深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

ゲーデル・ファンタジー 第1部

2007-07-09 23:53:04 | 心身宇宙論
最近は脳トレ・ブームなどもあって数学が注目されているが、実際に現代数学がどんなもので、数学者は何を研究しているのか、についてはほとんど知られていないのではないだろうか。不完全性定理について論じるに当たって、まずは現代数学とはどういうものなのかを述べておかなければならない。

私が理学部の数学科などというところに籍を置いていたのは、今からもう20年以上も前のことだが、当時も今も、数学科の学生は多分、同じような問題に直面し、悩んでいるのではないだろうか。そもそも数学科に入ろうとなどという者は、数学が好きな者と数学が得意な者(そしてもちろん、好きで得意な者も)である(注1)。しかし、1年生の数学の授業(注2)が始まると、早くも数学科に入ったことを後悔し、とにかく必要単位だけ取って卒業すればいいや、と考える者が出てくる。それは授業内容があまりにも高度だから…ではない。自分が今まで数学だと信じていたものが、実はそうではなかったことを知るからである。この当たりは、(あくまで想像だが)「天皇は神だ」という教育を受けてきた皇国少年、皇国少女が、ある日突然、天皇の人間宣言を聞いてしまったような感じに似ているかもしれない。

(注1)もう一つ、私が行っていたところは二次試験が数学1科目だけだったため、「ここしか入れなかったから来た」という者もいた。
(注2)当時、大学は2年間が教養課程、2年間が専門課程だったが、教養課程でも数学科生は、数学科生のための数学の授業を受けることになっていた。

数学者と聞くと、どんなことをしている人を想像するだろう? 難解な微分方程式を解いている人だろうか? そういう人もいないわけはないのだろうが、一般の数学者は難解な微分方程式を解くようなことはしない(そういうことをしているのは、物理学者や工学の研究者だ)。数学者が行っているのは、例えば、そんな微分方程式を定義できるような数学的世界を構築することである。そのために数学者が用いる強力なツールがある。それが「定義」である。

…と言われてもよくわからないと思うので、ここで一つ、「定義」によって数学的世界を作ってみよう。作るのはベクトル空間だ。

ベクトルと聞くと、方眼紙に矢印を書く、あのベクトルを思い浮かべる人も多いだろう。これから述べるベクトルと区別するために、ここではそれを“矢印ベクトル”と呼ぶことにする。ではベクトルとベクトル空間を定義しよう。

※ここでは文字表示の自由度が低いため、記号の右上や右下に小さく付ける添え字が出せない。以下、an等と書いた場合、aの後ろのnはaの右下に付く添え字として、K^n等と書いた場合、nはKの右上に付く添え字として見てほしい(例えば、2^nは2のn乗の意味)。

体(たい)K(注3)に対して、Kの中の順序を持ったn個の要素の組a=(a1, a2, ..., an)をベクトルと呼び、上記のようなaから成る集合をK^nで表す。

(注3)体というのは、ある数学的構造を持った集合を言うが、ここでは四則演算が自由にできるような集合、というくらいに考えておけば十分。

ここで、K^nに以下のように加法とスカラー乗法を定義する。
(加法)a=(a1,...,an), b=(b1,...,bn)に対して、a+b=(a1+b1, ..., an+bn)
(スカラー乗法)a=(a1,...,an), c∈Kに対して、c*a=a*c=(c*a1, ..., c*an)
上記の定義の下で、以下の関係が成り立つ時、K^nをベクトル空間と呼ぶ。
(V1)加法の交換法則:a+b=b+a
加法の結合法則:(a+b)+c=a+(b+c)
(V2)零元の存在:任意のa∈K^nに対して、a+0=aを満たす0c∈K^nが存在する。
(V3)逆元の存在:任意のa∈K^nに対して、a+a'=0を満たすa'c∈K^nが存在する。
(V4)加法とスカラー乗法について、以下が成り立つ。
c*(a+b)=c*a+c*b
(c+d)a=c*a+d*a
(c*d)*a=c*(d*a) ただし、c,d∈K
1*a=a

どうだろう。これがベクトル空間の定義である。あれ、あの矢印ベクトルはどこに行ってしまったのだろう? すぐわかるように矢印ベクトルはこれらの条件を全て満たす。だから、矢印ベクトル全体から成る空間は、確かにベクトル空間なのである。だが、数学的には「矢印ベクトル」は数多くのベクトル空間の一つに過ぎない。それを示すため、実際にここで別のベクトル空間を一つ作ってみよう。

<ベクトル空間の例>
f(x)=an*x^n+a(n-1)*x^(n-1)+・・・+a1*x^1+a0*x^0
というxのn項多項式を考えると、(an,a(n-1),...,a1,a0)という(n+1)個から成る各項の係数の組の全体は、上記(V1)~(V4)を全て満たしている。従ってこれらはベクトル空間を作ることがわかる。

上の例を見て、何か騙されたような妙な違和感を感じたとしたら、それこそ数学科1年生が最初に感じるものだ。現在数学は現実にある実体をナマのまま使うことはしない。その実体の持つ性質のいくつかを抽出して、その実体(の一部)を数学的に再構成するために、まず「定義」という段階を踏むのだが、そうしたやり方に慣れるまでには、実際、かなり時間がかかる。

ことろで、同じものを見ても、見る人それぞれによって注目する部分は異なる。同じ実体からも違う性質が抽出できるし、それによって「定義」も変わり得る。定義が変われば、その先に構築される数学的世界も全く異なるものになる可能性がある。だから、その先に豊かな数学的世界を構築できるように、その実体からどんな性質を抽出して「定義」するかが、数学者の腕の見せ所となる。つまり、数学はそれを作る人と同じ数だけ存在し得る。よく中高生がインタヴューで「数学は国語なんかと違って、いつも答が一つに決まるから好き」などと答えていたりするが、残念ながら、その人は“数学”が好きなのではなく、単に“計算”が好き(あるいは得意)なだけ。“計算”と“数学”とは、似て非なるものなのだ。

さて、数学はある概念を「定義」することから始まるが、実はその前提となるものが裏に存在する。それは公理と呼ばれるのである。それは例えば、
・全てのaについて、a=a(等号の公理系のうちの反射性)。
・P,Qを任意の文(命題)とし、Pの否定を-Pとすると、以下の文は全て正しい(注4)
(1)Pあるいは-P
(2)PならばP
(3)Pならば、QあるいはP
などが含まれる。公理は定義というルールを決める上で、またその定義に従って論理を展開し数学的世界を作っていく(つまりプレイする)上で根本となる“約束事”である。つまり上記をまとめると、数学的世界とは公理系+定義の上に成り立っているのである。

(注4)このように常に真となる文を、恒真文と呼ぶ。

数学のこのような構造がはっきり意識されるようになった19世紀の末頃、「このように複雑な構造を持った数学は本当に安全、確実と言えるのか?という疑問が生まれた。そして、そこから“数学自身の確実性を数学的に研究する”メタ数学(日本では、数学基礎論とも呼ばれる)が誕生することになる。そしてゲーデルの不完全性定理こそ、このメタ数学が生み出した最大の成果の一つなのである。
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