深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

名前のない怪物 2

2012-11-06 15:22:07 | 趣味人的レビュー

これはの続きなので、BGMもまたアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』のOP「Abnormalize」で。


なお、以下ジョン・ロンソンの『サイコパスを探せ!』からの引用がたくさん出てくるが、原文は相当長いので完全な引用ではなく途中をかなり省略している。ただ、うるさくなるため“(中略)”は入れていないので、その辺りをご承知願いたい。


さて、ジョン・ロンソンはロバート(ボブ)・ヘアの作成したサイコパス・チェックリストを手に、サイコパスを探す旅を始めるのだが、その中の1人に、かつてトースター製造・販売の大手、サンビーム社のCEOを務めたことのあるアル・ダンラップがいる。

「サイコパスかどうかを調べるパーソナリティ特性のリストを持ってきました」私はポケットを指し示して言った。
「それで、そのリストというのは…?」とアルは言った。彼は急に好奇心をそそられたように見えた。「試してみようじゃないか」
「わかりました」私はリストをポケットから取り出した。「本当にいいんですか?」
「ああ、やってみよう…」
「ではまず〈項目1 口達者/うわべの魅力〉」
「私は文句なく魅力的だ」アルは答えた。「私は文句なく魅力的だ!」
「〈自己価値に対する誇大な感覚〉はどうです?」
「当たり前だろう」とアルは言った。「自分が自分を信じないで、誰が信じるというのだ。自分自身を信じなきゃならん」
「〈刺激を必要とする/退屈しやすい〉というのは?」
「ああ、私はとても退屈しやすい。何かをしていないと落ち着かないのだ。うん、確かにそれは適切な言い方だ。私は世界一リラックスした人間ではない。私の頭脳は夜通しフル回転している」
「〈人を操る〉は?」
「それはリーダーシップと言い換えられるな。人をやる気にさせる! それがリーダーシップというものだ」
「このリストに異存はありませんか?」
「ああ、ない。もちろんだとも。なぜだね?」

アルはかなり多くのサイコパス的特性を、“リーダーシップの素養”に定義しなおしていった。〈衝動的〉は「すばやい分析力を言い換えたものにすぎん。賛成か反対かを決めるのに1週間もかけている連中がいる。私か? 私は10分考える。そして賛成する気持ちが反対に勝ったら? すぐ実行だ!」浅薄な感情によって、「馬鹿げた感情」を持つことがなくなる。良心の呵責がなければ、自由に前に進めるようになり、すばらしいことを達成できる。悲しみに溺れることにどんな意味がある!
「毎日の終わりに、自分を評価しなければならない」と彼は言った。「私が自分を尊敬しているかだって? 当たり前だ。自分を尊敬できる人間はな、人からも尊敬されるのだ」
「自分に満足していますか?」
「しているとも! ああ、してるさ。自分の人生を振り返るのは、すべてをやってのけた人間を描いた映画を見るようなものだ」
「おっと!」と私は言った。「ものすごくグロテスクな事件現場の写真を、たとえば、誰かの顔が銃で吹き飛ばされているとか、そういう写真を見たら、あなたはぞっとしますか?」
彼は首を横に振った。「いや、私はそれを合理的に分析すると思う」
「本当ですか? そういう写真に好奇心を感じるんですか?」
「そう、好奇心。『おお、なんてことだ、背筋が凍る!』という気持ちとは正反対だ。おびえて部屋の隅に隠れたりはしない。『いったい、何がここで起こったか?』と考える」
「写真を見たショックで、体から力が抜けてしまったように感じたりしませんか?」
アルは首を横に振った。
「悪に怖気づいてるようじゃ、リーダーにはなれんのだよ」彼は一呼吸間をおいた。「リーダーというのはな、基本的に、一般大衆方から抜きん出た人物、何かを成し遂げる人物なのだ。わかったか?」

これがサイコパス・チェックであることを除けば、これはしばらく前にはやったポジティヴ・シンキングに基づいた成功哲学を体現する成功者へのインタビューと何ら変わらない。そのインタビュー相手であるアルが非常に高いサイコパス特性を示していた、というのは私にもとても興味深いものがある。


ところで、ロンソンがサイコパスの問題に関わるキッカケとなった出来事がある。それはトニーとの出会いだ。

ロンソンはサイエントロジストのブライアンと会見した際、精神科医の診断は信用できないことを証明するような例はないかと尋ね、ブライアンからブロードムーア精神病院にいるトニーに会うように勧められる。そこはかつて犯罪精神病院として知られた、幼児性愛者や連続殺人犯や子どもを狙った殺人者などが送られる施設である。ブライアンによると、トニーは傷害事件を起こしたのだが、懲役を逃れるために精神病者のふりをしたらブロードムーアに入れられてしまい、出てこられないのだという。そこでロンソンはブライアンの案内で、ブロードムーアでトニーと会うことになる。

