今年度からかなり久々に『社会福祉』の講義を受け持っています。
かなり久々なので、改めて社会福祉の勉強をし直しています。
で、先日、「貧困」について論じました。
>What is "Povety"?! 貧困とはいったい何なのか?!
相対的貧困率は16%超えしており、先進国の中でもかなり高い割合になっています(こちらも参照)。
赤ちゃんポスト研究を15年くらい続けてきて、改めて「貧困」について問い直してみると、相対的貧困に陥っている人の多くが、①ひとり親家庭(ほぼ母親)、②10代後半~20代前半の女性、③高齢の女性、であることが分かり、点と点が線で結ばれる気がしました。貧困は、女性問題である、と。
>日本の女性の貧困問題についてはこちらを参照(SDGs関連)
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1.生活保護とは?
今回は、貧困問題の解決策として最も代表的な「生活保護」について考えてみたいと思います。
生活保護は、英語だと、"welfare(米)", "the dole(英)", "public assistance", "social assistance", "social security", "income support" などと表記されます。ドイツ語だと"Sozialhilfe(社会福祉支援)”、フランス語だと"RMI(社会参入最低所得)", "RSA(積極的連帯所得)"となっています。韓国では、1999年から「国民基礎保証(以前は生活保護)」に呼び方を変えました。
日本では「公的扶助」とも言われ、公的扶助論の中で「生活保護」が議論されています。
2021年のデータでは、おおよそ204万人くらいの人がこの生活保護を受けていると言われています(厚生労働省)(*この数年、その数は減少傾向にあります。2022年5月のデータでは202万3千人です)。相対的貧困数がだいたい2000万なので、その1割程度ということになるでしょうか?!
生活保護を受けている人の内訳(2019年)
●高齢世帯(55.6%)
●傷病者・障害者世帯(25.3%)
●母子世帯(4.8%)
●その他の世帯(12.4%=50代以上がその70.2%で、20代は3%)
なお、生活保護受給者の80.9%が高齢者および病気や障害の人となっています。(そして、受ける扶助も「医療扶助」が全額のうちの半分ほどを占めています)
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生活保護は、例えば「千葉市」だとこういう風に説明されています。
病気や怪我その他の事情により収入が途絶える・蓄えがなくなるなど、生活が困難になった場合に、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、最低限度の生活を保障するとともに、それらの方々の自立を助長することを目的としている制度です。世帯単位を原則としており、国が定めるその世帯の最低生活費(注1)と、世帯全ての収入(注2)を比較して、不足する場合にその不足額が保護費として支給されます。
(注1)最低生活費とは、衣食などの生活費、家賃などの住宅費、義務教育に必要な教育費や給食費、介護費、医療費などのうち、生活に必要なものを足したものです。この最低生活費は、家族の人数や年齢などで異なります。
(注2)収入とは、あなたの世帯の全ての収入(給料、手当、賞与、仕送り、年金、保険金など)です。このうち、働いて得た収入は、一定の控除額が認められています。
引用元はこちら(千葉市公式サイト)
千葉市の場合だと、千葉市役所新庁舎高層棟9階の保健福祉局保護課が生活保護の担当部署になっています。
相談窓口は、区にそれぞれ整備されています(基本的には「福祉事務所」が窓口です)
僕の住んでいる若葉区だと、「若葉保健福祉センター社会援護第一課」に行けばよいのですね。
生活保護が受けられるかどうかも、この保健福祉センター社会援護第一課に行って、色々と話をして決めていくみたいです。まずは「相談」、ですね。
●貧困を克服するためには、まず保健福祉センター等に行って、相談をすること。(ただし、生活保護を受けるハードルはとてもとても高いです。「水際作戦」という言葉を是非調べてみてください!)
