は岩手から上京した。

あれから10年……

東京で知り合った友達といくつかバンドを組んだりしたのだが、全く芽が出ずに今日を迎えている。

べつに両親から「そろそろあきらめて帰って来い」と言われたわけでもなければ、「そろそろ結婚しなさい」とか言われたわけでもない。
そもそも俺には結婚できるような相手もいない。

自分で決めたのだ。

もうこれ以上、コツコツとアルバイトをしながら、毎月やっとやっとでアパートの家賃を払い続け、今後叶う可能性の低い夢を追いかける必要性というかメリットというか、何よりもモチベーションが自分の心の中に見当たらなくなってしまったのだ。

何台ものバスが止まったり動き出したりするバスターミナルの中に、自分が乗るべきバスをやっと見つける事ができた。

岩手の盛岡駅行きのバス。

あれに乗れば俺の夢は完全に終わるのだ。やっと楽になれるのだ。

(第2章へ続く)

小説第4弾『この道の先には』~最終章~

2014年02月25日 | 小説
国道は平日とは思えないほど渋滞していた。
そこで将平くんは脇道へと車を進めた。
国道より圧倒的に細く、通りにくそうな道だが、他に車は全く走っておらず、人もほとんど歩いていない一本道だ。

「あれっ? ブレーキが…」
ボクが知る限り、これまでで最もか細い声で彼はそう言った。

「えっ? どうかしたの?」
ボクは訊いた。

「やばい! ブレーキが効かない!!」

「うそ? マジで!?」

「ちょっと待てよ… たしかこの道の突き当たりって、コンビニがあったよな?」

「それじゃあ、まさか…」

「俺たちはコンビニに車で突っ込まれる側じゃなくて、突っ込む側だったって事か?」

「そ、そんな…」

そうしているうちに車はどんどんと一本道の突き当たりにあるコンビニへと近づいていった。

「ダメだ… 止まらない…」
将平くんのか細い声の記録がまた更新された。
そして彼はあきらめたかのようにハンドルから手を放した。

「やっぱり運命は変えられなかったのか…」
ボクも助手席でうつむきながらつぶやいた。

死にたいと思っていた。
死んでしまいたいと願っていた。
どうしたら楽に死ねるだろうと考えていた。
1週間前までは。

それが将平くんと出会えた事で180度変わった。
人生で最高の友達ができた。
人生で初めて心から「生きたい」と思えた。

"この道の先には光がある"
そう言い切れるまでになった。

だが今、"この道の先にはコンビニがある"

次の瞬間…

「ドーン!!」という凄まじく大きな音がした。

終わったのだ。何もかも。

もうここは天国なんだなぁと思いながら2人が目を開けると、一人の男がその体ひとつで車を止めていた。

「えっ?」
ボクと将平くんは全く同じタイミングで言った。

車はコンビニの窓のわずか1メートルほど手前で完全に停止していた。
体ひとつで車を止めた男が運転席側の窓をノックして、将平くんに窓を開けるように促した。

将平くんが窓を開けると、その男は、

「ちょっと! 困るよ! 車で突っ込まれたりなんかしたら。ここは僕の大事な職場なんだよ!
こっちはギリギリの生活なんだから、この店が営業停止にでもなったらたまったもんじゃないよ!」

と、大声で怒鳴ってきた。

その男の左胸のネームバッジには「二瓶」と書かれていた。

※二瓶…小説第1弾~第3弾参照。

死にたいと思っていた。
死んでしまいたいと願っていた。
どうしたら楽に死ねるだろうと考えていた。
そう。将平くんと出会うまでは。

そして、きっと死んでいた。
そう。二瓶という男と出会わなければ。

(完)

小説第4弾『この道の先には』~第7章~

2014年02月18日 | 小説
3日後。

2014年2月25日(火曜日)

ついに運命の日がやってきた。

「あなたの最期占い」というなんとも胡散臭いスマホアプリで、
「2014年2月25日(火曜日)に某コンビニエンスストアに車が突っ込むという事故で死ぬ」と占われてから1週間。

