
(※『7SEEDS』に関してネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m)
『7SEEDS』、2巡目をゆっくり楽しんでいるところなのですが、他の方のレビューなどもちらほら見たりして、結構安居って読者さんから好かれてるんだな~なんて思って、嬉しくなったりした次第です♪
いえ、わたしの場合安居って、決してキャラとして「好き」とかではないのですが……もちろん、キライということもなく、わたし的に「来ない☆
」キャラであるにも関わらず――『7SEEDS』中、一番印象に残ったキャラは誰かといえば、安居なんですよね(だから好きではあるのです、もちろん^^;)
そして、読者として安居→トラウマ→カワウソ……じゃない。カワイソウ
→どうにか幸せになってくれないか……と、やっぱりわたし自身も単純な図式としてそう思ってました。涼くんには天道・爆弾娘
・まつりちゃんがいるのでいいとして――まあ、花ちゃんにはヒロインとして嵐くんだけじゃなく、シャケ☆を新しく巻いた鷹さんもいるし、安居とはどっちにしてもうまくいきそうにないし。。。
マドンナ・あゆちゃんの「新巻さんとならパートナーになってもいいかも」っていう判断は、なんかひとりの女性としてというよりも、本能的なメスの判断……みたいに思うと、なんか面白いですよね。そして彼女もまた、安居くんや涼くんたちとは別の意味で、ある種の洗脳的刷り込みにより、「絶対に誰かと一緒になって子供を生まなきゃならない」わけでもないのに――そう思い込んでるわけですよね。そしてあんなに賢いのに、本人が「そういう自由もある」ということに気づいてないのが面白いというか(いえ、そういう「完璧じゃない」ところがキャラの妙味として面白いわけです^^;)。
小瑠璃ちゃんは小さい頃から安居が好きだったとはいえ、わたしは小瑠璃ちゃんが小さい頃から好きだったので、「安居となんてヤメテよー」とか思いながら読んでいた(笑)。そして、このラインがすぐに回避されたことを喜んでいたわけですが……でもそうなると安居ってますます
なことになるなあと思い、でも安居にちょうどいい恋愛対象が、となると他に誰もいないなあ……なんて思い。。。
15巻あたりの安居の花ちゃんに対するレイプ未遂事件のあたりとか、展開的に当時あまり評判が良くなかった……みたいにもレビューに書いてあった気がするのですが、夏のAチームのあの過酷なエピソードを読んでからここまでやって来ると――確かに、安居という共感できるキャラがヒロインである花ちゃんにああした対応を取るっていうのは、読者的につらいところでもあり。。。
また、外伝あたりまで読んでくると、安居って本当は優しい人だけれど、母親の愛情、母性による無条件の無償の愛というのを知らないせいかどうか、まるきり昭和時代の「口答えするなあっ!」とちゃぶ台をひっくり返す、星一徹さん的不器用さを持つ男の人のようにしか思われず……どう考えても、花形満が飛雄馬のおねいさんの明子さんに見せたようなスマートさが絶対的に足りない(いつの時代のたとえだか・笑)。
しかもレイプ未遂事件を起こしたような「そんな男と……?」、「一体誰が……?
