Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

PARADISE beyond SADNESS

悲しい記憶。

悲しい別れ。

悲しい現実。


 

人間には、予期せぬことが、予期せぬ時に起こる。

最も予期できぬことは、自分の死だ。僕は、ハイデッガーの『存在と時間』を読みながら、自分の死について、ずっと考えてきた。僕が、ハイデッガーから学んだことは、「自分の存在の終わりを告げる死を考え、その死から今の自分を考えろ」、と、そういうことだったと思う。

人の死や人との別れは、どんな形であれ、悲しい。そして、その悲しさから逃れることはできない。人が人と共に生きている限り、人はいずれ別れていかなければならない存在なのだ。

けれど、忘れてはならないことがある。他人の死を悲しむことは大切な感情だけれど、己の死を考えること(あるいは感じること)と、他者の死を考えること(あるいは感じること)は違う、ということだ。そして、自分の死を考慮せずに、他者の死を考えても(あるいは感じても)、それは、根本的に大切なことが欠けているということである。

自分への戒めを込めて言えば、社会がどうとか、政治がどうとか、国家がどうとか、そういうことを、いくら熱く語ろうと、己の生と死については、何も語っていないに等しい。つまり、空虚だ、ということ。そのことを忘れてはいけない、と思う。外野から何を言おうと、それは、常に空虚に陥ってしまうのだ。

僕にとって、死というと、上に挙げた曲が浮かぶ。僕は、自分が死んだ時に、この曲を流してくれ、と日頃から家族に頼んでいる。この曲が、僕へのレクイエムであり、僕が死んだ時に、最も聴きたい曲なのだ。どうしてかは分からない。けれど、この曲はその不動の地位を占めている。

それから、もう一曲。

この曲も、上と同じ祐の曲。

この曲も、自分の人生の終わりに聴きたいと思っている曲。祐の歌は、僕の存在をもっとも深く落ち着かせてくれる。この声。この息吹。自分の死を想う時、常にこの二曲が頭に浮かんでくる。


 

3月11日。色んな人が色んな形で、「死」について考えたと思う。そのことをこの日だけのことにしないで、我が事として、常に持ち続けたい。メメント・モリという警告の言葉は、まさにそのことを示している。

そして、感じるだけでなく、死について、深く考えるための本をもっともっと読んでいかなければ、と思う。僕らは、色んな「知恵」をつけてきたけれど、「死」について学ぶことをおろそかにしてきた。もっともっと、死を考え、学び、語るべきだと思う。昔の人間は、今とは比べ物にならないくらいに「死」が身近にあった。だが、僕らは日々、死のことを忘れていきてこられてきた。(若者たちと話していると、死者を生まれて一度も見たことがない、という人もいる)

カッコつけるわけでもなんでもなく、僕は「死」という問題から目を背けないで生きようと、ずっと意識してきた。研究テーマも、どういうわけか、生と死の問題に直結してしまっている。けれど、僕の中では、この問題なしに、他の問題はありえない。本当にそう思う。生と死、そして愛、それ以外のことは、全てその付属品でしかない。それは、ずっとこのブログでも叫んできたことだと思う。

僕らは、世界各国の中でも、本当に辛い目にあってきている。唯一の被爆国であり、地震大国であり、津波があり(*海外でも、TSUNAMIと言われているほど)、今回の原発のこともあり、本当に辛いことだらけ。

けれど、それゆえにこそ、「生きるとは何か」、「死とは何か」という問題を考える土壌というか、土台がみんなの中にあるのだ。それは、決して悪いことではない。

死を待つ存在という意味では、皆、死に向かう「当事者」だ。今、生きている全ての人間が、来たる死を待つ存在である。そのことから目をそらさなければ、それだけで僕らは生と死を学んでいると思う。

何も、偉そうなことを言う気はない。何もない。

ただ、僕らは、生きている以上、生きるしかないわけで、いつ訪れるか分からない自分の死を待ちながら、それでも、前を向いて生きるしかない。もちろん、前を向かずに、後ろを向いて生きていかざるを得ない人もいるだろう。けれど、それでも、人生を肯定できる日は来るかもしれない。どんな状況下にあっても、人は肯定することは可能だから。

今、自分が置かれている状況がどうであろうと、生きているということだけは事実。そして、考える存在であることも事実。

生きている限り、僕らは何かをすることができる。何かに向かって生きることはできる。いつ訪れるか分からない死に至るまで、僕らは、生きるしかない。それしかできない。

生きている実感。

生きている感覚。

生きているこの現実。

そこから、また出発していきたいと思う。

ZI:KILL - LONELY PV (1991)

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