なにげな言葉

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迷宮・緑柱玉の世界の独り言

迷宮・緑柱玉の世界 1章8節「扉」

2021-02-06 | 迷宮・緑柱玉の世界
「先生、痛い、手を離してください。」

雛美礼が嫌がっていることは、重々承知している。
僕は雛美礼を抱きしめ耳元でゆっくり話し続けた。

「もう、君は、僕のものだよ。
  ところで、君は、僕に、何を期待しているのかなぁ。
 僕は、君を自分のものにして行く夢の青写真は、完成しているからね。
 後は、ゆっくり、計画を進めるだけだよ。
 君は、分っているのかなぁ?  
 本当に、僕を少しづつ知って、その時に、好きか嫌いかを決めることが出来るのか?
 どうして、今、好きなら好きと正直に言わないの?
 第一印象は大切だよ。
 第一印象で人の90パーセントは見分けられるらしいよ
 直感も大切だと思うよ。
 直ぐに僕を知って欲しいから、こうして僕の部屋に招いているのに、
 まだ、返事が出来ないのかい?
 君だって、男の部屋に入るのだから、何か思っているだろ?
 君には、僕のすべてを見せてしまったのだから、離すことは出来ない。
 見たよね。ね。見たんだからね。
 僕は、どんな君でもすべて好きになる自信がある。
 ・・・・・・・・・・・・・・・覚悟するんだ。
 首輪をした君は、もう僕のものだよ。
 分かるよね。
 首輪の意味。考えてるよね。
 今、首輪付けてたこと忘れていただろ?」

雛美礼は、本当に、首輪をしていたことを忘れていたようだった。

「それにね、言っておくけど、僕が首輪をしてほしいと言ったわけじゃないよ。
 君が、自主的に付けたんだからね。
 そこを忘れないようにしようね。」

「ごめんなさい。」

「何を謝る?忘れていたことか?」

「首輪をしてしまったの・・・軽率でした。」

「僕は首輪したことは、うれしいって言っただろ?
 何を謝っているのか分からないね。
 忘れていたって事を、謝っているのかい?
 僕は首輪を着けた意味を言っているんだよ。 
 君が首輪をつけたことは事実だよ。
 現に、首輪をしているのは君だよ。忘れては困る。
 首輪をした意味、分かるかなぁ。
 君がどんな理由で着けたかなど、僕には関係ないわけだよ。
 首輪が置いてあったから?
 僕が付けて欲しいと思ったのかなぁ?
 僕は、犬が欲しかったから、首輪を置いた。
 それだけだよ。」

僕は、少し意地悪に言ってた。
雛美礼が困るであろうことが分かっていて休みなく問いかける。
雛美礼の心はどう受け止めているのかわからない。
不安もあるが、その不安を打ち消すように、話し続けた。

「君は受け入れたと言うことは、君が、僕の犬になったと言う事だよ。
 僕の犬だよ。」

少し前にペットの話をした。その時、
雛美礼が、犬をペットのにしたくないと言う理由を聞いていた
首輪をして待っていてくれた時、歓喜の声を上げて雛美礼を抱きしめたくなるところだった。

「犬は、主人の喜びのために、尽くすことが喜びと感じる様に、神様が創ってくださったはずだ。
 神は、主人に従うように言っているよ。
 従うってことが、わかるかい?
 女は、男に従い、男は、神に従う。
 基本だ。
 犬は、主人に従う。
 分かる?僕は主人。
 君は、犬になったんだよ。
 さあ、
 自分の立場を考えてごらん?
 君の世界を僕に預けたということだよ。
 僕が求めたものが少しは、何か分かったかな?
 君がどう理解したかは、分からないけどね。」

僕は、意地悪だ。
雛美礼が言い返せないとわかっているから、どんどん言っていく。

「君は、確か・・・クリスチャンだろ?
 信じるとか、従うと言う事は、神に従う事と同等だよ。
 それは、違うって思うかもしれないけれど、従うっていう事に、君の意思は関係ないんだ。
 何かを信じて従うなら、信じることだからね。
 まぁ、言い分もあるかもしれないが、言い訳など知りたくない。」