」的問題もあり、うん!こうなるともう、安居はアメリカの何も知らないパッキン美女に一目惚れされて(なんかの拍子に命助けたとか)、日本に連れ帰って来る――なんて、そんな可能性の低いことしか考えられない、想像力貧困なわたし。。。(笑)
いえ、レビュー読んでて、「安居、あやまってんだから、花ゆるせよー」的意見というのがあるのだなと思い、このあたりも興味深いなあと思いました。『7SEEDS』って、春~冬チームのすべての人が、基本的には<善人>なわけじゃないですか。
でも、今の時代の日本だって、物資やエネルギーがひとつの家庭ごとにある程度備蓄されてたりするから、隣人のものを盗んだり奪おうとしないというだけであって……戦時の方がおっしゃってるように、人間は食べ物がなくなるとすぐ畜生道へ落ちるというのは本当のことだと思うんですよね(そして、そうした飢えの苦しさというのは、経験したもんでないと絶対わからん、ということでした)。
そして、シェルターに備蓄されたものが多少なりあるとはいえ、過酷な環境下で生きるか死ぬかの経験をして出会った春・夏・秋・冬チームの面々は――出会ってすぐわかりあえるようなはずもなく、そんな中で一番取り返しのつかないことをしたのが安居だったのかな、という気がします
ひとりひとりは「本当はいい人」なのに、なかなか意思疎通できなかったり、相手の本心がわからなかったりと、この善人同士で揉める、いい人同士で揉める……というところが、『7SEEDS』の人間ドラマとして一番際立って面白いところだったのかなあ、なんて、他の方のレビュー読んだりして思った次第であります。。。
それではまた~!!
マリのいた夏。-【18】-
ロリは、ルークに口に出しては言わなかったけれど……マリとの女同士の関係、レズビアンの関係、もっとはっきり言えば女性同士の性的関係を持つというのは――「あるかなしか」で言われれば、「なし」ということは決してなかった。
ただ、確かにマリの予想していたとおり、ある日突然「ずっと前から好きだった。つきあってくれ」と告白されたとしたら……「女の子同士でだなんて無理だよ」と、戸惑うあまり、親友のことをただ傷つけて終わっていたかもしれない。けれど、もしルークがマリについて語ったことを、もっと早くに知っていたら――マリが性同一性障害のことでそんなにも傷つき悩んでいるとわかっていたら、ロリは彼女と女同士で結ばれるということに、なんの違和感も感じなかった可能性は高い。
どこにその「差」はあるのかと言われれば、ロリにも説明は難しい。けれど、奇しくもヴォーボワールが「すべての女性は潜在的にはレズビアンである」と『第二の性』という大著の中で述べているように……そうした意味でオリビアはマリに惹かれていたのではないかと、ロリはそんな気がしていた。中学生の頃、ふたりが実は隠れてつきあっていたことはショックだったけれど、オリビアがユトレイシアを離れ、カークデューク大へ進むという時にも――マリがどこか冷めたような態度だったことも、ロリは今なら少しわかるような気がしていた。
(そうだよね。オリビアは高校時代はラースとつきあってたんだし……今だって、カークデューク大のフットボール選手とラブラブなんだもんね……)
オリビアのインスタやツイッターを見ると、彼女がいかに充実した大学生活を送っているかがわかる。彼氏とのラブラブのツーショットはもちろんのことながら、デューケイディア市内にあるオシャレなカフェやレストラン、雑貨店の紹介や……大学で新しく出来た友達とクラブで騒ぐ短い動画などなど。
(よく考えたら、マリにお似合いの恋人って言ったら、確かにオリビアタイプって感じするものね。ほんと、わたしみたいなジミ子のどこが良かったのか、よくわかんない……)
今、ロリはマリのことを脳裏に思い浮かべると、少しだけドキドキしてしまう。今の今まで、ロリは当然マリのことを本当は男だ――といったように思ったことは一度もない。けれど、これからは彼女……いや、彼のことを同じ女性なのだといったようには思えない気がしていた。
