仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

【昔の手帳から】 10月8日

2011-10-08 00:32:06 | 昔の手帳から
【1980年】(1囘生)

「ロッキー2」 「トム・ホーン」
サトシからハガキ

水曜日。
映畫を觀た。
「ロッキー2」はいまさらコメントする必要もないだらう。
「トム・ホーン」 スティーヴ・マックイーン 最後の西部劇で、時代の流れに取り殘された擧句に冤罪で殺されてしまふ男を描いた、やりきれない氣持ちにさせられる映畫だつた。
じつは、タイトルだけでは思ひ出せなかつたのだが、ネットで粗筋を調べて、當時の氣持ちを思ひ出した。
スティーヴ・マックイーンといへば、思ひ出されるのは、私にとつては「荒野の七人」であり「大脱走」である。
とりわけ「大脱走」で單車を使つて逃げるシーンは大好きだつた。
そんな、いはば私にとつてのヒーローであるスティーヴ・マックイーンが死の前年に、こんな哀しい主人公を演じたのは、彼が自らの死を悟つてゐただらうなあと思ふ。



【1981年】(2囘生)

松本へ出發

木曜日。
高校山岳部の同期で、松本の大學に入つたカタバミから、鹿島槍ヶ岳に登らないかと誘はれた。
8月に彼と後輩のヌマタとで澤登りによる間ノ岳集中登山をしてゐた のだが、その下山中に私は古傷の膝をまた痛めてしまつた。
恢復するのにかなりかかるだらうと思つてゐたのだが、この頃までには痛みも感じなくなつてゐて、私は懲りずに誘ひにのつた。
この日は松本に出發してカタバミの下宿。
翌日は食糧などの買出し。
翌々日に登つて、稜線上でテント泊。
その翌日に鹿島槍に登頂して、一氣に下山する豫定。
この日は、この年の正月以來のカタバミステイ。
京都もいいけど、イチハラの金澤もいいけど、カタバミの松本もいいなあ。



【1982年】(3囘生)

コクボに¥2,000、計¥7,000貸

金曜日。
コクボは産大應援團の2囘生で、私の下の部屋に住んでゐた。
彼も援團の練習で忙しく、バイトをする時間がなくて、金錢的には餘裕がなかつたやうだ。
10月1日に5千円貸し、この日は2千円貸し、合計で7千円。
線で消されてゐるところをみれば、あとで返してくれたのだらう。



【1983年】(4囘生)

三島關係資料收集開始

土曜日。
私の卒論は三島由紀夫論だつた。
この年、私は大學生としては4囘生ながら、國文の學生としては3囘生。
つまり、卒業論文までにはまだ1年以上ある。
それでも、その準備を始めたやうで、その意氣やよし。
しかし、ふと疑問に思ふ。
三島關係資料收集といふが、大學圖書館に行けばおほかたは揃つた筈だ。
それ以外に、どんな資料をどうやつて集めたんだつたつけ?
それに、この日の手帳にこのやうに書かれてゐるのはどうしてなのだらう。
何か資料のひとつでも手に入れたといふことかな?





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