死にたいと思っていた。
死んでしまいたいと願っていた。
どうしたら楽に死ねるだろうと考えていた。

彼と出会わなければ、きっとそのまま今日という日を迎えていたに違いない。
おそらく喜んでコンビニへ立ち読みに向かっていたであろう。

でもその立ち読みは彼に言われた通り、ちゃんと昨日の月曜日に済ませた。
無論、彼に言われなくても毎週そうしてきたのだが。

ボクの住むアパートの前で車のクラクションの音がしたのは、ちょうど正午をまわったくらいだった。
将平くんが約束どおりボクを迎えに来てくれたのだ。

「おはよう!」

「おはよう!今日はよろしく!」

もう二人の間のタメ口は完全に自然になっていた。

ボクが助手席に乗り込み、シートベルトを締めると、

「いよいよだね。でも絶対大丈夫だよ!コンビニにさえ行かなければ絶対に事故には巻き込まれないんだから。」

「大丈夫かな? 体が勝手に動き出してコンビニへ向かったりしないかな?」

「大丈夫さ!大丈夫!きっと大丈夫!」
将平くんはそう力強く言い放った。

「さぁ、行くよ!」

「うん。」

そして車は動き出した。

必ずやって来るはずのボクと将平くんの明日へ向かって。

"この道の先には光がある"
今ならそう言い切れる気がした。


(最終章へ続く)

小説第4弾『この道の先には』~第6章~

2014年02月11日 | 小説
2014年2月22日(土曜日)

ボクと彼が死んでしまうと占われた日まで、あと3日となった。

その日の夜8時を過ぎた頃、彼はボクの部屋にやってきた。

「本当に狭い部屋だなぁ」とは彼は言わなかったけれど、そう言いたそうな顔でボクの一人暮らしの部屋へと入ってくれた。

「では早速、作戦会議をはじめようか?」

「そうですね。」

「あ、もうお互い敬語はやめようよ! 昨日、"友達"って言ってもらえてすごく嬉しかったんだ。俺の方が2つ年上だけど、気にしないで良いから!」
彼はそう言ってくれた。

「はい… あ… うん…」
ボクは嬉しさと驚きで情けない返事になってしまった。

不思議なものだ。

つい数日前まで友達なんか一人もいなくて、早く死んでしまいたくて、でも死ぬ勇気も無くて、だから自分が死ぬ時期を知りたくて、「あなたの最期占い」をやって、その結果をツイッター上でつぶやいたら、全く同じ占い結果が出た人に出会えて、その人と友達になれて、そして今じゃもう死にたくないと思っている。

「とりあえず25日の火曜日は絶対にコンビニには行かない事だね。そうすれば事故に巻き込まれる事もないよね。」

「そ、そうだね。」
ボクの彼に対するタメ口はまだどこかぎこちない。
「ボクが決まって雑誌の立ち読みをするのは毎週月曜日だから、火曜日にコンビニに行く事は無いかな。よほど何か買い忘れて、すぐに必要な物でも無ければ…」

「なるほど。じゃあ食料とかは今から十分に買い置きしておいた方が良いね。あと雑誌の立ち読みも月曜のうちに絶対に済ませる事!」

「うん。分かった!」

彼は言葉を続けた。
「そして君は当日、ずっとこの部屋に引きこもっていた方が良いよ。」

「うん。引きこもる事には慣れてるよ。でもさすがに自分が死ぬといわれてる日に一人でいるのは心細いかなぁ。将平くんも一緒に居てくれない?」

「いや、俺はその日、隣の街のライヴハウスでライヴがあるんだ。だから一緒には居られない。もちろん俺も当日は絶対にコンビニには行かないようにするよ。」

「じゃあ、そのライヴ、ボクも一緒に行って良いかな?」

「もちろん!大歓迎さ!俺が機材とか運ばなきゃいけないから、俺の車で一緒に隣の街まで行こうよ!」

「うん。」
ボクの彼に対するタメ口もだいぶ不自然さが無くなっていた。

(第7章へ続く)

小説第4弾『この道の先には』~第5章~

2014年02月04日 | 小説
2014年2月21日(金曜日)

夜の7時、家の近所にある居酒屋の前でボクはスマホをいじりながら将平さんが来るのを待っていた。

「あ、どうもはじめまして!将平です。遅れちゃってすみませんでした。」
彼は約束の時間を5分ほど過ぎてボクの前に現れた。
彼はギターが入っていると思われるケースを背負っていた。