(でも、マリが本当に男の子だったら……わたしが道を挟んだ隣に引っ越してきても、『なんだ、このブス!』とでも思って、まるで相手にしなかったとか、そうした可能性もあったんじゃないかしら)
あのあと、ダイアン・ハーシュがシャーロットのいかにも好みそうな物件を見つけてきてくれたため、シャーロットとロリの間では屋敷の中を整理するスピードが速まっていた。都心からは離れてしまうが、それでも短大のほうへはギリギリ地下鉄一本で行けるし、ダイアンの軍部での友人の知りあいが家主ということで、一軒家であるにも関わらず、家賃のほうを随分割り引いてもらっていたのである。
(ルークのマンションのある場所とも、今よりずっと離れちゃうけど……お母さん、これからは車のほう、好きに使っていいって言ってたしな。でも、ルークのマンションって街中にあるから、車停める駐車場っていうのが近くにない上、三十分五ドルとかで鬼高いのよね……)
マリがキュビスムについてのレポートを書きながら、そんなふうにぼんやり考えていた時のことだった。下で呼び鈴が鳴ったかと思うと、階段をバタドタと上がってくる音が聞こえた。
「……マリ。どうしたの?」
ルークとセックスしているところを見られたあの日から、まだ十日も過ぎていなかった。けれど、ロリの部屋のほうは、壁にあったミュシャのタペストリーも外され、ボラボラ島を描いた砂絵もなく、天使の絵画もなくなっていた。これもまたダイアンの軍部の友人が、引っ越し業者を経営しており――ヒマな時に格安の値段で2トントラックにて、少しずつ荷物を運び出してくれたそのお陰であった。
「ロリがさ、もう本当に引っ越し先も決まって……ここからいなくなるって、フランチェスカから聞いたもんだから。なんでだよ!金のことだったらオレがどうとでもしてやるから、ここにいろよ。ロリがここからいなくなるなんて……オレ、絶対イヤだっ!!」
マリはいつもロリの部屋へやって来るとそうするように、この日も彼女の部屋のベッドの縁に腰かけた。けれど、この時はどこか絶望的な様子で、マリはそこで頭を抱えこみ、泣きだしていたのだった。
「あ、あのね、マリ……次に引っ越すところだって、同じ市内でそんなに遠くもないんだよ。地下鉄の南7番線終点のサウス・ハーバート駅から歩いて十分くらいのところ。閑静な住宅街みたいなところでね、ここアストレイシア地区ほど、高級感はないけど、でも自然がまわりに結構あっていいところみたいな……お母さんがその雰囲気をすごく気に入ってるんだけど、ちょっと高齢化の進んでるところだから、すでに引退した老人がたくさん住んでるみたいな感じではあるんだよね」
「そんなジジ・ババばっか住んでるところに引っ越したら、ロリはそれじゃなくても若年寄なのに、さらにもっとババくさくドジミになるに決まってる!それよか、ここにずっといろよ。それが無理なら……オレと一緒にどっかマンションでも借りて住めばいいだろ。家賃はオレが払う。ロリだって知ってるだろ?ルークが二十一歳になったら信託財産を受け取るみたいに、オレにだってミドルトン家のそうした財産が大体同じくらいはあるんだからっ!」
「うん……でも、マリが最初にそう言ってくれた時から、わたし、わかってたよ。そんな形でお金だしてもらったりしたら、わたし、マリとは対等な友達の関係じゃいられなくなるもの。もちろん、ここから離れるのはわたしもお母さんだって、すごくつらい。でも、わたしたちが初めて出会ってから、もう十年にもなるんだもんね。いつまでもずっと変わらないままでいるっていうのは無理なんだと思う。それでね、それが大人になるっていうことなのかなあって、今はそんなふうに思ってるところ」
このロリのどこか冷静で、人事のような物言いに、マリは少なからず傷ついた。いつもであれば、どちらかというと精神的強者であるのはマリのほうだった。けれど、自分の本当の気持ちや姿をさらしてしまったそのせいだろうか。マリは今、最強のジョーカーを握っているのはロリのほうで、他のクズのようなカードをどう組み合わせても彼女には勝てないのではないかというように、直感したのである。
