Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

児童救済は教育学で語れるか?-児童救済と教育学の連関3

懲りずに、児童救済と教育学、Part3です。

赤ちゃんポストと教育学、というと、どうしても論理的につながるとは思えない。けれど、堀尾さんの文章を読んでいて、なるほどと思うのだが、赤ちゃんポストと発達、となると、なんとなく繋がる気がする。教育と発達については、堀尾さんがずっと考えてきたテーマであるし、彼は、「発達教育学」という言葉を掲げて、本も出している。

それが、『人間形成と教育-発達教育学への道-』(岩波書店)という本だ。


堀尾さんは、この本の冒頭で次のように述べている。

教育学の固有の視座は、政治・経済・文化の諸問題を人間の形成にかかわる諸力としてとらえなおすところにあり、それらを『発達と教育の相』において分析することを課題とし、さらにその諸力を、人間形成にとって積極的に価値あるものとしてくみ直していくことに貢献することが求められている」()

堀尾さん的には、こうした視座がなければ、教育学は学としての存在根拠を危うくするとまで言っており、この視座があれば、教育学的な研究に貢献できると言える。

赤ちゃんポスト研究が問う問題は、まさに人間形成の根源中の根源である母子の亀裂である。あるいは、母子を取り巻く環境(法、政治、経済等)の問題である。まさに、人間形成にかかわる諸力の問題であり、それを積極的に価値あるものとして認め、守ろうとするプロジェクトである。とするならば、赤ちゃんポスト研究は、立派な教育学研究になり得るとは思う。

さらに、堀尾さんは言う。

教育学の問題意識を支えるものは、人間と教育への問いであり、人を人たらしめるものは何かといういわば永遠の問いともいうべき問いを、現実の人間に即して、その『発達と教育の相』のもとで問い直そうとするものであり、人間にとっての、すなわち、その個体の発達と人類の歴史にとっての、教育の意味を見定め、教育を教育たらしめるものは何かを探ることを課題としている」(12)

ここでも、「発達と教育の相」という言葉が使われている。堀尾にとってのキーワードとなるものである。上の文を受けとめると、まさに赤ちゃんポスト問題は、その根幹に関わる部分を扱っているとも言えなくもない。なぜなら、赤ちゃんポストが投げかける母子問題は、人を人たらしめるものは何かということと完全に密接につながっているし、母子が破たんすれば、人は人として生きられないで、殺されるのだから。しかも、この問題は未だに未解決の問題であり、人類の歴史上で未だに続く永遠の難問にもなっている。

教育が可能となる根底の根底にあるものは、出産直前~直後からの母子関係である。これなくして、教育は存在し得ない。当然、発達というのも、肉体的にも精神的にも、母子関係抜きに語ることはできない。その母子関係の断絶・崩壊・分解をどう守るか、というのは、単に社会福祉的問題ではなく、発達と教育の問題でもある。だからこそ、堀尾さんも第六章で「子どもの発達と母子関係論」というのをわざわざ書いているのである。

ただ、問題なのは、この母子関係論は教育学たり得るのか、というものである。母子救済と教育学は、まだ、僕の中でつながっていない。あるいは、一般に、この両者に関係があるとは思われないだろう。そこをどう埋めるのか。

堀尾さんの上の考え方の根底には、勝田守一さんの考え方がある。(孫引きです、、、汗)

教育学研究は、子どもの成長と発達と未来の生活(社会)への志向との統一にかかわっている。人間の発達は、本質的に未来志向をうちに含んでいるからである。それは、現代の人間と社会に向けられる大きな問いに参加する研究なのである。人間の成長や発達の意味と構造とはどういうものなのか、それは社会の未来とどのようにかかわるのか。この基本的な問題に教育学研究は、その総合性という点からみても、立ち向かわなければならない段階に達している」(7)

この記述を読むかぎり、やはり児童救済、児童保護、母子救済、母子支援は、(問い方次第ではあるが)教育学研究になり得るように思う。子どもの成長や発達の問題、そして、未来の生活(社会)への志向、赤ちゃんポスト実施者たちはこのことに強い関心を示していた。とりわけ、未来の社会に対する関心はひとしおであった。

ただ、この上の記述に従うと、発達心理学も教育学になってしまうのでは?、と思う。発達心理学と教育学を区別するものは何なのか。堀尾さんは、心理学と教育学の間を生きた阿波野完治さんにも触れ、この問題にも関心をもっている(と、思われる)が、この点についてはあまり注視されているようには見えない。けれど、堀尾は間違いなく、新生児期の子どもと母親に、教育の原点を見出している。

