Nonsection Radical

撮影と本の空間

6月5日 金曜 緊急宣言

2015年06月05日 | Weblog
思った以上に深刻な状況に、心を改めて仕事に取り組むことに。
与えられた役割は、不具合の流出を止めること。
止めること。
なくすことではなく、止めること。
そこが先が見えずにツライところ。
まあ世の中そんなものさ。 orz



明治公園からの街並み
東京都新宿区霞ヶ丘町
撮影 2014年8月11日 月曜日 16時50分
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6月4日 木曜 脱走

2015年06月04日 | Weblog
家人が帰宅した時、ニャ~ンとニャンコの鳴き声がして、お出迎えと思ったら足元にいたという。
脱走していたのだ。
家の各所を調べると、玄関脇の格子窓の網戸が開いていたという。
ニャンコは大変賢くて、網戸は簡単に開けてしまう。
だから固定してあるのだけど、この窓の網戸は固定していなくて、危ないなぁとは思っていたのだ。
satoboが帰宅した時には、家の中からお出迎えしたのだけど、見ると首輪がない。
どこかで引っ掛けて外れてしまったのだろう。
そういう事故があろうかと、首輪はゆるく、いつでもすぐに外れるように余裕をもたせている。

お出迎えはしたけど、いつもの元気はなく、すぐに寝てしまう。
いつ脱走したのかはわからないが、飲まず食わずで外で過ごし、疲れてしまったのだろう。
これで懲りて、もう脱走しないでもらいたいが、懲りることがないのが猫のいいところなのだ。



俵町の街並み 2
岐阜県大垣市俵町,郭町3丁目
撮影 2014年12月23日 火曜日 12時35分
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6月3日 水曜 染め替え

2015年06月03日 | Weblog
いない間に変わってしまったあれこれを自分仕様に少しずつ染め替えている。
人それぞれ好みがあるので、他人にはなんとなくしっくりいかない部分があって、それを”主”になった者が変えていくのだけれど、少しずつだけど気がつくたびに変えていき、いつの間にか自分仕様が出来上がる。
今のところは「石鹸」とか、ペーパー類だけど、今日雨が降って、クルマを運転中にウインドウが曇り、拭き取ろうとしたらタオル類がなかったことで、自分のクルマがいつの間にか他人様仕様になっていたことに気がついた。
クリーナー関係もなく、つまりクルマの中外をまったくキレイにしないで平気な人が乗っていたわけだ。
と言っても、自分だってクルマを洗ったりはしない。
運転に支障がないように、ウインドウとミラーとライトをキレイにするだけだ。
そうしないと運転しにくいからね。

同様に”ニンゲン”も自分仕様に染め替えられればいいのだけれどと考えるけど、よく考えれば、自分と同じような考えをする他人が近くにいるというのも気持ち悪いものだ。
やはり不便でもいろいろな考えの人がいる方が精神的に楽かもしれない。



美濃輪商店街 2
静岡県静岡市清水区美濃輪町
撮影 2014年12月27日 土曜日 13時25分
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6月2日 火曜 テッペンカケタカ

2015年06月02日 | Weblog
朝早く起きての仕事になり、午後10時ともなれば寝る時間になってしまった。
早くは寝るのだけれど、2時間ごとに目が覚めての繰り返しで、どうもスッキリしない。
それにずっと気になっていたことがあって・・・
午前3時ごろから、外で「テッペンカケタカ」と”声”がするのだ。
こんな深夜に誰かが起きているのか、何か起きているのかと心配になっていた。
で、調べてみたら「ほととぎす」だという。
でも午前3時だよ。
午前3時のほととぎすかよ。
何か納得がいかない気分だ。
でもまあ、そうなら安心して眠れる。
ああ、もう眠い。



瀬谷駅前サンロード商店街
神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷4丁目
撮影 2014年12月30日 火曜日 10時40分
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6月1日 月曜 消費者

2015年06月01日 | Weblog
昨日行った街は通算何十年も通っている街。
だから景気の良い時悪い時も知っている。
現在は景気の底状態が続いている感じだったが、それでも人々の行き来はそこそこある。
そこそこあるが、だからといって誰もがものを買うわけではない。
お店の中はどこもまばらだ。
「ここがこんな状態になるんだねぇ」と思うような淋しさは昔を知っている年寄りだけだ。
思えばあの頃の世の中は”消費者の時代”などと言われていたのだけど、それも今になって思うと、企業の思惑で動く便利な”やつら”程度の認識で扱われていたのだろう。
だから企業の提案した消費スタイルを忠実に実行することで企業の業績が上がり、あたかも消費者が王様の地位に登りつめた錯覚を与えて”満足度”を高めた。
それがスーパーストアの展開であったのだろうが、今はどこも売り上げ低迷に泣いている。
そうなってようやく購買者が主役になったと言えるのではないか。
売りたい側の思惑など気にせず、欲しいものを欲しい時に欲しい値段なら買うという当たり前のことが、企業側が口にした当時とは違い、現在は購買者が口にしているのだ。
その結果、言い出しっぺの企業の業績は落ちて、購買者は慎ましくものを買う。
まさしく購買者が主役になったのだ。
消費者などという企業目線の呼び名ではなくなり、たとえとして使う購買者などという別の呼び名が主役に与えられる時代になったということだ。
さて、購買者でなくても、どんな名称が”我々”に適しているのだろうか。



五個荘 陣屋通り
滋賀県東近江市五個荘金堂町
撮影 2014年12月13日 土曜日 15時55分
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