池田 悟≪作曲家≫のArabesque

・・・深くしなやかに・・・(音源リンクしてます)

芥川作曲賞選考会を聴く

2008-09-07 | レビュー/作曲

8月31日(日)、サントリーホールで芥川作曲賞選考会を聴いた。生で聴くのは10年振り以上になる。小松一彦指揮、新日本フィル。
2年前の受賞者の委嘱作品初演(トロンボーン協奏曲)に続き、選考作品3曲が演奏され、公開審査によって決まる。今年の審査員は近藤譲(J)氏、原田敬子(K)氏、松平頼暁(Y)氏。

1曲目:弦、管、打、ピアノ、ハープ1人ずつの室内オーケストラ、作曲者40代半ば。
2曲目:小規模なオケ(チェンバロ含む)によるフルートコンチェルト、作曲者20代半ば。
3曲目:大オーケストラ、作曲者30代半ば。

最初に発言したJ氏は、この3作品が残った経緯を「単に作品の中身だけでは無く、演奏会として楽しめる、編成に変化のあるのものを選んだ」と説明した。
K氏は「3作品の作曲者は世代的にも内容的にも独自の立ち位置を持っている」。
J氏は「僕は梅肉が食べられなくて、料理にそれが入っていると食べられない理由をはっきり言う事ができるけれど、好きな料理のことは好き、としか言えない。つまり短所は具体的に言い易い。音楽も同じで、短所を言ったからといって、その曲がダメという意味では無い」。また、事前の譜面審査に関して一切演奏録音を聴かない、録音状態の良し悪しに影響されてしまわないようにするため。かつ、作曲者がプログラムノートに何を書こうが全く考慮しない、と付け加えた。

引き続き、審査員が感じた3作品それぞれの長所、短所が述べられた。
1曲目、J氏、「楽器配分にそれぞれ固有のピッチが設定され、変化と統一感を作るのに成功している。ただ、コーダに相当する部分にはその設定が放棄され、疑問を持つ」。
K氏、「聴いたことのある日本の作曲家の音が入っている」。
Y氏、「一言で<雅楽>。大太鼓で始まり、長い『間』が緊張感を作った。中間で平安絵巻のような音楽になったが、ああいうものを私は音楽の中に聴きたくない」。

2曲目、K氏、Y氏共に「譜面審査で聴いた、ソロがアンプリファイされた録音に比べ、今日の音は期待はずれだった」。
K氏、「演奏家は舞台上で演技することに訓練されていない」。
Y氏、「演奏開始後、ソリストが登場するが、その登場、退場の仕方を音楽構成に利用できなかったか」。
J氏、「僕は審査員Yさんのお父様から言われたんだけど、作曲は年をとれば上手くなる、だけどエネルギーが衰えてくる。若さならではの良さがあって、この曲が仮にもっと上手く作曲されたとしても、今より面白くなるとは思えない」。

3曲目、Y氏、「私は<奇をてらった音楽>は嫌いだ。<自然体で、奇がない音楽>も好きでは無い。もし小太鼓だったら2回、3回と入ってきても『またか』とは思わないが、ホースを振り回す音など特殊なものは、数回されると『またか』と思う。響きの濁った部分も気になる」。
J氏、「響きの点では皆クラスター。響きの汚いものを音楽にしてはいけない、という事は無い。マグマがふつふつと湧いてくる時、そこに方向性はない。ただふつふつと湧き続けるだけ。そういう音楽を書けば良いのに、僕は教育の弊害だと思うが、その中に何か音楽的なものも入れなければ、と思って書かれたような箇所がある。最近の傾向として、ピッチよりも音響で組み立てた作風に関しては巧みだが、その中にピッチが聴き取れる局面が生ずると、その扱いに稚拙さを露呈させてしまう」。
K氏、「口真似出来る音が多い、『ダダダダー』とか…」。
結局J氏、Y氏が1曲目を推し、K氏が3曲目を推し、受賞作曲家は1曲目の作者となった。



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