映画と自然主義 労働者は奴隷ではない.生産者でない者は、全て泥棒と思え

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周りの言うことに、惑わされてはならない

素晴らしき放浪者 (ジャン・ルノワール 1932年 84分 フランス)

2013年02月09日 15時14分29秒 | ジャン・ルノワール
『素晴らしき放浪者』 - BOUDU SAUVE DES EAUX -(1932年 84分 フランス)

監督   ジャン・ルノワール
製作   ミシェル・シモン
原作   ルネ・フォショワ
脚本   ジャン・ルノワール
撮影   マルセル・リュシアン
美術   ジャン・カスタニエ
     ユーグ・ローラン
編集   マルグリット・ウーレ=ルノワール
     シュザンヌ・ド・トロワ
音楽   ラファエル ヨハン・シュトラウス
助監督  ジャック・ベッケル
     ジョルジュ・ダルヌー

出演
     ミシェル・シモン
     シャルル・グランヴァル
     マルセル・エニア
     セヴェリーヌ・レルシンスカ
     ジャン・ダステ
     マックス・ダルバン









犬の出来事
「お巡りさん、俺の犬を知らんかね.ああ、縮れた黒い毛の犬だ」
「お前に似ている犬だな」
「逃げちまった」
「お前も早く失せたほうがいいぞ.さもないとブチ込むぞ」

このお巡りさん、浮浪者の犬のことは全く相手にしなかった.けれども、上流階級の夫人の1万フランの犬は、「大変だ」と、大勢で探すことに.更には「何か心配事でも」と、紳士が車を止め、犬がいなくなった夫人に聞いた.そして一緒に探すことにしたのだった.




少女がくれたお金
公園の中を探し回ったけれど犬は見つからず、疲れ果てたブーデュは、ベンチにもたれかかるように座り込んでいた.そこへ少女と母親がやって来た.
「これをあげなさい.不幸な人を助けるのよ」
「なぜ、金をくれる?」、お金をくれた少女にブーデュは聞いた.
「パンを買えるでしょ」







近くに止まった高級車.
ブーデュがドアを開けると、運転していた紳士は降りてきた.
小銭を探すが見つからない紳士に、「ほら、金をやる」と、ブーデュはさっき貰ったお金を差し出した.
「なんだって?、バカにするな」、紳士は怒ったけれど、
「パンでも買いな」と言って、ブーデュは去って行った.

浮浪者のブーデュを見ると皆が逃げて行く.お金をくれた親子は優しい親子だった.でも、ブーデュにしてみれば、お金をくれるよりも「どうしたの?、(何か心配事でも)」と、聞いて欲しかったのではなかろうか.
決してお金をくれた親子が悪いと言うのじゃないけれど、お金が全てではない、お金よりも優しい心の方が.....
お巡りさんはブーデュを外見で判断して、「お前に似ている犬だな」「お前も早く失せろ」と、罵声を浴びせた.浮浪者の犬は探さないけど1万フランの犬は探す、人を外見で判断して差別し、物事をお金で考える人間だった.
少女の親子は、「不幸な人を助けるのよ」とお金をくれたのだけど、やはり、汚い身なりの外見で不幸な人と判断し、お金で解決すると考えていたと言えるようだ.



本屋の旦那さん
「君の名は、青春だ」「女房には内緒だ」、そう言って苦学生に本を上げる人だった.
「なんと素晴らしい男だ.奴こそ一流の放浪者だ」、望遠鏡でブーデュを見つけると言った.

「人生はくだらん」、助けたブーデュは、もう一度溺れに行くと言う.
「この世は持ちつ持たれつだ.もう孤独ではない.君の名前は?」と、彼は優しい言葉でブーデュを止めた.
「風邪を引いた」
「当たり前よ」
「亭主のせいだぞ」
「そうだな」、言いたい放題、やりたい放題のブーデュに対して、彼は、優しく、暖かく接するのだった.



旦那さんと奥さん
「今夜の寝ぐらを探さんとな」
「ホテル代をあげたら?」.....助けられても感謝の気持ちのかけらもないブーデュを、奥さんは追い出そうとした.
「ホテルは、まっぴら」
「なぜ?」
「ホテルは、御免だ」
「行きたくないか」
「なぜ溺れるのを助けた?」、ブーデュは相変わらずの憎まれ口.
「小部屋にベットを用意しなさい」、旦那さんは、物事をお金で済ます人ではなかった.
「はいはい、ご主人様」

「あなた、エルネストに愛人がいたの知ってた?」
「結構なことだ」
「それが男の意見ね.お葬式にも行かなかったわ.心が痛まない?」
「痛むのは、喘息の発作で十分だ」
「それでも友達かしら」
「葬式に行かなくても、親友だと理解しあってた」
「変わった人ね」
「今頃分ったか」
「でも、泣いたわ」
「私が、死んだ日に」

「もう我慢ならん、今日こそ追い出すぞ」
「本気だ、救いようがない」
「遅いのよ」
「確かに!、救うなら同じ種の人間に限る」
「その方が無難ね」
「こいつはひどい.だが奴はどうなる? 」
「ほっとくの、心配しすぎよ」
「だが、やはり気にかかる.気に食わん奴だが、命を救った相手だ.孫のような気がする」
「またきれい事を.どうせ、お説教だけで追い出せないのよ」
「いや、追い出すと言ったら追い出す.明日にでも」

ブーデュは礼儀をわきまえない野蛮人、原始人だった.我慢の限度を遥かに超えていたのだが、けれども旦那さんは、今日追い出してやると言いながら、明日になってしまう.奥さんが言うように旦那さんは、結局はお説教だけで、追い出すことは出来ない人だった.
奥さんは友人の葬式に行かなかった旦那さんに文句を言った.「変わった人ね」と言う奥さんに、「今頃気がついたか」と言い返したけれど、彼は死んだ人は大事にしない人だったらしい.その代わり、「気に食わん奴だが、命を救った相手だ」と、ブーデュの事を心配する人、生きてる人は大切にする人だった.そして、
「ホテル代をあげたら?」と言う奥さんに対して、「小部屋にベットを用意しなさい」と、言ったのだが、お金で物事を解決しようとしない人、お金で物事を考えない人だった.旦那さんは、本当に良い人だったと言わなければなりません.


冒頭の寸劇は、『Boudu.』の字幕の後に、原始人を旦那さんが演じる、アンヌ=マリとの恋愛劇でした.
窓辺で笛を吹く男.
旦那さんの卑猥な愛を語る言葉と、笛の音.
屋根の上の間抜けな顔をしたネコと、笛の音.
ノートルダム寺院でしょうか、素晴らしい建物と、笛の音.
ラッパを吹く子供の絵.この子男の子?、女の子?と思った時には、鼓笛隊がやってきた.
勲章受賞の騒ぎの後は、
ラッパを吹く子供の絵、笛の音、素晴らしい建物の屋根(だけ)、さっきの素晴らしい建物だろうか?と思ったときには、店先を歩くブーデュ.
この辺りまでは、笛の音にごまかされて観せられたのか?

川縁のレストラン.バイオリンとギターが共演する美しく青きドナウ.最後までふざけた映画でした.
やはり、文明社会には野蛮人はいない方が良い.ブーデュが居なくなって、皆が元の平穏な生活に戻ったようです.