「ウェルネスセンターでの面会が許されているのはDSPDユニット全体でトニーひとりだと思います」待っているあいだに、ブライアンが言った。
「DSPDって?」
「危険な重度パーソナリティ障害(Dangerous and Severe Personality Disorder)の略ですよ」
沈黙が流れた。
「トニーはブロードムーアのなかで最も危険な人々を収容する場所にいるんですか?」
「クレイジーでしょう?」とブライアンは笑った。

「ああ! ほら、トニーが来ましたよ!」ブライアンが言った。
20代後半の男性が私たちに向かって歩いてくる。スウェットパンツではなく、ピンストライブのジャケットとズボンといういでたちだった。その姿はまるで、出世を目指している若いビジネスマン。自分は、とても、とても良識のある人間だということを、世間の人々にわかってもらいたがっている青年みたいに見えた。
「トニーです」彼は自己紹介して、椅子に腰かけた。
「ブライアンに聞いた話では、きみは、精神病のふりをしたせいでここに入れられてしまったそうだね」
「そのとおりなんですよ」
「それはどれくらい前のこと?」私は尋ねた。
「12年」トニーは答えた。

トニーは『ブルー・ベルベット』『ヘルレイザー』『時計じかけのオレンジ』『クラッシュ』といった映画に出てくるセリフをネタに、精神病を装ったと語る。そして

頭がおかしいと彼らに思わせることよりも、正気だと信じてもらうことのほうがはるかに難しいんですよ、とトニーは言った。
「おれが思うに、正気に見せるのに一番いい方法は、サッカーのこととか、テレビ番組のこととか、ごく普通のことについて、人とごく普通に話すことなんです。そんな、あたりまえだと思うでしょ? おれは科学雑誌ニューサイエンティストを定期購読しています。あるとき、米国陸軍が爆薬を嗅ぎつけられるようにマルハナバチを訓練しているという記事が載っていた。だからナースに言ったんですよ。『米国陸軍が、爆薬を嗅ぎつけられるようにマルハナバチを訓練してるって知ってた?』って。あとでカルテを読んだら、『彼はハチが爆薬を嗅ぎつけると信じている』と書かれていたんです」

「みんな、俺の精神的な状態を示す〈非言語的な手がかり〉に目を光らせているんだ」トニーはしゃべり続けていた。「精神科医ってのは〈非言語的な手がかり〉が大好きなんですよ。彼らは体の動きを分析したがる。だけど、正気に見えるように行動したがっている者にとってはひどく厄介なんだ。正気っぽく座るって、どうしたらいいんです? 正気っぽく足を組むのは? 正気っぽく微笑んでみてくださいよ。とにかく、それは…ただ」トニーは少し間をおいた。「ただ…不可能なんだ」
「それできみは、しばらくのあいだ普通に礼儀正しくしていれば、ここから出られるだろうと思っていたわけだね」
「そのとおりなんですよ」と彼は答えた。「おれは病院の庭の草取りを買ってでた。だけど、彼らはおれがとても行儀よくふるまっているのを見て、それはおれが精神病院という環境内では行儀よくふるまえることを示している、つまり、それはおれが精神異常であるという証拠だと決めつけたんです」
私は疑うような目でちらりとトニーを見た。直感的に、この話はうさんくさいと思った。しかし、あとでトニーが送ってくれたカルテの写しを読んだところ、まさにそのとおりのことが書かれていたのである。
「トニーは陽気で愛想がいい」と、ある報告書に書かれていた。「病院に拘留されていることによって、彼の病気は悪化を食い止められている」

病院外では、精神異常の犯罪者と交わりたがらないのはごくまともなことだ、とトニーは言った。ところが病院内でそういうことをすると、「内向的な引きこもり、自分は重要人物だという誇大妄想的な考えに取りつかれている」と見なされる。ブロードムーアでは殺人者とかかわりたがらないのは狂気の兆候とされるのだ。

そこでトニーは回復の望めない患者を長期間入院させておくことを禁じるイギリスの法律を逆手にとって、スタッフとも話をせず、セラピーも受けない、という作戦に出た。セラピーを受けなければ患者は回復不能と見なされることを見込んでのことだった。だが、それは裏目に出た。