「つらいだって?そんなことないだろ?だって、道を挟んだ斜め向かいには、おまえの王子さまはもう住んでないんだもんな。こんな男か女かもわかんないモンスターにストーカーされるよりは、離れることが出来てせいせいするっていったところなんじゃないのか?それに、そうればオレの存在を一切気にしないでルークといつでも気軽に会ってセックスできるし……」
「マリ……わたし、マリの気持ち、すごく嬉しかった。でも、わたしもうすっかりルークのものになってしまったんだもの。もちろん、いつまでも今の関係がうまくいくかどうかはわからない。ルークとわたしがマリを裏切ったみたいに、わたしだっていつかルークに裏切られて捨てられる可能性だって、ゼロではないでしょ?だから、確実なことは何もなくても……今はわたし、ルークにすっかり夢中なの。こんな言い方、自分でもどうかとは思うけど、でもマリには本当の気持ちに嘘ついちゃダメだって、わかってるから……」
ここで泣くのはずるいと思い、ロリはどうにか必死に涙を堪えようとした。それでも、涙が目尻からポロリとこぼれてしまい、慌ててブラウスの裾で瞳の端をぬぐう。
「なんでだ?オレとあいつで……ルークとオレとで、一体何がどう違う?同じように道を挟んだ向かいに住んでて、ミドルトン家もハミルトン家も資産的にはそう大して変わりなんかない。あとは、同じようにテニスやってて、成績だってマリアンヌとロイヤルウッドじゃ、偏差値や学校の格ってもんじゃ大して違いなんかないぞ。強いていえば、マリアンヌはカトリック系の女子高で、ロイヤルウッドはプロテスタント系の男子校っていうそれだけだ。ロリ、もしオレの体が女じゃなくて男だったら……どうだった?それで、ルークよりもオレのほうが先におまえに告白してたら……」
「ありえないよ、マリ。マリがもし実際に男の子だったら、もっと他のブロンド美人にでも囲まれて、わたしのことなんか絶対相手になんかしない。むしろ逆に、わたしのこと廊下で見かけるたんびに聞こえよがしに『ブス!』とか『デブ!』とでも言ってたかもよ?それで、親友のルークが、『そんなこと言っちゃ可哀想だろ、一応ご近所さんなんだから』なんて言ってる感じだったかもしれない。わたしとロリが親友になったのは、絶対ぜったい、マリの体の性が女だったからだよ。少なくとも、わたしにはそうとしか思えないの」
このロリの悲観的な妄想が面白かったからだろうか。マリは少しだけ余裕のある笑みを浮かべ、暫く笑っていた。
「まあ、確かにそういうことでもいい。ロリがそう思いたいのであればな。でもあいつ……ルークの奴はたぶん、オレがおまえのどーゆーとこが好きかとか、『ジミな割にいい体してる』だの、『肌もおっぱいも真っ白だ』だのずっと言ってたから……そういうのも、ロリに興味を持った要因のひとつだったんだろうな。確かにオレは策を誤ったのかもしれない。ルークの目からロリの存在を隠したかったら、きっと『実はあのジミ子は性格もジメジメしていて暗いし陰湿だ』だの、悪く言っとくべきだったんだろう」
マリは独り言でもブツブツ言うように、そのまま続けた。
「そうだな。よく考えたら、オレにもまだチャンスがないわけじゃない。ロリ、おまえの言うとおり……ルークには今後確かにおまえのことを傷つける可能性がある。もしそれが仮に、おまえらが結婚して、子供もふたり出来たあとのことだったとしよう。その時には、おまえもルークも、かつて昔親友のオレのことを傷つけたなんてこともすっかり忘れ、ロリはルークの浮気相手の女のことやなんかで悩んでるかもしれない。オレは、その時まで気長に待つよ。何分、金ならうなぎに握らせられるほどあり余ってるからな。ルークだって、自分のガキが大学へ行くための教育資金くらいは出すに違いないが、そのあとのロリとガキめらの面倒はオレがすっかり見てやる。ロリ、おまえはそのことをいついつまでもずっと覚えておけばいいんだ」
