ラーメン本の決定版、石神師匠の「石神秀幸 ラーメンSELECTION 2009」が本日発売となった。毎年、とても楽しみにしている本なので、すごく嬉しい。石神さん、おめでとうございます! 石神チルドレンとして、僕も嬉しいのです。
今年度の「石神本」(この本の略形)は、11年目ということで、新たな出発の布石でもある。石神さんの気合いとラーメン愛がいっぱいにつまった一冊となっている。新店の情報もかなり豊富にあるし、インタビューも豪華キャストで読み応えもある。選ばれたお店は、石神さんというフィルターを通ったものばかりで、どれもよく洗練されている。情報の垂れ流し的な本とは全く別物のラーメン本と考えてよい。
ラーメンの食べ歩きを始めたい人は、是非この本から出発してもらいたいと思う。まずは洗練されたレベルの高いラーメンを知ってほしい。石神本に掲載されているお店をある程度食べれば、自分の「尺度」が出来上がると思う。そうすれば、小手先だけのラーメン屋さんや流行にのっただけのラーメン屋さんとそうでないラーメン屋さんの線引きはできるようになる・・・はずだ。色々なラーメン本が乱発されているが、まずはこの本が一番だろう。
今年は、ラーメンのトレンドを打ち出すことを控えている。毎年、「鶏白湯」、「Wテイスト」、「スープOFF」など、トレンドの志向を表す言葉を打ち出してきたが、今年はそれをしていない。というか、できなかったのではないか。トレンドを予測することは、ジャーナリスティックにはいいことかもしれないが、石神師匠のすることではない、とずっと思っていた。所詮といってはなんだが、流行は廃る。また、一人の人間の意見でどうなるものでもない、それが流行だ。誰にも読めないし、読む必要もない。
それよりも、今回の特集で書かれていたように、現在のトレンドを批判的に論じることの方が、彼にとってはいいことなんだと思う。彼は、ラーメン評論家の中でも、最もクリティカルである。批判的にものを見ることができる人だ。乱立するラーメン店の中で、厳しい目で業界を見つめ、利害抜きにクールな目で業界全体を見渡すことが、彼の使命だと思っている。批評家の使命は、ラーメン業界に迎合することではなく、美辞麗句を述べることでもなく、情報の垂れ流しでもなく、目新しいものを追うのではなく、現在のラーメン業界を誰よりも厳しく見つめ、批判していくことである(それはラーメンに限らない!)
本書の巻頭討論では、現在の主流(メインストリーム)の豚骨魚介やつけ麺の反省・批判が行われている。(都市部では)どこもかしこも豚骨魚介(濃厚豚骨魚介)ばかりで、新しい動きはほとんど生まれてこない、というか、動きに人がついてこない。「仕掛け」がうまく機能していないのだ。トマトラーメンしかり、チーズラーメンしかり、和え麺しかり、鮮魚系ラーメンしかり、色んな独創的なアプローチは生まれてきているのだが、それにラーメンファン(フリークよりも一般のファン)がついてきてくれない。普通のラーメン好きの人は、やはり豚骨魚介とつけ麺が大好きなのである。ラーメン店主や評論家やフリークと一般ファンとの間の隔たりは、最近とても顕著である。
そういう時代背景を知ってか、今年の石神本の新店は、そのほとんどが豚骨魚介系ばかりであった(やや批判的に言えば、その豚骨魚介のオピニオンリーダーが石神さんだった!)。石神さんが推薦してきた豚骨魚介が飽和状態になり、彼の主張が業界全体に広がった。が、しかし、それ以上前に進むこともなくなってしまった。そういうお店をピックアップしてしまうのか、それとも、そういう豚骨魚介のお店しか登場していないのか・・・ ちなみに、巻頭対談で登場した店主は皆豚骨魚介の旗手たちであった!
今、必要なのは、石神さん自身が「豚骨魚介」という先入観(価値観)から自由になることなのかもしれない。
豚骨魚介を広めた石神さんが、自ら豚骨魚介を否定する、そこから新しい文化が生まれてくるのかもしれない。もちろん豚骨魚介はとても美味しいし、それ自体を否定する必要はない。けれど、真の批評家は、批評する自分自身をも否定できる勇気のある人間だ。豚骨魚介を否定した先にあるものは何か。豚骨魚介の先にラーメンの未来はあるのか? こうしたことを考える時期に来たと言えるだろう。
その答えは、(本人が意識しているかどうかは問わずして)実はこの本の中に隠されていたりする。豚骨魚介の向こう側というものを見つめていきたい。
*加えて、巻頭対談に物申すならば、どの店主もお互いを誉め合うような印象を受けた。同じ系統のラーメンを作っているのだから、当然かもしれないが、それにしても「議論」になっていないことに少し悲しさを覚えた。もっと厳しくお互いに批評し合うこともあってもよかったのでは? 例えば、「君のところは濃厚にしすぎている!」、「君のオリジナリティーとは何なのか?」、「なぜこれだけ豚骨魚介が主流になっている中で、自分たちも豚骨魚介を作り続けるのか?」、等々の議論があると、もっと読み応えのある対談になったかな、と。ブロガー批判やつけ麺フリークの批判もいいけど、大切なのは自己批判や同系批判である。石神さんをのぞく4人のラーメン店主はどこも凄腕である。だからこそ、もっとクリティカルに語ってほしかった。ただし、10年前くらいの店主のインタビューよりははるかにレベルが上っている。インテリジェントな対談になっている。今の20代後半~30代のラーメン店主はかつてよりも語る言葉をもっているし、知識ももっている。この点は注目すべきところだと思う。(石神さんが招聘したメンバーだけあって、(人気のみならず)インテリジェントな面子が揃ったなぁと感じた)
いずれにせよ、本書は今もなお、ラーメンファン必見のバイブルとなっている、と言えるだろう。僕も、また初心に戻り、新しい気持ちでラーメンライフを充実させていきたい!