11月2日、毎日新聞で次のような報道がなされた。
乳児遺棄容疑で23歳母親を逮捕 就活で上京し出産、公園に捨てた疑い 警視庁
11/2(月) 4:00配信
東京・新橋の公園で2019年、生後間もない乳児の遺体が見つかる事件があり、警視庁は1日、会社員、北井小由里(さゆり)容疑者(23)=神戸市西区押部谷町和田=が出産した乳児を遺棄したとして死体遺棄容疑で逮捕した。捜査関係者への取材で判明した。2日に愛宕署に捜査本部を設置し、殺人容疑でも追及する。
捜査関係者によると、逮捕容疑は19年11月3日夜、東京都港区東新橋1の区立イタリア公園で、乳児の遺体を植え込み付近の土の中に埋めたとしている。神戸市内で逮捕し、愛宕署に移送した。遺体を遺棄したことを認めているという。
事件が発覚したのは同月8日で、遺体の一部が地面から出ているのを通行人が見つけ、110番した。生後間もない女児で、衣服は身に着けておらず、へその緒もついていた。口にティッシュが詰められており、司法解剖によると、肺に空気が残り、気道を塞がれたことによる窒息死と判明した。警視庁は出産後に殺害、遺棄されたとみて捜査を始めた。
現場はJR浜松町駅から北に約500メートル離れたオフィス街の一角にある公園。警視庁は周辺のタワーマンションなどの住民約800世帯への聞き込みを行ったが、有力な手がかりは得られなかった。一方で周辺などの防犯カメラに映っていた約2万9000人の動きを解析したところ、北井容疑者が浮上したという。当時は兵庫県内の私立大4年生で、妊娠していたが出生届が出されていないことが判明。受診した産婦人科に残された記録によると胎児は女の子で、事件当時は出産していてもおかしくない時期だったことも分かり、発覚から約1年後、立件に踏み切った。
北井容疑者は就職活動でたびたび東京を訪れていた。19年11月3日は夜に航空機で羽田空港に到着。空港に併設されたホテルに宿泊し、翌日に帰宅していた。警視庁は上京後に出産して遺棄したとみて、経緯を調べる。
捜査幹部は「産婦人科への通院を急にやめた人なども調べ、疑わしい人物が捜査線上に浮かんでは消えの連続だった」と話した。
一年前のこの事件、覚えています。
警視庁の執念の捜索には、驚くばかりです。
が、この「逮捕」で、この問題(乳児遺棄・嬰児殺し)が解決されるわけではありません。
北井さんもまた、「望まない妊娠」に悩み、一人苦悩し、助けを必要としていた存在でした。
当時、大学四年生だったといいます。まだ未来しかない若者でした。
一人で出産し、一人で殺害し、一人で遺棄する心境はいかほどだったでしょうか。
もし、彼女が「東京」にではなく、「熊本」に行き、「こうのとりのゆりかご」に赤ちゃんを置き去っていたら、また違った「未来」が待っていたはずです。
赤ちゃんは、無事に保護され、里親や養父母の庇護の下で、1歳を迎えられていたと思います。また、母親も、(預けたという十字架を背負いつつも)未来に向かって歩み始めていたはずです(もちろん、その間に、考え直し、「私が母親です」と名乗り出る可能性だってあったはずです)。
結局、赤ちゃんもお母さんも救えなかった…、この一点に尽きてしまうのです。
…
先日、某局のディレクターさんとお話をした際、「今の若い人たちは、赤ちゃんポストを知らない」という話が出ました。テレビでももうすっかり話題にならないし、熊本一カ所にしか存在していないし、普段目にするものではないし、当然といえば当然の話ですけれども…。
また、日本にも「匿名出産」や「内密出産」を実施している医療機関があれば、北井さんは、まさにその支援サービスの対象者でした。「人工妊娠中絶」ができず、でも、「出産」することもできない、そんな「妊娠葛藤」を抱えた孤立無援の女性のために考案された「匿名出産」、そして、それを改善した「内密出産」。
この二つが日本の女性の選択肢として存在していれば、きっと北井さんも、「逮捕」されることはなかったでしょうし、また、赤ちゃんも無事に1歳を迎え、里親や養父母に対してとびきりの笑顔で微笑んでいたことでしょう。もしかしたら、その後、北井さんが現れ、無事に引き取り、母子二人で幸せな日々を過ごしていたかもしれません。
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改めて、この問題はまだまだ終わっていないと、痛感しました。
赤ちゃんポストの研究を始めてもう14年くらいになるでしょうか。熊本の「こうのとりのゆりかご」しかまだ存在していないことをやはり憂う気持ちです。
今回のこの事件は、神戸市と東京都と、広範囲に及ぶものでした。これが意味するのは、「日本、どこであっても、赤ちゃんポストは必要とされる」、ということです。(東京と大阪には、絶対に最低でも一つ以上の赤ちゃんポストが必要だと思っています)。
まだ、日本では、一カ所の「ゆりかご」を除くと、一つも存在しない「赤ちゃんポスト」。それに加え、世界中で認められつつあるのに、日本では(慈恵病院を除いて)どの医療機関も動き出さない「匿名出産」と「内密出産」。
母子のことをどれだけ大事にしているか、大事にしようとしているか。その日本の「民度」や「知性」もまた問われていると思います。
最終的には、メディアや学問だけでなく、日本に住む僕ら全体が、この問題にどう向き合うか、ということにかかっているとしか言いようがありません。「大阪都構想」はあれだけ「大盛り上がり」になるのに、この問題は、「社会の片隅の小さな出来事」としか見られません。
たしかに「大阪都構想」は大きな話です。「大阪市民」全員にかかわる話です。
でも、母子問題だって、僕ら全員に関わる問題ではないでしょうか。僕ら全員、誰かの母の胎内から生まれ、そして、その母や周囲の人に守られて、育って、そして、今、こうして生きているのですから。もし、その母親が、追い込まれ、危機的状況であったなら、僕らは存在していないんです。
大阪都構想の議論の中でも、「児童相談所拡充」の話が論点の一つになっていました。でも、児童相談所を増やしても、それだけで、こういう事件を防ぎ、母子を救うことにはやはりならないのです。「虐待通報」と「一時保護」と「社会的養護」にはつながると思いますが、北井さんのような女性とその赤ちゃんを救うことにはならないんです。
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今の僕には何もできないけれど、やはり10年以上、この問題に向き合ってきた身として、少しずつ歩み始めたいと心の中で静かに思っています(しかし、何をどうすればいいのやら…)。
ゆりかご創設時に、蓮田先生が涙ながらに、「自分もまた傍観者の一人に過ぎなかった」と語っていたことを思い出します。
僕も、まだその「傍観者」の一人なんだろうと思います。今すぐどうこうできるものではないですが、これからの人生、具体的に動いていかなければいけないな、と思っています。