「マリ……その頃にはマリだって、きっとわたしなんかより千倍も綺麗で可愛い女性と結婚式を挙げてるよ。それで、その結婚式にわたしとルークのことも招待したりして……」
「ふふん。ロリ、おまえは本当にオレのことを何もわかってないな。どうせロリ、おまえルークの口からオレのことを色々聞いたんだろ?あいつはテニスの試合以外のことでは、策を弄するってことを知らない人間だからな。だが、テニスのプレイであれだけ人の裏をかけるということは……おそらくそうした部分を実は隠し持ってるってのは間違いない。それはさておき、ほんのつい最近のことで言うなら、確かにオレは地中海クルージングの船内で、おまえの言うブロンド美人とやらと寝た。でもあんなの、ただの合意の上のお遊びだよ。それで、そんな生活をずっと続けていたいと思うような、オレは病的な人間じゃない。そうだな。ルークがきっとオレのことを色々言ったに違いないから、オレもひとつだけ言わせてもらうことにしよう。ロリ、ルークやアンジェリカやマーカスのお祖母さまである、ルイーザ=ハミルトン夫人のことは知ってるよな?」
「えっと、ここのアストレイシア地区の大元締め……なんていう言い方はアレだけど、亡くなる前までそんな存在で、パーティや何かで見かけると、わたしもちょっとドキッするような感じの、威厳のあるおばあさんっていうか……」
アストレイシア地区の婦人会の主要メンバーこそが、この高級住宅街を牛耳っていると言われるとおり――死ぬ直前までハミルトン家の総首領といった立場だったルイーザ=ハミルトンは、自分たちの気に入らない成り上がりの金持ちが引っ越してきた際には遠まわしにいびるよう周囲の人間を仕向けたり、あるいはセレブの作法に反する行為を行なった人物、あるいはその家族全員を社交界から追放するなど、婦人会の仲間たちのみならず、血の繋がった一族からでさえも恐れられた人物であった。
これはあくまで一例にしか過ぎないが、たとえば彼女の娘のシャロン・ハミルトンが夫の浮気のことで激怒するあまり……社交界の大きなパーティで夫ケビンの罪を洗いざらい告発したとしよう。だが、夫の家庭内における罪がいかに大きかろうとも、それをそうした場所で語り、妻が夫に大恥をかかせるといったことは――ユトレイシアにおける社交界では決して許されぬことであった。ルイーザ=ハミルトンにしても、陰で他人を罠にかけ追い落とすのは、そうした作法をわきまえてない人間のことだけであり、彼女はそのやり方が洗練されていればこそ、周囲の人々が震え上がるほど……もっと言えば、彼女のことを逆に罠にかけ追い落とそうなど頭に思い浮かびもしないほど、その生涯が終わる瞬間まで、恐れられ続けたわけである。
「そうだ。そのルークにとってのお祖母さまがな、こう言っていたことがある。『自分の死んだ夫も『英雄色を好む』といったタイプの人物だったけれど、愛人のことはあくまで愛人のこととして遊びだった。あの人はそうしたやましさもあるせいか、妻のわたしや子供たちのことは大切にしていたし、その部分にわたしが目を瞑りさえすればどうということもなかった。それに、大抵の金と権力のある男には仕方のないこととはいえ――シャロンの夫のケビンの奴は下品で下劣で、獣以下の男としか思われないね。マーカスはまあ大丈夫そうだけど、末のルーク=レイのことはわたしは心配だね。なんでって、大体子供が三人いると、ひとりくらいは親のこういうところだけは似て欲しくなかったという部分を遺伝的に受け継ぐものだからね。シャロンや、そう思って特にルークのことは気をつけるのだよ』ってね。あいつ、今はまあ割と男としても人間としての道徳的な部分もまともそうに見えるだろう?だけど、オレが心配してるのはルークの奴が財産を受け継いでからさ。人が好すぎるあまり、投資関係で誰か信頼してはいけない人間を信頼し、資産管理を任せてしまうとか、そういうことはあまり心配してない。けど、ルークみたいに潔癖な奴ほどむしろ逆に、一度墜ちるととことんまでというくらい堕落するっていうことがあるだろうからな」
「そんな……ルークに限って、そんなことは……」