「いえいえ、とんでもないです… どうも、はじめまして…」
バイト中を除けば久々の人間との直接の会話だったので、その先の言葉が続かなかった。

すると、それを悟ったかのような彼が
「じゃあ、お店に入りましょうか?」と言ってくれた。

「そ、そうですね…」

2人とも生ビールを注文した。
その後、ほんの数秒間だけれど、ボクにとってはとても長く感じる沈黙が流れた。

「今日はお仕事はお休みなんですか?」
彼が沈黙を破ってくれた。

「あ、はい。」

「俺も今日は仕事が休みで、さっきまでバンドでスタジオ入って練習してたんです。」

「将平さんはバンドをやってるんですか?」

「はい。バンドでギターやってます。」

ちょっとだけ会話が弾み始めた。
その後はしばらく当たり障りの無い会話が続いたが、やがて彼の生ビールが3杯目に突入した辺りから、本題へと入っていった。

「絶対に死にたいなんて思っちゃダメですよ!そりゃ死んだ方が楽だと思ってしまうような瞬間は俺にも時々ありますけどね。」

「そうですよね…」

「もし不幸な出来事とか、不運な事が続いたりした時は、これからその分も自分は幸せな思いをしなきゃ損だ!死んでたまるか!って考えるようにしてるんです。」

「なるほど…」

真剣な彼の言葉たちに対して、ボクは失礼なほど少ない返事しか用意できなかった。
それでも彼は怒ったりしないで真剣に話を続けてくれた。

そして、普段は全くビールなんて飲まないボクが、彼の強い勧めで生ビール2本目に突入すると、やっとボクも今の本音を吐き出せた。

「今は将平さんっていう、その… 友達って言ったら失礼なんですけど… 心強い仲間ができたような気がしてるので、だんだん死にたいなんて思わなくなってきました。」

「それなら良かった!ボクも嬉しいよ!」

居酒屋での飲み代は彼が全部出してくれた。

「なんか、ご馳走になっちゃってすみません。」

「いや、全然大丈夫!」

「もし良かったら明日ボクの家に遊びに来ませんか? 狭い部屋ですけど… 
やっぱりボク… 死にたくないんです! 来週の火曜日に2人とも死なないように明日一緒に作戦を立てませんか?」

「おっ!イイネ~!作戦会議かぁ。」

ボクと彼は翌日の夜も会う約束をして、その日は別れた。

信じられない。
ボクの口から「死にたくない」なんていう言葉が出るだなんて。
3日前では到底考えられなかった事である。
これが酔った勢いで出た言葉じゃない事を祈るばかりだ。

(第6章へ続く)

小説第4弾『この道の先には』~第4章~

2014年01月28日 | 小説
2014年2月20日(木曜日)

彼は、彼だけはボクを無視しなかった。
「はじめまして。同じ占い結果が出たなんてビックリです!
でも俺はあんなの信じないですけどね♪ 
こちらもフォローさせていただきました!よろしくお願いします!」

ボクがツイッターを始めて約1年。初めてリプライをもらえた。

「フォローありがとうございます!ボクは訳あってあの占い結果を信じてます。
っていうか当たってほしいんです。」
ボクは彼にそう返した。

「えっ? 何でですか? あなたは死にたいんですか?」

「はい… だってこの先生きてても良い事なんて無いかもしれないですし…」

「そんなの俺だって同じですよ!とりあえずDMでお話ししましょうか?」

「はい。よろしくお願いします。」

※DM…ダイレクトメッセージの略。ツイッター上で自分をフォローしてくれている相手に他のユーザーには見られないメッセージを送る事ができる。つまりお互いにフォローし合っていればメールと同じように他者には見られずに言葉のやり取りができるようになる。

死にたいなんて馬鹿な事を言うボクに対して、彼は真剣に向き合ってくれた。

それからボクと彼はしばらくDMでやり取りをした。

彼はボクを説教もしたし、説得もしてくれた。

彼がボクより2つ年上の方だという事も分かった。

そして、やっぱりボクと彼の家が近所であるという事や頻繁に利用するコンビニが一緒である事が分かったので、互いに連絡先を交換し、明日の夜に近所の居酒屋で直接会って話してみようという事になった。

しかし家が近所という事や利用しているコンビニが一緒という、やっとボクにも友達ができたかのような嬉しいそれは、ボクと彼に出た占い結果が本当に当たるという可能性をさらに増やしてしまうものでもあった。

増やしてしまう…?

不思議なものだ。

今のボクは「死ぬ事」=「悲しく残念な事」というような大多数の人間が持っているであろう認識に限りなく近いものを持ち始めていた。

(第5章へ続く)