●お金がなくて、またいい働き口が見つからなくて困っている人は、まず「生活保護」で危機的状況を乗り越えて、そして「自立」に向けて色々動いてください。職業訓練も色々あります。それが「生活保護」の目指す道です-それはどの国も同じです-。
2.生活保護のはじまり
生活保護の始まりは、教科書的には、イギリスの「救貧法」~「エリザベス救貧法」であります。
この救貧法をモデルにして、日本で最初に作られた法律が「恤救規則」(1874年)です。
恤救規則は、生活保護を規定する日本初の法律で、基本的に「自助」と「共助」を前提としながら、本当に保護が必要な「無告の窮民」だけを最低限で保護する、という法律でした。
この恤救規則の名言(?)としては、「救民恤救は、人民相互の情誼に因て其方法を設くへき筈」が有名です。
1874年(明治7)に制定された恤救規則は、その前文で救済は本来人民相互の情誼(じょうぎ)によって行うべきものであるとされ、それが適わない、労働能力を欠き且つ無告の窮民であることを条件として国家が救済を行うことを規定したものである。近代国家の救貧であるが、自治体の義務救助主義にもとづくイギリスの救貧法などとは全く異なる性格をもつ。とくに、前近代以来の支配者による慈恵的救済を継承し、極めて制限主義的な内容である点が最大の特徴である。対象者は70歳以上の廃疾者・老衰者・長病者、13歳以下の孤児など、鰥寡(かんか)孤独の窮民で、支給は高齢者には年間1石8斗分、病者には男1日米3合分、女2合分、子どもには年間7斗分の下米(げまい)換算の現金給付である。
この「人民相互の情誼によって」という考え方は、イギリスの救貧法と全く異なる性格をもっている、とここで記されています。
どういうことかというと、日本の最初の生活保護は、国家の義務ではなくて、国民みんなが各々、自助と共助(親族で面倒を見てね)で頑張ってね、で、どうしても誰も助けてくれる人がいない場合にのみ、国が助けてあげるよ、という性格のものだった、ということです。
まずは、自助と共助。それでもダメなら、控えめに公助(public assistance)。
これ、数年前に菅元総理大臣が2020年9月に連呼していたあの考え方です。
「私が目指す社会像、それは自助、共助、公助、そして絆であります。まずは、自分でできることは自分でやってみる。そして、地域や家族で助け合う。その上で、政府がセーフティーネットで守る」
この菅元首相の言葉は、まさに「人民相互の情誼」を示す言葉であり、1874年から続く日本の冷たい「生活保護」の思想となっています。
恤救規則は、社会福祉士や保育士の基礎知識として覚えておきたい言葉だけでなく、昔から今にいたるまでずっと続く日本の生活保護の考え方を示すものなのです。
こうした「人民相互の情誼」で、貧困問題は克服できるでしょうか?!
日本国憲法第25条で定められている「健康で文化的な最低限度の生活」は守られるでしょうか?
3.日本の生活保護は必要な人に届いているか?
もう、議論するまでもなく、日本は「冷たい国」であり、「自助」と「共助(家族同士でなんとかせい!という思想)」の国なので、生活保護は、それを必要としている人には届いていません。
具体的に見てみましょう。
国の人口の何パーセントの人が生活保護を利用しているか(利用率・保護率)が公表されています。
- スウェーデン=4.5%
- イギリス=9.27%
- フランス=5.7%
- ドイツ=9.7%
- 中国=4.8%
- 韓国=3.2%(2020年には4.1%)
では、日本は何%でしょうか?!
日本の生活保護利用率(保護率)は、なんと「1.6~1.7%」(1.5%とも)なのです!
(1951年の日本では、2.4%の人が受けていました)
この数値が示しているのは、日本には貧困者が少ないという意味ではなくて、「生活保護が必要な数百万人の人が生活保護を受けていない(受けられていない)」ということです。相対的貧困で見れば、日本はG7最下位で、6人に1人が相対的貧困と言われています。
貧困状態の人は多いのに(相対的貧困率は高いのに)、生活保護利用率は恐ろしく低い、ということです。
日本は、一応まだ先進国ですが、その先進国の中で最も「貧困の人たち」に冷たい国だ、と言っていいかもしれません。事実、他の先進国よりもずっと生活保護受給のハードルは高いんです。国は貧困の人々の救済にとても消極的なのです。つまりは、ドケチな国なのです。
>生活保護費をGDP比で見ると、日本がドケチな国だとよく分かります!
(あと、生活保護の不正受給の話ですが、(日弁連によると)件数ベースで2%、金額ベースだと0.4%くらいで、しかも、その中でも「不正受給」とは必ずしも言えないケースも多くあり、決して不正受給が多いと断言することはできないかな、と思います。それでも、「不正受給ガー!」と叫ぶ人が多いのは、2で見たように、恤救規則的な「自助・共助主義者」がこの国に多いからだと僕は見ています)
4.貧困状態の人の中で保護を受けている割合【捕捉率】は約2割
生活保護問題を考える上で、重要なのは、貧困状態にある人の中でいったいどれだけ生活保護費を受給しているか、であります。
この貧困状態にあり生活保護を利用できる人の中で実際に生活保護を受けている人の割合を示すのが「捕捉率(ほそくりつ)」です。例えば、100人の貧困者がいて、実際に生活保護費を得ている人が10人ならば、捕捉率は10%、1割となります。その100人全員が生活保護を受けられるなら、100%、10割となります。
>捕捉率とは?