ロリは俯いて、そう言うのがやっとだった。その可能性もある、などと思っていたというより――一般的に言って、金の力が人を変えるというのはよくあることだろうといったように理解していた、そのせいかもしれない。
「いいんだ。今、ルークとの愛とセックスに夢中になってるロリにオレが何を言ったところで、負け犬の遠吠えもいいところだ。この間、オレはルークに復讐してやるなんて息巻いたが、実際のところ、そんなことはしないで終わるだろう。あいつがロリのことだけを大切にしているようであれば、その限りにおいてはな。だが、オレは何かのことであいつがどんなに困っていようとも、おそらくは絶対助けない。ルークの奴は、オレがあいつを利用したと思ってるらしいが、そういう部分もあったにせよ、オレの判断ではな、そんなもんフィフティ・フィフティといったところだろうと思ってる。オレがルークと寝ることにしたのは、ロリとルークがなんとなくにでもつきあいだすような芽を摘んでおきたかったからということもあったが、何より、今後ともオレは女としか寝る気がない。そうするとどうなる?『おまえは男との本当にいいセックスを経験したことがないから、女に逃げてるだけだ』だのなんだの、面倒なことを言いだす奴が出てくるだろう。オレは、他の男に関してはまったくの論外だが、ルークならいいかもしれないと思った。そしたらあいつが思った以上にオレの体に夢中になったという、アレはそうした話なのさ」
「でも、体の関係だけじゃなく、ルークは本当にマリのこと……心から好きだったから傷ついたんだよ。あれから、ルークに聞いたの。その……わたしがノア・キングとつきあいだして以降、お互いの関係が少しずつおかしくなってきたって……」
マリは「ハハハッ!」と、乾いた声でどこか自虐的に笑った。そんなことはもうなんでもないことだ、とでも言うように。
「確かにそうだな。オレはノア・キングに会った瞬間から、あいつのことが嫌いだった。最初はな、一応こんなふうに思いもした。『よく知りもしない奴のことをそんなふうに思うのは良くない』といったようにな。だけどオレの場合、そういう勘がいつでもすごくよく当たるんだ。あいつ、スピン・ザ・ボトルの時にあろうことか、ロリにキスしただろ?その時からオレは、次にあいつに会った時、あの負け犬臭漂う糞ゴキブリ野郎を、どうやって始末してやろうかと考えるようになった。その後、おまえが好きでもないのにあの情けない奴とつきあうことにしたと聞いた時には……どうやってノア・キングの奴を事故死に見せかけて殺そうかと、本気で考えたよ。ルークの奴はな、オレが顔を合わせれば、あいつとセックスした直後にでも、取り憑かれたようにそんな計画のことしか話さないもんで、流石にうんざりした顔をしてた。よく考えてみれば確かに、ルークの奴が心身ともにオレと距離を取りだしたのは、そんな時のことだったっけな」
『だからオレはその時、初めてわかったんだ。マリはこのままずっとつきあい続けてさえいれば、いつか本当の意味でオレのものになってくれると思ってたけど……違うんだって。マリはあくまで男としてロリのことが好きで、恋人が出来てもそいつとの関係をぶち壊しにしてでも、ロリのことを自分のものにしたいんだって。それで、オレがロリとつきあうってことは、そういうマリの偏執的とも言える狂気が、今度はオレのほうに向かうってことだろ?でも、オレはもうそれでいいって思ったんだ』
そう告白する間も、ルークは泣いていた。それは恋人としてのマリを失うのと同時に、生まれたその瞬間からずっと一緒にいた二十年来の親友との絆を失うということでもあったから……。
「だからさ、オレはロリがノア・キングとセックスしてヴァージンを失うのはどうにも我慢ならないにせよ、相手がルークで多少は良かったとあいつを評価している部分もある。何分、オレが本気で怒ったらどうなるか、どのくらい手がつけられないかよくよく知った上で……ロリに手を出したわけだからな。まあ、ある意味大した勇気だ。それに、オレが殴りつけた時も、震え上がるあまり金玉まで縮み上がったというような態度でもなかったしな。そうじゃなかったら、オレも今ごろどうやってロリのことを奪い返そうかと、諦めもせずしつこく算段していたことだろう」
