宝島のチュー太郎

酒屋なのだが、迷バーテンダーでもある、
燗酒大好きオヤジの妄想的随想録

サイン

2022-04-30 21:43:26 | 徒然





 これを書くべきかどうか、逡巡した挙句に、こうしてキーを叩き始めた。

 数日前のこと、【チュー太郎】で、馴染みのごく親しいお客さんお二人との会話の流れの中で、早逝した次男の話になった。
事の次第はこうである。

 過日、長男の親友が、同じく同級生で旧知である女性のお宅へ結婚の申し込みに出向くに当たって、【酒の宝島】で手土産を求めに来店した。そして、会計の後、やおらポケットからネクタイを取り出し「おいちゃん、ネクタイの締め方わからんけん、教えてもらえませんか」と。
 『なんやこいつ、フランクな奴やなあ』と思うと同時にちょっと嬉しくなって、「よっしゃやったろ」とやり始めたのはいいが、正面からそれをしたことがないので、どうも勝手が悪い。仕方ないので、後ろに回って自分が締める状態にした時、人の息遣いと温もりが波動として伝わってきた。

 その瞬間に思い出した。
次男の就職が決まった時、店の二階で事務仕事していた私のところにやって来て「父さん、ネクタイの締め方教えて」と。

 幼稚園の頃は、時々迎えに出向いて、手を繋いでその日の出来事を聞きながら帰った。
中坊の頃は、長男は部活で帰宅が遅いし、母親の手間を軽減する為、たまには外食するかと二人で出掛けた。
それが、成長するに従って、少しずつ距離が出来ていった。

 男同士だから、その感情は解る。
要するに照れくさいのだ。
いや、それは私の独りよがりで、もしかすると、次男には次男なりの思いがあったのかも知れない。

 でも、私はこう思っていた。
『いずれ俺が死んだ後に思い出してくれたらええ』と。
私と亡父の関係がそうだった。
お互いが元気な頃は、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。
でも、今、私は亡父との記憶をついばみながら生きている。
決して完璧な父親ではなかった。
でも、それを軽く越える思い出がいくつもある。
結句『ええ親父だった』と。


 私と次男の関係もそれで良いと思っていた。
なのに、あいつは私より先に逝った。
それでは、私の思惑は成り立たない。
『なんや、逆やろ』
と情けなくもある。


 その次男の背後に回ってネクタイを締めた時の感覚が瞬時に蘇ったのだ。



 と、そんな話をしながら、あろうことか、お客さんの前で嗚咽を漏らしそうになる。
それは、止めようとしても止まらない。
後ろを向いて胡麻化すしかない。



 そんな時だった。
それ以前に流していたPCから音が流れ始めた。
それは、プレイリストが一周してストップしたもの。
その後店内ではCDを流していた。
なのに、何故か勝手に再生が始まった。

「おかしいなあ」
とそれを止めに、カウンターを出る時に、くだんのお客さんが二人とも「その前に照明が一瞬暗くなったよ」と。

そして「次男さんが合図したんかなあ」と。
私は、照明が一瞬暗くなったことは気づいてなかった。
だから、別の手段を取った?


 確かに偶然が二つ重なることは、確率が低い。
さりとて、『すわ、サインだ』と言うのもどうだろう?



 でも、私は、敢えて、それを次男のサインだと思いたい。
輪廻転生だとか、死後の世界だとか、そんなものはこの際どうだっていい。

 ただ、順番を守れなかった次男が、何らかのサインを送ることで、私を慰めてくれているのだと。



 そう信じて、余生を歩んで行きたいと。


 そう思っている・・・







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