教育とは、新生児に人間的環境を保障し、その可能性に働きかけ、その開花を保障する機能である。少なくともそこに、教育の起源があるといってよい。人間は『弱い子ども』を育てるために、家族はもとより、その属する共同体をあげて、子育てのための手だてをつくしてきた」(14)

この文章を読むかぎり、SterniParkが行っていることのほぼ全てが、「教育活動」だと言えそうである。今の学校教育よりもはるかに本質的に教育学的アプローチをしているとも言えるかもしれない-今の学校が「人間的環境」の保障になっているのかどうか-。また、新生児の人間的環境の保障をしているのが、まさに赤ちゃんポストであるし、その可能性に働きかけるのが、「匿名の預け入れ」である。そして、孤立する家族の属する共同体、しかもドイツ伝統の民間団体であるフェアアインによる保障。そして、その多くが学校に設置されている赤ちゃんポスト。まさに、教育そのものではないか、と思えるのである。

が、しかし、赤ちゃんポストは「教育機関」ではないし、(母子関係を文化伝承の一つの現れと見なさない限り)「文化の伝達」も行っていない。そこが、この上の記述からは赤ちゃんポスト実践は想定できない。だから、赤ちゃんポストと教育学というと変な違和感が生まれるように思う。

教育学の対象はもっぱら「教育実践」であり、学校教育であれ、社会教育であれ、教師的な存在と子どもとの意図的な関わりに基づいている。デューイも、『教育科学の源泉』の中で、「教育実践は探究されるべき究極の問題の唯一の出所である」と言っているそうだ。事例研究も、実践研究も、アクションリサーチも、どれも、そういった「教育実践」を前提として行われている。がゆえに、赤ちゃんポスト=教育学というのは、どうしても成り立たないのである。ただ、堀尾さんはそういう単純な見方をただ肯定しているわけではない。

彼が繰り返し述べるのは、今日の制度化された教育の質を、「すべての子どもたちの人間的発達という観点(教育的価値の観点)で吟味すること」が必要だということである。同じく、同じ20ページで、「教育学の固有の任務は、この実践の質を、教育的価値(発達的価値)の視点から吟味し、実践の諸契機と条件、発達の法則(すじ道)を明らかにすることにある」、と言っている。この部分の記述は、堀尾さんらしい表現だなと思いつつも、新たな視点を僕に与えてくれる。赤ちゃんポスト問題も、教育実践と捉えて、教育的価値(発達的価値)の視点から吟味して、実践の諸契機や、母子の発達の法則等を明らかにすれば、それは教育学の一分野に入り得る、ということになる。これを、堀尾さんは、「教育学的吟味」と言っている。

けれど、赤ちゃんポストは、それ自体教育的価値は含んでいない。あくまでも、緊急下の女性の保護と児童遺棄の防止と、さらに母子の生活支援を行うプロジェクトであり、しかも未だ制度化されていない実践である。奇しくも、堀尾さんは、教育的価値のあとに( )で発達的価値を同列に並べているが、それが、どうして同等なものと見なし得るのか、そこがよく分からない。赤ちゃんポスト実践は、発達的価値をもつ取り組みだとは言えるが、教育的価値にどう関わるのか(関わりようもないが…)。

それでも、僕が堀尾さんに着目するのは、教師-子ども関係のいわゆる「教育実践」だけを教育学の対象にしていないところである。彼は、教師の教育だけを教育学の対象とは見ていない。彼は、教師と共に教育学的吟味と批評を行うだけが、教育学者の任務なのではない、と言い、次のように述べる。

私たちは、…子ども・青年の人間的成長・発達という長期的、かつ基本的な課題にたちかえって、人間の誕生から青年、さらには成人を含んでの、発達のすじ道と教育のあり方を探究することが必要である。…子ども・青年の発達と教育の問題は、ひとりひとりの人間的価値の実現にかかわるとともに人間の歴史の根幹にかかわり、現代の課題を担う国や社会の質を点検し、その矛盾を照らし出す方法でもある」(25)

堀尾さんにこう言われると、僕はとても励みになる。教育学を、狭く教育関係や授業実践に限定されてしまうと、赤ちゃんポスト研究は一向に教育学には向かわない。けれど、「発達のすじ道の探究」と言われれば、まさに赤ちゃんポストは教育学の地平に入り込むことになるし、母子・児童遺棄という問題は、国や社会の質に問いを投げかけるものであると言えるようになる。

こうした意味で、教育学を用いれば、児童遺棄を止め、母子の安全と健康と安定を狙う赤ちゃんポスト実践は、教育学的な問題として見なすことができるようになる。


と、ここまで、分かってきた。まだまだ、続きそうですが、、、

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「赤ちゃんポストと緊急下の女性」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事