と、収録曲のそれぞれが好きになりながらも、全体的に否定的な印象も同時に持った『Black Radio』だが、その後でYOUTUBEで何気に見始めたロバート・グラスパー・エクスペリメントのレギュラーメンバーのみによる2時間以上のライブ映像に私は別の感銘を受けた。そのライブが素晴らしく、2時間ずっと見てしまったのだ。
そこでは先程来、否定的な意味で書いた‘モーダル’な感覚が充満していた。ライブの構成、進行に只ならぬゆとり、緩さ、ダウンテンポ、間合い、ゆったりとした時間進行、その自由さなど、グループの独特な性格が顕われていた。それが最高に心地よい。『Black Radio』の‘モーダル’にマイナス要素を感じた私がライブ映像での‘モーダル’には好感を持つ。どうゆう事か。ロバート・グラスパー・エクスペリメントのレギュラーメンバーによるライブ映像から私が想起したのはマイルスデイビスの80年代の復帰直後のサウンドだった。『The Man with the Horn』(81)から『Decoy』(84)あたりまでのマイルスグループはしばしばスローテンポで間をゆっくりとった長大なナンバーを演奏していた。70年代に主にワンコードで演奏していた思いっきり間のあるスローな即興をブルースコードを基調に展開していたのが80年代のマイルスグループだったと思う。特にライブではそれらを30分にも及ぶ長い即興演奏で展開していた。それはもはやダルい印象を受けるほどのモーダルさであった。そしてあの感覚に私は濃厚なブラックミュージック臭を感じ取っていたのだ。深い快楽、酔わすようなそのスローなビートをいささかも急ぐ事なく刻んでゆく。その抑制の感覚には確かなグルーヴが存在する。ロバート・グラスパー・エクスペリメントの本質は正にマイルスデイビスグループのモーダル感覚に類似していた。
ロバート・グラスパー・エクスペリメントのメンバーの演奏に好感が持てる。同じリズムパターンを飽くことなく反復するドラム。ベースも同様で奇をてらったフレーズは皆無で、そのリフの応酬はリズムの高揚感を最上地点へともたらすものだ。各ソリストのその落ち着きぶりも特筆ものだろう。誰もスペースを埋めようともぜす、間合いを最大に生かしたような演奏を繰り広げる。わかった。これはリーダー、ロバート・グラスパーの思想なのだ。最初に私は彼のピアノプレイが‘アタックが弱い’と書いた。彼はソリストとして突出した感情表現をするのではなく、むしろグループのグルーヴに演奏を捧げているのだ。その感覚がメンバー全体に浸透し、特異な間合いの合奏、そのタメの効いたグルーヴミュージックに結実していると感じる。確かにこのサウンドはコマーシャルではない。酔いの深いアルコールミュージックとでもいうべきドラッグ性を持つ快楽主義的音楽だ。