この記事を参考にすると、
◙世帯総数は4802万世帯(A)
◙低所得世帯(所得のみ)は597万世帯(B)
◙低所得世帯(資産含む)は229万世帯(C)
◙生活保護世帯は108万世帯(D)(*Dは、BとCに含まれない)
捕捉率は、108万÷(B+D:597万+108)=0.153...となり、15.3%となります。
この捕捉率を色々と見ていくと、日本の捕捉率はだいたい2割ほどとなります。
パーセンテージだと、15.3~18%を推移しています。(こちらの論文を参照)
つまり、生活保護を必要としている人の2割弱が実際に生活保護を受けているということになります。全体ではないですよ。貧困状態で生活保護を受給する権利のある人の中の2割しか生活保護を受けていない、ということです。
これもまた、国際比較を通して考える必要があるでしょう。まぁ、当然ながら、上の生活保護利用率同様、日本は酷いって話になるんですけど…。
- スウェーデン=82%
- イギリス=47~90%
- フランス=91.6%
- ドイツ=64.6%
- 中国=??%
- 韓国=60%(?!)
となっています。
凄いですよね。フランスで90%、ドイツでも64%…。日本は15%ほど。
日本の相対的貧困率は先進国の中でもとても高い(2000万人くらいいる)。でも、生活保護利用率は1.6%ほどととてつもなく低い。更に、生活保護の捕捉率は2割以下に留まっていて、生活保護が必要な人にその支援が行き届いていない。
これが日本の現状なんだと思います。
だから、政党の中でも最も貧困問題に真剣に向き合っているれいわ新選組も、こう宣言しているのです。
生活保護の「濫給(らんきゅう)」は非常に厳しくチェックするのに、「漏給(ろうきゅう)」に対しては鈍感で、生活保護が必要な状態の人が実際に受給できているかの捕捉率を行政はなかなか公表しません。
憲法で定められた生存権保障が実現できているのかどうか、捕捉率の算定方法を研究協議し、定期的に調査・公表する仕組みをつくり(イギリス参照)、現状の2割から大幅に高めます。
相談・申請受付・調査・決定のプロセスにかかわる、相談員、ケースワーカー(都市部では1人で100世帯を担当)も慢性的な人員不足で、申請抑制の原因となっています。
ただ、超大手の自民党は、上の菅元総理の言葉に示されるように、「公助」についてはとても消極的です。明治政府が出した「恤救規則」の原理を引き継いでいます(特に現役世代-ひとり親世帯-にはとてつもなく消極的です)。
そうなると、この生活保護の捕捉率を上げるには、、、って話になります。
(自民党でない政党が政策決定しない限り、この状態は続くでしょう。でも、この国の多くの人が未だに「働かざるもの、食うべからず」「貧しい人は国の税金を使うな、働けよ」「努力が足りない」「公金チューチューするな」と思っているので、僕が生きている限りは、多分、恤救規則思想のままかな?、と悲観しています)
5.抜け出せない貧困-生活保護の廃止率も日本は低い
ここでもう一つ、生活保護に関する視点を出しておきたいと思います。
それは、「生活保護の廃止率」です。簡単に言えば、「生活保護を受けていたけど、状況が改善したから、生活保護を受けるのを止めます」という人の割合です。
結論から言えば、日本の生活保護は、それを受けている人の数は少ないけれど、パッケージ(中身)としてはとても充実しているので、廃止率が低くなっています。
つまり、「自立に向かう支援」になっていない、と言われています。
生活保護は、緊急下の一時的な保障システムの一つです。高齢者の場合、なかなか「一時的」とは言えませんが、生活保護は、高齢者のためだけのものではありません。相対的貧困の状態に陥っている人であれば、誰でも使うことのできるサービスです。「ひとり親家庭」「10代後半~20代前半の女性」も使えるんです(でも、ほとんどもらえませんが…)。
では、生活保護の廃止率・廃止世帯数を見てきましょう。
香川大学の斉鋭氏によると…
生活保護から一年間でどれぐらいの世帯が抜け出しているのかをみていくと、2011年度の生活保護の廃止世帯数は、1万4390世帯であった。これを2011年の生活保護受給世帯数と比較すると0.90%である。生活保護を受給している世帯の1%にも満たないのである。生活保護から抜け出すことが難しい状況にあることが分かる。 世帯別に見ていくと、どの世帯も1%前後である。世帯数でみると、高齢者世帯が多いが割合で見ると0.72%であり、その他の世帯が1.6%で一番高いことが分かる。
となっています。
この論文から、生活保護の廃止率は、0.9%と分かります。生活保護を受けている全世帯の1%しか、生活保護から抜け出していない、ということが窺えます。