精神科医はそれを戦略的駆け引きと見抜いた。そして彼らは、「これは彼が〈狡猾で〉、〈人を操ろうとする〉性癖がある証拠であり、さらに彼は自分が精神病だとは信じていないため〈認知の歪み〉が起こっている」と報告書に書いた。

つまり彼は「サイコパス・チェックリスト」の項目にも引っかかってしまったのである。ちなみに上の報告では、トニーは自分が精神病であると認識できないため〈認知の歪み〉がある、ということになっているが、もし彼が、自分は精神病であると知っていながら正気のふりをして周りを欺いている、と見なされれば、やはり「サイコパス・チェックリスト」の〈口達者〉や〈病的な嘘つき〉の要件を満たしていると判断されるだろう。

実際、ロンソンは後日、トニーと面会した時のことを専門家に伝え、意見を求めたところ、彼らは「トニーは精神病ではなくサイコパスだ。懲役を逃れるため精神病のふりをするなど、典型的なサイコパスの行動特性を示している」と断言したのだ。

いっしょに過ごした2時間、トニーはおおむね愉快で魅力的だったが、面会が終わりに近づくと、悲しげにふさぎ込むようになった。
「おれは17歳のときにここに来ました。いま、29歳です。おれは、ブロードムーアの病棟を歩き回りながら大人になった。隣には〈ストックウェル・ストラングラー〉、反対側の隣には強姦魔〈ティプトー・スルー・ザ・チューリップ〉、ということもあった。本来なら、人生で一番いい時期だったはずなのに」
ただここにいるだけで、頭がおかしくなるには十分なんです、とトニーは言った。看守のひとりが大声で「時間だ」と言うと、トニーはほとんどさよならも言わずに、さっとテーブルから離れて部屋を横切り、自分の病棟へと続くドアに向かった。すべての患者が同じように出ていった。それは恐ろしいほど極端に行儀のよい行動だった。


1で私は「まさにサイコパスは人間社会における『名前のない怪物』と言うことができる」と書いた。しかし「怪物」なのは、サイコパスを探し出し、それを排除しようとする側もまた同じなのかもしれない。いかなる形であれ、人という深淵を覗こうとする者は、いつ自分自身が「怪物」になってしまうかもしれない危険性を常に抱えているのだから。

ニーチェも書いている。「怪物と戦う者は、自らも怪物となってしまわぬよう注意しなければならない。深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」と。

アニメ『PSYCHO-PASS』に話を戻せば、そこは人間の「正しさ」をシステムが支配している世界だが、システム自体の「正しさ」は誰が、あるいは何が保証するのだろう。ちなみに『PSYCHO-PASS』のEDのタイトルは「名前のない怪物」である。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 名前のない怪物 1 | トップ | インナージャーニーをセルフ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
正しいとは (とうふや)
2012-11-08 13:46:44
「PSYCHO-PASS」1話を見た時、昔のノイタミナ枠でやっていた「屍鬼」を思い出しました。
ゾンビと人間、襲う側と襲われる側。
これが逆転し暴走した時、どちらが<正しい>のか?
正直なところ判らなくなりました。

陰も陽も極まれば・・・  って事なのでしょうか。
返信する
「正しさ」を保証するもの (sokyudo)
2012-11-09 12:10:23
>とうふやさん

コメント有難うございます。
スミマセン、『屍鬼』は第1話しか見なかったのでアレですが…コメントを読んでリチャード・マシスンの『地球最後の男』を思い出しました。
『地球~』は、周り中の人間が次々に吸血鬼になっていく中、その吸血鬼たちと絶望的な戦いを繰り広げる男の話なのですが、最後まで吸血鬼にならずに人類最後の生き残りとなった彼は、吸血鬼ばかりの世界では「自分たちを理不尽に攻撃してくる『伝説の怪物』」になってしまった、というオチです。

これは外部の状況によって「正しさ」が逆転してしまった例ですが、『PSYCHO-PASS』の場合、「正しさ」はシステムに委ねられていて、登場人物たちはシステムが示す「正しさ」に従うしかない立場に置かれています。何がその「正しさ」を保証しているのかもわからないまま。

しかし、「正しさ」をアウトソーシングしている彼らの姿は、例えば「物騒な事件が多いようだから、監視カメラもっと設置しろ」みたいなことが、何の疑問もなく通ってしまう、今の我々の姿と重ねって見えてしまうのです。
返信する

コメントを投稿

趣味人的レビュー」カテゴリの最新記事