昨日行った街は通算何十年も通っている街。
だから景気の良い時悪い時も知っている。
現在は景気の底状態が続いている感じだったが、それでも人々の行き来はそこそこある。
そこそこあるが、だからといって誰もがものを買うわけではない。
お店の中はどこもまばらだ。
「ここがこんな状態になるんだねぇ」と思うような淋しさは昔を知っている年寄りだけだ。
思えばあの頃の世の中は”消費者の時代”などと言われていたのだけど、それも今になって思うと、企業の思惑で動く便利な”やつら”程度の認識で扱われていたのだろう。
だから企業の提案した消費スタイルを忠実に実行することで企業の業績が上がり、あたかも消費者が王様の地位に登りつめた錯覚を与えて”満足度”を高めた。
それがスーパーストアの展開であったのだろうが、今はどこも売り上げ低迷に泣いている。
そうなってようやく購買者が主役になったと言えるのではないか。
売りたい側の思惑など気にせず、欲しいものを欲しい時に欲しい値段なら買うという当たり前のことが、企業側が口にした当時とは違い、現在は購買者が口にしているのだ。
その結果、言い出しっぺの企業の業績は落ちて、購買者は慎ましくものを買う。
まさしく購買者が主役になったのだ。
消費者などという企業目線の呼び名ではなくなり、たとえとして使う購買者などという別の呼び名が主役に与えられる時代になったということだ。
さて、購買者でなくても、どんな名称が”我々”に適しているのだろうか。
五個荘 陣屋通り
滋賀県東近江市五個荘金堂町
撮影 2014年12月13日 土曜日 15時55分
だから景気の良い時悪い時も知っている。
現在は景気の底状態が続いている感じだったが、それでも人々の行き来はそこそこある。
そこそこあるが、だからといって誰もがものを買うわけではない。
お店の中はどこもまばらだ。
「ここがこんな状態になるんだねぇ」と思うような淋しさは昔を知っている年寄りだけだ。
思えばあの頃の世の中は”消費者の時代”などと言われていたのだけど、それも今になって思うと、企業の思惑で動く便利な”やつら”程度の認識で扱われていたのだろう。
だから企業の提案した消費スタイルを忠実に実行することで企業の業績が上がり、あたかも消費者が王様の地位に登りつめた錯覚を与えて”満足度”を高めた。
それがスーパーストアの展開であったのだろうが、今はどこも売り上げ低迷に泣いている。
そうなってようやく購買者が主役になったと言えるのではないか。
売りたい側の思惑など気にせず、欲しいものを欲しい時に欲しい値段なら買うという当たり前のことが、企業側が口にした当時とは違い、現在は購買者が口にしているのだ。
その結果、言い出しっぺの企業の業績は落ちて、購買者は慎ましくものを買う。
まさしく購買者が主役になったのだ。
消費者などという企業目線の呼び名ではなくなり、たとえとして使う購買者などという別の呼び名が主役に与えられる時代になったということだ。
さて、購買者でなくても、どんな名称が”我々”に適しているのだろうか。
五個荘 陣屋通り
滋賀県東近江市五個荘金堂町
撮影 2014年12月13日 土曜日 15時55分