「あのね、マリ……正直いってわたしに、マリがそこまで執着するような魅力って、あんまりないと思うの。綺麗な子も、スタイルがいい子だって、わたし以上に性格がいい子だって世の中にはたくさんいるわけじゃない?それなのに、どうしてかなって、ずっと思ってるんだけど……」
「まあ、そんなことは説明しても仕方ないことだろうな。それに、そんなこと言ったらオレ自身にだってよくわからんよ。オレほどおまえのことが好きな男なんて、今後ロリの人生には絶対現れないだろう。それなのに、オレの体が女だからなんていうくだらん理由で、道を挟んだ斜め向かいに住んでるもうひとりの男のほうがいいだなんて言うんだからな」
「マリ……」
ロリは机の前の椅子から立ち上がると、いつも彼女が部屋へやって来た時はそうしているように、ベッドに並んで座った。
「わたし、マリのことが大好きだよ。ルークが言ってたみたいに、体が女だからとか、心が男だからとか関係なく……マリ・ルイーザ・ミドルトンっていう、ひとりの人のことが心から大好きなの。愛してるって言ってもいいくらい。それに、何かのタイミングや順番が違ったら、マリと女の子同士で……そういう関係になってたかもしれない。でも、今そんな『もし』なんて考えても、仕方がなくなってしまったの。わたしは今ルークとつきあってるし、彼に対しては彼に対してで、離れられない強い力を感じるんだもの。だから、すごくつらい。マリにはきっと、偽善的に聞こえるってわかってるけど……わたしは自分よりも、マリに幸せになって欲しい。だからほんとは……あのままルークとマリがつきあってて結婚して……わたしはルークのことをその時ようやく諦めたとか……そんなふうだったら良かったのにって、そうも思うの」
「どうしてだ?ロリ、おまえは自分の幸せのことだけ考えればいいだろ?というか、誰でもみんなそうしてる。ルークの母さんを見てみろ。四六時中ずっと、誰それがああしてくれないとかこうしてくれないと言っては半狂乱になって早や二十数年といった人生だ。もちろん、あんなクソみたいな亭主がいたんじゃ無理もないと同情はするがな。でも、ルークたちを一流の大学に入れるだの、自分が親から型に嵌まった生き方をするようにされて苦しんだにも関わらず……同じようにしようとするから苦しむといったことに、やっぱり気づかないんだな。いつでも、自分が不幸なのは夫が始終浮気してるから、子供たちは子供たちで、自分の言うなりになってくれない……なんていうんじゃ、悪いのは何も家族や周囲の人間だけじゃないぜ。ロリ、おまえもな、そういう不幸の手本みたいな人間が身近にいるんだから、二の舞にならないように気をつけろ。これからオレはおまえに何かあっても助けてやれないだろうし、結婚したあとにはきっとルークは、『君のことは一生守る』なんてセックスのあと何度も言ってたのに、実際はなんの脅威からも守ってくれない男だということにおまえも気づくだろう。何分、オレはおまえとルークの幸せそうな様子を間近で見ていられるほどマゾじゃないもんでな。これからは共通の友人の結婚式だなんだ、たまにしか会うことはなくなるだろうから……自分の幸せは自分の手でつかめ。そのことを、絶対忘れるんじゃないぞ」
「うん……ありがとう、マリ。許してくれて……」
ロリはそう言うのがやっとだった。もちろん、彼女にはわからなかっただろう。自分のことを好きだと言っている男とベッドの上で抱きあっているのに……ロリがやはり本当の意味では彼のことを男だとはまったく認識せず、抱きつくことまでしてきたことに――マリが内心では呆れきっていたことなどは。
こののち、マリ自身が自分でそう口にしていたとおり、ロリはマリと暫く会わなかった。ロリが母親と十年住んだ屋敷から引っ越すという時にも顔を見せるということはなく……次に会ったのはこの四年後、ルークの兄マーカスとマリの姉フランチェスカの結婚式でのことだった。
>>続く。