仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

「街の灯」 北村薫

2006-07-02 11:47:38 | 讀書録(ミステリ)
「街の灯」 北村薫

お薦め度:☆☆☆☆+α
2006年6月9日讀了


北村薫が新しいシリーズに取り掛かつてくれた。
これは嬉しいことだ。
「圓紫師匠と私」シリーズの「朝霧」を讀んでから、すでに2年以上經つてゐる。
さういへば、「朝霧」のあとはどうなつてゐるのだらう。
續篇を搜してみなくては!
「覆面作家」シリーズに至つては、いつ讀み了へたかすら覺えてゐないほどの昔になつてしまつた・・・

さて、本作。
時代設定は昭和7年、西暦1932年である。
歴史的には、
・3月1日 - 満州國の建國が宣言される。
・5月15日 - 五・一五事件で、總理大臣・犬養毅が殺害される。
といつた時代だ。
つまり、日本が大東亞戰爭へと時代の流れに押し流されてゆく時代であり、それでゐながら大正のモダニズムがまだ殘されてゐるといつたやうな時代。
一億總中流といふ現代とは違つて、まだ庶民と貴顯とに階層が分かれてゐた時代。
それゆゑ、本當の上流階級が存在し、本當のお孃樣が存在してゐた時代なのである。

主人公は、士族出身の花村家の令孃、英子。
英子の父親は財閥系商事會社の社長で、上流階級を構成する一員。
從つて、英子も本物のお孃樣で、女學校に專屬運轉手の運轉する車で通學してゐる。
その女學校もどうやら女子學習院らしく、宮樣も學ばれてゐるやうである。

そのやうな英子の車の運轉手として雇はれたのが、別宮(べつく)みつ子。
當時は女が車を運轉するといふだけでも珍しい時代だ。
別宮はさういふ點で、新しい時代の象徴のやうだ。
彼女が英子の父親に雇はれたについては、どうやらそれにはなんらかの事情があるらしい。
それについては、シリーズのなかで、少しづつ明らかにされてゆくのだらう。

英子は別宮のことを「ベッキーさん」と呼んで、親しんでゐる。
そして別宮は單に運轉手としてではなく、英子にものの見方や考へ方をそれとなく教へてゆく存在となつてゐる。
さうした二人が事件の謎を解いてゆく。
英子が考へ、自分の考へを別宮に相談すると、別宮は考へる視點を示唆して英子が正解に辿り着けるやうにファシリテートしてゆくのだ。
探偵役は英子だが、その背後に「覆面探偵」として別宮がゐる、そんな關係である。

謎解きも面白いが、昭和7年の世相も面白い。
そして、なによりも、本物のお孃さんのものの見方・考へ方が面白い。
このシリーズ、絶對に見逃さないやうにしなくては!


2006年6月6日讀了



街の灯

文藝春秋

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