そうか、私は馬鹿なんだ。
今、気づいた。
「これ、美味い?」
とお客さんに訊かれて、
「さあ、好き好きですから・・・」
と、未だに平気で言ってるし、
「どれが美味い?」
と訊かれれば、
「まあ、値段なりですかねえ・・・」
などと暢気にぶちまけている。
アルバイト一日目のどうにもならない不器用な学生ではなく、55歳の店主なのに。
ようし、次からはこう言ってやろう。
「うちのスーパードライは特別ですよ。汗と涙で仕入れてますからね!」
いや、どうせならこういうのはどうだ?
「つぶれそうなんです。こうてください」
いかん、朝っぱらから自虐ギャグで遊んでるバヤイではない・・・
以下引用ーーーーーーーーーーーーーー
私は、干物や塩鮭を売る売り場で売り子をしていた。
売り場に立っていると、
「これ、新鮮なの?」
と尋ねる客が現れる。
はて、どうなのだろう。私は仕入れを担当しているわけではないし、それ以前に、干物にとって新鮮というのがどういう意味を持つのかよくわかっていない。だから、はじめのうちは
「ええ、新鮮だと思います」
ぐらいな曖昧な答えを返していた。
と、店の奥に呼ばれて叱られる。
「キミはバカなのか? 自信を持って新鮮ですと言いなさい」
言われてみればその通りだ。店員が自信を持って薦められないものを、どうして客が買うというのだ。
以来、私は、客の質問には、全力で肯定的な回答を提供するようにした。
「これ、おいしいの?」
と尋ねる客もいた。というよりも、この質問をするお客はとても多い。
考えてみれば、無意味な質問だ。店員が「まずい」と答えるはずがないではないか。
「さあ、好き好きですから」
と答える店員だってまずいない。アルバイト一日目のどうにもならない不器用な学生でない限りは。
「そりゃあもう太鼓判を押しますよ」
と、普通の売り子なら必ずそう言う。これは、お約束なのだ。
だから私も、全力で回答した。
「はい。ほっぺたが落ちますよ」
と、客は買う。必ず買う。
しばらく売り場に立つうちに私が悟ったのは、こういうことだった。つまり、質問をする客は、疑問への回答がほしくて質問をしているのではないということだ。あの人たちは、背中を押されたがっている。別の言い方をするなら、せっかくお金を払ってアジの開きを5枚買うのに、黙って商品を受け取るだけでは何の面白味もない。どうせなら、店員から「そりゃあもう、さっきまで泳いでましたから」なり「今日のアジは絶品ですよ」なりの言質を取ってから買いたい、と、そういうふうに、おばさんたちは思って、だから、しきりに店員に話しかけてくるのである。
もっと言えば、
「この魚は自分の意思で買ったのではなくて、店員が薦めるから買った」
という形式で商品を購入したいと願っているお客さんが、少なくとも3割はいるのである。彼女たちは、自分の選択に責任を取りたくないのか、それとも、決断ということそのものが根本的に苦手なのか、いずれにしても、とても真剣に「何かを薦められたがっている」人たちだった。
そういう客は、ただ立っている。へたをすると、10分ぐらい動かない。ただただじーっと、干物を見つめている。
なので、この手のお客さんを見かけたら、優秀な売り子は、たとえばエボダイを薦めてさしあげる。
「今日はエボダイがいいですよ」
と、ほぼ必ず買う。これは、人助けだ。
でも思うがままに言える殿様商売がしたい。