高齢者世帯が廃止になるのは難しいと思いますが、母子世帯でも、0.65%、傷病者・障害者世帯で、0.85%となっていて、廃止(=自立)が困難であることが分かります。
上の斉氏も、「全体的に生活保護が廃止になっている世帯は少ないのであるが、稼働能力があるはずのその他の世帯が「収入の増加」でほとんど抜け出すことができていないのは、適切な就労支援ができていないからであろう」と述べていて、この廃止率の低さと、就労支援の欠如を問題視しています。
まとめると、日本は、➀相対的貧困の状態にある人は多い、②生活保護を必要としている人も多い、➂けれど、生活保護をちゃんと受け取れる人の数はとても少ない(保護率も捕捉率も低い)、④生活保護のパッケージ(8種)はしっかりしている、⑤それゆえか、生活保護を抜け出す(廃止する)人の数は少ない、⓺適切な就労支援ができていない、ということになりそうです。
雨宮処凛氏は、刑務所にいる受刑者一人あたりに年間400万円のコストがかかることを指摘した上で、こう言っています。
「生活保護を利用すれば、働ける人には働くようにと「就労指導」がなされ、働いて収入が保護を上回ったら「卒業」すればいいだけのこと。国の財政という面から見ても、セーフティーネットを分厚くし、働ける人は再び労働市場に戻ってもらうようフォローしていくほうが、ずっと「コスパがいい」のである」(『学校では教えてくれない生活保護』, p.26.)
同感であります。
6.ワーキングプアと非正規雇用
最後に、生活保護を必要としている人が多い背景について理解しておきたいですね。
みなさんは、「ワーキングプア(Working poor)」という英語がありますが、ご存知ですか?
働いているのに、貧困状態にある人たちのことを示す言葉です。数年前に話題になった言葉ですね。ここでいうワーキングプア、つまり、働いているのに貧困から抜け出せない、というのはどういうことでしょうか。
こんな記述があります。同志社大学の理橋先生の言葉です。
…現在、日本ではセーフティネットを構成する雇用や社会保障制度から漏れ落ちていく人々が少なくない。非正規労働者に代表されるワーキングプア、長期失業者、ひとり親、学卒未就業者などである。
非正規労働者は1985年には655万人、全労働者に占める割合は16.4%であったが、10年後の1995年には1000万人を超え(1001万人、同20.9%)、2018年で2036万人、全労働者に占める割合は37.3%となっている。
このデータから、実に3人に1人が「非正規労働者」だと分かります。
2020年のデータだと、正社員の平均所得が496万円なのに対して、非正規雇用の人の平均収入は176万円(!)。正社員と非正規労働者とでは、所得額が全然違うのです。
で、日本の全労働者のうち、3人に1人以上の人が、非正規で働いていると言われています。その数は2000万人を超えています。そして、この中に、ひとり親(母親)やワーキングプアの人たちがいるというのです。
生活保護を受ける権利を有しているのに、生活保護を受け取っていない人もまた、この中に多数いることが窺えます。相対的貧困は、全世帯の所得の中央値の半分以下の所得しか得られない人の貧困ですが、そういう貧困は、「非正規労働」の拡大と共に増えていった、と考えてよいでしょう。
今後、日本は(また海外でも)ますます非正規雇用(派遣)の労働者が増えると予想されています。特にAI技術の発展と共に、多くの仕事(ホワイトカラー、ブルシットジョブ)が消えるとも言われています。過酷な現場の仕事のみならず、事務職やデスクワークの仕事もどんどんなくなっていくと言われています。
非正規雇用が多数あるなら、まだなんとか稼ぎ口があるので、生きてはいけます。
しかし、今後ますます「機械化」「自動化」が進んでいくと、「人間の要らない社会」になっていきます(ロバート・オーウェンの世界?!)。コンビニも「無人化」の道を進み、また自動車も今後ますます「自動運転」の時代に入っていきます。更に、接客や受付も自動化され、もしかしたら「先生」もAIに置き換わる時代が来るかも…。
非正規雇用すらなくなる可能性もなくはないのです。
いわゆるブルーカラーの仕事には、多くの人は就こうとしません。それのみならず、ブルーカラーの仕事も、今や「稼ぎ口」にはならず、非正規雇用のワーキングプアの現場になっています(技能実習生の就業先リストを見てほしいです)。それでいて、ホワイトカラーの仕事もなくなるとなったら、いったいそういう人たちはどうすればいいのでしょうか。
…
予告!
次回は「ベーシックインカム(basic income)は世界を変えるか?!」
です!✨