むさしの墨友会

現代書道の父、比田井天来先生の門流である桑原翆邦先生の門人の吉野大巨先生を師として、書を愛好する仲間の会です。

自問自学 (萬鶴)

2010-12-01 | 書道

 

みなさんご存知のとおり、私は篆刻を目指して基礎を習っています。

簡単に彫れると思いきや、先生からも基礎が大事ですよ!とのアドバイスがありました。

まだ、彫る段階ではありませんが、篆書に励んでいます。

久しぶりに“みんな大好き”?(皆大好)と書いていただきました。

まだまだです。

 

そんな中、書道の始まりも知りたくなるのは当然です。

やはり参考書物を読む機会も増えました・・・。

 

「古代の書」

殷代(いんだい)の亀甲獣骨(きっこうじゅうこつ)に彫られた文字を甲骨文(こうこつぶん)。

これに対して、青銅器に鋳込み(いこみ)、または刻まれた文字を金文(きんぶん)とも言う。

ともに、篆書という書体の中にふくめられている。

さらに、篆書を簡略化した隷書は、下級役人が速く書こうとしたことから生まれたとされている。

この時期の隷書は複雑な点画を簡略化して、直線を主体とした実用書体であった。とのことです。

へぇ~ ですね!

 

古代(紀元前1600ごろ~紀元220年)

「甲骨文」

甲骨文は、清朝(しんちょう)末期に漢方薬として入手された骨から文字が発見されたことをきっかけに知られる用になったとのこと。

亀甲獣骨の硬質で狭い面に彫られたため、文字が直線的で小さいのが特徴のようです。

 

「金文」

金文は鋳型の原型である粘土に直接彫られため曲線が多用され、微妙な装飾が加わっているのが特徴だとか・・・。

殷代(いんだい)から周(しゅう)、春秋戦国時代にわたってさかんに青銅器が作られるようになり、それにともなって金文の形や線質も様々に変化を遂げてきていると、記されていました。

 

こうして、書道史を学ぶのも興味が湧いてきた証拠かも知れません。

平面的に見えていた書道は、時空を超えて宇宙を描いていたものなんですね。

まだまだ序の口ですが、自分でもこれからが楽しみです。

*今日は真面目に投稿させていただきました。

 

(萬鶴)