「ごめんなさい。」

「謝らなくていいといっただろ!いつまでも同じことを言わせないでくれ。」

雛美礼の瞳は、怒られた子犬のように、悲しげな目になっていた。
 首輪と首の隙間に手を挿し込み、軽く引き上げると、雛美礼の顔が苦しいという表情になった。

「首輪の意味なんて、知りませんでした。
 ・・ごめんなさい。」

「謝るな! 外すなと言っただろ。」

僕は、冷静さを失い始めていた。
ソファー脇のチェストから、鎖を出し首輪につけた。
大型犬用の重い鎖をつけると、雛美礼の細い首は、鎖の重さで、後ろに引っ張られ重そうだ。
後ろに垂れた鎖の先で、後ろにまわした手の手首を固定した。
 
白く細い首は、後ろに引っ張られ、白い喉に真っ赤な首輪が美しくみえた。
細い首に手を回し、ゆっくり締め上げたなら、
雛美礼の表情は、次第に苦しい表情になり、目は血走り、血管が浮き上がり必死にもがき始めるだろう。
そして、
次第に焦点が合わない瞳の輝きは失せ、全ての肉体の機能は停止するだろう。
雛美礼の全てのものを僕の手の中に受け止めたなら、僕は雛美礼の全てを、愛しつくすだろう。
これは、変質的な欲望であり、狂気である。

妄想であり願望・・・僕の我儘だが、今は、実行できない。
ただ見つめるだけ・・・・・・・・・・・それもまた良し。
 
「逃げない。逃げません。お願いです・・
 先生のこと好きです。だから、乱暴はやめてください。」

そう訴える雛美礼の声は、恐怖と緊張で、震えていた。

「乱暴なんかしないよ。
 今、僕は、君を離したくないと思っているだけだよ。
 確かに君は、僕が好きと言ったよね。
 初めからそう素直になれば良いのに、じらして、言葉を選んで、優等生ぶっている。
 分っているのだから、隠す必要などないんだよ。 
 僕の前では、見せかけなど・・直ぐに見抜ける。
 もう、そろそろ、理解しなさい。
 君は、僕に何を期待した?
 はっきり言ってみなさい。」

答えられない雛美礼の表情がかわいい。
そうだ、これでいいのだ。雛美礼の困る表情が、僕は見たかったのだ。

「答えなさい」

僕は念を押すように、雛美礼の首に、手をかけた。
 
「先生が・・・」

何を言おうとしているのかわからないが、僕が望む答えを出さないことだけは、わかった。

「君はまだ、気づいていないね。
 僕は君を自由にしてあげる事ができる。
 君は、僕の犬になったんだからね。
 犬になり、正直な心になってごらん。
 僕は君を、自由にしてあげるよ。
 だから、僕の命令に従いなさい。
 僕の命令に従って、心を言葉に出して、すべてを吐き出してごらん。
 言葉にすることは、大切なことだよ。
 心が軽くなるから、もっと心の中を、吐き出しなさい。
 僕の前で、良い子で居る必要は無い。さあ、話しなさい。」

雛美礼は、不自由な体勢のまま、話し始めた。

「ごめんなさい。
 先生の、おしゃっることが、分りません。
 私は、軽はずみなことをしてしいました。
 首輪をしてる事、忘れようとしました。」

深呼吸をして話し始めた。

「先生がおっしゃるように、首輪をしている事を忘れていました。
 首輪をしたこと、後悔しています。
 今の先生は、怖いです。本当にごめんなさい。」

「首輪をしたことだね。首輪の意味分かったかな?」

「はっきりとは分からない・・・です。私は犬ですか?」

「そうだね、犬みたいだね。そう言われて、どう感じる?」

「犬なんか大嫌い。」

このとき、雛美礼の目に力が見えた。

「なぜ、犬を嫌う?犬になったら、かわいがってあげるよ。」

「犬なんか絶対に嫌」

「どうして、犬を嫌うんだ?僕は犬が好きだよ。」

「飼い主に媚びうる犬なんて、大嫌い。
 命令で従わせるのは独裁者!
 犬も、独裁者も嫌いです。」

「そこが、犬のかわいらしさだけどなぁ。」

「かわいがって欲しいと言い寄ってくる犬も大嫌い。私は犬なんか大嫌いです。」
 
先ほどまでの弱々しい雛美礼とは違った。
必死になって、自分は犬ではないと叫んでいる。
悲鳴にも似た叫びになっていた。
喉に首輪が食い込み、鎖に引かれた首が、折れるのではないかと思った。
 
