~Cat walk~

海猫さん家の日常+

大地震!!どういう状態かお写真載せますね・・・

2011-03-11 23:20:48 | 日記
本日のお天気は晴れ一時雨


今日も良いお天気で、ニャンズは日光浴をしていました。

大地震が無ければまったりでした。


ランラン2階でほなたぼっこ♪








シャモンも気持ちよさそうです♪








ディーナも♪








これから日が当たってくる予定でしたが、







嫌な雲が出てきました・・・これが14時30分ジャストの空








この後に地震が来ました!!

少し揺れて終わるのかと思ったら、ガッと揺れ、その時は

これで終わるだろうと思っていたら、物凄いのが来ました!

テーブルの下に潜り込み、近くにいたLizちゃんを抱えながら

テーブルの脚にしがみつき、頼むからもう止めて!!!と

心の中で叫びました。

家が壊れてしまうんじゃないかというくらい揺れました(涙)

怖かったです!!!

今でも短い間隔で揺れています。

多分今日は寝る事が出来ないと思います・・・

今現在、水だけがでていません。


自宅はそんなに被害は出ていません。








外の状況を見にでたら、液状化で大変な事に!

















道路も段差が出て、道路とのつなぎ目が広がって側溝のようになっています。

道路も亀裂が入り、ぼろぼろ状態です・・・
















我が家の別邸・・・悲しいです(涙)





















近くの中学も液状化で校庭に水が溜まっています。








小学校も・・・








ここが避難所なんですけど・・・




市原のコンビナート、最初は火が小さかったのですが、

爆発して火が立ち上りました。








学校に止まっていた車








まだまだ余震が治まらない状況です。

斜めになってしまった家もあります。

次に大きな地震が来たら、壊滅状態になるかも知れません。

駅方面も自転車で走れないほど、道路がぼこぼこ。

電柱は倒れひどい状態だと聞きました。


ディズニーも大混乱したみたいです。

こちらより後に埋め立てられた場所に立っていますので、

被害状況はひどいのではないかと思います。


親が帰ってこれないので、保育園など小さなお子さんが

親にも会えずお家に帰れません。

娘は早くレポートができたので、早く家に帰って来ていましたが、

終わっていないとか部活の子は、現時点で安全確保の為、

学校にお泊りになりました。


我が家は家族がそろっていたので良かったです。

あ、お外のニャーニャーが行方不明です(涙)

海猫はとりあえず大丈夫です。

苦労してお電話下さったり、心配して頂きありがとうございました!



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出島★ミニ出島~長崎市内移動★

2011-03-11 10:14:24 | お出かけ
期間限定などで全然紹介できない長崎ですが、

時間がかかっても記録として残しておきたいので、

お付き合いお願いします♪


出島についてはこれが最後になります。

色々な石碑などは前にUPしましたが、

そちらを通り抜けるとミニ出島を展示している場所にでます。




水門からみた出島








シーボルトが薬草園を作った場所に、15分の1に縮小された

出島の模型があります。

川原慶賀が描いた『長崎出島之図』を参考に、再現したもの。


幕府のキリスト教禁止政策により、新教国で布教活動を行わないと

誓ったオランダが貿易権を獲得しました。



出島にかかる橋








幕府がキリスト教の布教と植民地化を避けるために、ポルトガル人を国外追放としたため、

出島は無人状態となりました。

その後、出島築造の際に出資した人々の訴えにより、1641年に平戸(ひらど、現在の平戸市)から

オランダ東インド会社の商館が移され、武装と宗教活動を規制されたオランダ人が居住することになりました。

以後、約200年間、オランダ人との交渉や監視を行いました。




出島の配置図








ペリー来航によって日本が開国されることになった翌年の1855年(安政2年)に

日蘭和親条約締結によってオランダ人の長崎市街への出入りが許可されます。

1856年には出島開放令と共に出島の日本人役人が廃止され、3年後の1859年には、

出島にあったオランダ商館も閉鎖され、事実上「出島」としての存在意義は失われました。



反対から見た出島と橋








1859年(安政6)の開国まで218年間、西洋への唯一の窓口となった出島は、

1883年(明治16年)から8年間にわたって行われた中島川河口の工事によって北側部分が削られ、

1897年(明治30年)から7年にわたって行われた港湾改良工事によって

その周辺を埋め立てられ、島ではなくなりました。





現在復元中の出島はこの模型同様に1820年代の出島がモデルです。

現在の薬草園跡には、シーボルトがオランダに持ち帰った植物が

里帰りして木々を繁らせています。


出島の入口近く、、出島史料館本館横にはデジマノキがある事を、

ご紹介しました。

東南アジアの島々に自生するナンヨウスギ科の常緑高木で、

日本では唯一出島にしかない“デジマノキ”ですが、

海猫は見落とししたのか気づきませんでしたが、

デジマノキを挿し木した子どもも、薬草園跡スクスクと育っていそうですよ♪




横から見た出島









出島では原則として、日本人の公用以外の出入りが禁止され、

オランダ人も例外を除いて狭い出島に押し込められました。

でも、医師・学者としての信頼が厚かったシーボルトなどは、

外出を許されていました。


出島からもたらされる書物は、医学、天文暦学などの研究を促進させ、

蘭学を通して生じた、合理的思考と自由・平等の思想は幕末の日本にも

大きな影響を与えたとか。





出島って奥が深いですね!

学校で日本史を習ったはずですが、ちゃんと解っていなかったみたいで、

今回出島に行ってみて、記憶している事が横につながったというか、

関連性が解りました(^^)d



左手がミニ出島です








駐車場に戻ったら、停めた時に出会ったニャンコが居ました♪








橋の下は風があたるので、ここに避難していたのか、

それとも、ご飯を運んでくれる人を待っていたのかな?




車中より出島の水門を外から撮りました








これからグラバー亭方面に移動です!



出島海岸通りを行くと、出島からすぐの所にヘリが出現!








長崎防衛支局だそうで、

この小型のヘリは火山噴火の時に活躍した型だそうです。








更に走ると、山が見えてきました♪








ちゃんぽん発祥の店、四海樓(しかいろう)








明治32年開業のちゃんぽんと皿うどんのお店です♪




こちらの洋館風の建物は銀行です♪









長崎の建物って横浜に似ています♪

長くなってしまうので、今日はここまでですが、

この後、大浦天主堂からグラバー亭を回ったのですけど、

何処まで載せられるのかな~?

その前に、いつ載せられるかのほうが問題かも!?(笑)

宜しければ見に来て下さいね(^_-)-☆


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