「違うもん、私は犬になんかならない・・・犬なんか大嫌い。」

大きな瞳から、涙が流れ落ちる。
それは、自分の意思を主張する涙だとわかった。
落ち着かせるために、力強く抱きしめた。

「雛美礼は、雛美礼だよ。」

大切な、雛美礼が壊れるかと思った。
 
「首輪をした自分を見て、どう感じた?」

「先生、雛美礼って・・」

そのとき、僕は、雛美礼と呼んでいた。

雛美礼もまた、名前で呼ばれたことを意識したようで、先ほどまでの攻撃的な瞳の輝は穏やかさを取り戻し始めた。

「雛美礼、そう呼んでいいかな。」

「はい。」

何処かで、心が通じた気がした。

「隠さず、自分の気持ちを正直に言ってごらん。」

「鏡に映る私は、惨めです。何をしているのかさえわからないです。
 いたずらで、こんな格好になった自分に、腹が立ちます。」

「なぜ?」

「だって、昨日、合成写真見ました。
 私にこういった格好をさせたかったのでしょ?
 それを、真似したの。
 先生が、どんな反応するか、気になっていました。
 自分で、犬が嫌いなのに、犬のようだなぁと思いながら首輪を付けました。
 嫌だと思う姿を自分でしたのです。
 こんな姿、絶対に嫌と思ったから、鏡を見ないようにして、先生の反応だけを見ようと思ったんです。
 でも、やっぱり止めようと思った所に先生が帰宅されたの・・・」

「嫌でも、君は自分で、首輪をしたのだろ?」

「だから、嫌なんです。」

そういうと、唇をぎゅっとかみ締めて、話さなくなってしまった。
 
先生は、私が首輪をしたことについて言いだしました。
良いとかいけないと言うことではなく、付けたのは、自分の意思だと、言い続けます。
深い意味があるのだと言っているけれど、私には分かりません。
犬になったら、かわいがってくださる?
僕のもの?理由も意味もわかりません。
私を自由にしてくれる?少しも自由になどなっていないのです。
拘束され、命令される事が自由ですか?
先生の言っている事が、理解できず、繋がらないのです。
はっきり分かる事は、私の軽はずみにしたことでも、先生はそれを重大なことと位置づけているのです。
その重大さも理解できていない私でした。
 
私の中で、首輪に嫌悪感をもちなが首輪をしているのですから、自分の心を素直に説明など、出来ません。
嫌だと思っている姿で、人を試すのか?そう聞かれたら、答えられません。
言葉を知らない自分に、弁解も出来なければ、説明さえ出来ないのです。
腹が立つけれど、それさえ、言えないでいたのです。
 
自分の浅はかさを嫌というほど身にしみて感じていました。
こうなったのは、自分の責任。
男性のお部屋に入るという緊張感を忘れていたことに、取り返しのつかない後悔で、いっぱいでした。
私は、先生に何を期待したのでしょう?
何もしない、そう信じていたのでしょうか?
何かあっても、先生だから、間違いはないと思っていたのかもしれません。
好奇心が招いた窮地を、自分の力で、なんともできないことだけが、はっきりした瞬間でした。
 
何かを思う雛美礼の瞳に、涙があふれてきた。
まつげいっぱいに溜まった涙は、目じりに向かって流れた。
僕は雛美礼を抱き上げ、部屋に置いてあった大きな籐の椅子に座らせた。
身を小さくして座っている姿は、まるで籐で作った繭の中で、羽化を待つ、蛹のようだった。
 
喉を潤すために持ってきたグラスのワインを、雛美礼の口に流し込んだ。
白い喉が上下に動き、ワインを飲み込む。
口元からあふれたワインが、胸元に流れ落ちた。なんと綺麗なのだろう。
口元から、首、胸元にかけ、白い肌を流れる赤いワインの流れを眺めた。
ワインは、淡いピンクのワンピースを赤く染めながら、下へと流れてゆく。
小刻みに震える雛美礼の体が、わずかに反応していた。
愛おしく、両頬に手を当て雛美礼を見つめた。
おびえたその目は、僕を見るのか、どこか遠くを見るのか、定かではなかった。
 
「さあ、雛美礼よ。
 この先どのような姿を見せてくれるのかな、僕は、楽しみで仕方ないよ。」

僕の深部にある魔界の扉は、音を立てて開いた。

「雛美礼の心の扉を開け蛹を、羽化させろ!」

頭の中で声がした。


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